ウィザーズ・ブレイン
第二章 それぞれの帰る場所~A week──the first day~ ②
中期には、生物学とスポーツ生理学の発達によって
後期には、労働の消滅によって生きる意義を見失った市民の向上心を
シティ体制の存続した一〇〇年間、軍隊組織は
この事実が、全面的にではないにせよ、シティという
大さじ一杯ほどの餡をすくい取り、生地で包む。片手でひだを取りながら、もう片方の親指で餡を押し込むようにするとやりやすい。そして、これが肝心なのだが、包み終わりはかならずひねって閉じる。そうしないと、蒸したときに餡が飛び出してしまう。
すべて包み終わったら、底に
「……ここに、もう一つ重要な歴史的事実が存在する。
大戦
そのために、情報理論の実用化は遅れた。
各シティはこの新たな理論に関して
互いに交流のないまま、研究方針は二転三転し、代替エネルギーとしての実用化のめどがたたないうちに、大戦が勃発。必然的に、研究は軍事利用一本に絞られていった。
人々は、画期的な兵器として
台所の片隅で、先ほどから蒸気を上げている
「戦争によって人類は
人類がはじめて経験した『魔法災害』。共和軍に従軍した一人の魔法士によって、アフリカ大陸全土で五三のシティの
もはや、戦争に勝者も敗者もない。だが、そのことに気づいたときには、すべてが遅かった。
人類に残されたのは、わずか七つのシティと二億人足らずの人口。その半分以上が、シティに住むことすらできず、シェルターや発電プラントのまわりに街を作り、かろうじて生存圏を維持している。シティにしたところで、いつまでその機能を維持できるかはわからない。
試算によれば、太陽を遮る遮光性ガスが分解するまで、およそ一〇〇〇年。人間という生物にとって、その時間は長すぎる」
今のフレーズは、結構かっこよかったな。そんなことを考えながら、蒸籠のふたを取り、出来栄えを確認する。
我ながら、
ボイスレコーダーのスイッチを切ろうとして、ふと思いとどまる。なにか、
少し考え、
「今、西暦二一九八年。人類は、その歴史に幕を引こうとしている」
それから、たった今でき上がったばかりの肉まんを皿に取り、リビングに入っていった。
「じゃ、ほんっとに、背後関係とかなんにも調べないで受けたの? 報酬につられて!」
「だから、そのことは昨日からなん度も……痛! 痛いよ
まだ乾ききっていない傷口に消毒薬をぶっかけて細胞活性剤をすり込みガーゼと包帯でぐるぐる巻きにする、というあまりにずさんな
「……ひどいよ、月姉」
「あんたがばかやったからでしょ。いい薬だわ」
弟の恨みがましい視線にそっけなく答えつつ、天樹
今日の服は、色気のないトレーナーにジーンズ。おとといに見たときは、油まみれのつなぎの上下。昨日は見ていないが、絶対にジーンズかつなぎのどちらかだ。
姉がそれ以外の服を着ているところを、錬は見たことがない。
年は二二、
「まったく。軍がらみの仕事は危ないから気をつけろって、あれだけ言ったのに」
「……月姉……怒ってる?」
「当たり前でしょ!」
いまだ
「朝ご飯は?」
「……あんたね、ほんっとに、反省したの?」
「ちゃんとしたよ。だから、あさごはん!」
「……今、
言い終わると同時に台所の扉が開き、肉まんのいいにおいが、ほわりとリビングいっぱいに広がった。
「おはよっ、真昼
錬が元気よく
天樹真昼は、錬より七歳年上で、月夜より五分だけ年下、つまり、月夜と真昼は双子だ。男と女の双子だから二卵性のはずなのだが、この二人は錬の目から見ても本当にそっくりで、それなりに親しい人でも髪型と服装ぐらいでしか区別できない。
「真昼兄、ご飯作りながらなにやってたの?」
「仕事だよ。メルボルンの近くに学校を作ろうとしてる奇特な人がいてね、歴史と数学の教科書作りを頼まれたんだ。あとで編集手伝ってね」
「……なんか、すごく変な教科書になりそう」
「
「
「したした」
「ああ、もう!」月夜は頭をかきむしり「すぐそうやって甘やかす! だいたい、私の分子配列変換システム、フードプロセッサー代わりに使わないでってなんべん言ったらわかるの?」
「ああ、ごめん。便利だからさ、つい」
「ついじゃない!」
目を
この二人、顔は同じでも、性格は正反対。どうして、こんなにすぐ怒鳴る方が『月の夜』で、常に落ち着いて絶対に声を荒らげたりしない方が『昼』なんだろうと、錬はいつも不思議に思う。
きっと、人間の性格を決める神様だか
三人がめいめいの席についたところで、そろって手を合わせ「いただきます」
真昼が、小皿に
「今回は、負けたんだって?」
錬は、肉まんの裏の
「別に負けてない。ちゃんと目的は果たしたんだから」



