第一部 『DAY 0 彼とスズキの通話』

第二章 『最初の殺人』

第二章  『最初の殺人』 



 男

「お待たせしました。どうぞ」


 スズキ

「はい。まずお訊ねします。日本で起きている、連続狙撃殺人事件をご存知ですか?」


 男

「いいえ、まったく」


 スズキ

「そちらでは、ニュースになっていませんか?」


 男

「日本の話題は、意図的に避けています。こっちの知り合いにも、伝えてくれるなと頼んでいます。日本が滅んでいても、私には分からなかったでしょう。どうやら、まだ存在しているようですね」


 スズキ

「分かりました。まずは、それについて知ってもらわないと、お話ができません。お伝えしても構わないでしょうか?」


 男

「聞くと言った以上、聞かないわけにはいきませんね。どうぞ」


 スズキ

「ありがとうございます。

 一昨年の十二月から、先週まで、つまり一年と二ヶ月の間に、六件の狙撃殺人事件が発生しました。日本のあちこちで、普通に生活していた人が、突然ライフルで狙撃されて殺されたという事件です。

 これまで、七人が犠牲となっています。負傷者はいません。つまり、撃たれた人は全員、亡くなっています。そのうちの一人が、イモト警視となります」


 男

「続けてください」


 スズキ

「はい。言い方は悪いでしょうが、海外では、そういう事件がたまに起きるのかもしれません。ですが、銃規制が厳しい日本では、ここ数十年はありませんでした」


 男

「では、一件ずつ、詳しく状況を聞きましょう」


 スズキ

「ありがとうございます。警察しか知り得ない情報も含めてお伝えします。どうか、極秘でお願いします」


 男

「ご心配なく。言う相手がいませんよ」


 スズキ

「では――、最初の事件は、一昨年の十二月四日。静岡県御殿場市で、東京在住の五十八歳、会社経営者の男性が撃たれて死亡しました。

 ゴルフをプレイ中に、倒れているのに気付いた仲間が駆け寄ったら、胸と背中から大量に出血していました。偶然医者が一緒にラウンドしていましたが、まったく手の施しようがなかったそうです。胸と背中に穴が開いていて、ほぼ即死状態だったそうです」


 男

「天候と時間も分かりますか? 風も」


 スズキ

「あ、はい! これから、それもお伝えします! また、何か質問がありましたら、自分の発言の途中でも、遠慮なくおっしゃってください!」


 男

「分かりました」


 スズキ

「犯行時刻は十三時四十二分。天候は薄曇りでした。風はまったく吹いていなかったと、一緒にプレイした人が証言しています」


 男

「なるほど。銃声を聞いた人は?」


 スズキ

「それが、ハッキリしません。その場にはキャディーを含めて四人がいましたが、銃声らしい音を認識できた者はいませんでした。理由として考えられるのが一つありまして」


 男

「想像はつきます。静岡県御殿場市には、自衛隊の東富士演習場がある。とても広く、戦車が走り回り大砲を射撃する場所です。ヘリコプターが飛んでいることもある。平日なら、そこで演習が行われていた可能性がある」


 スズキ

「おっしゃる通りです。その日も、間断なく演習の音が聞こえていて、やがて多少の変な音は気にならなくなってしまったと、全員が証言しています」


 男

「犯人は、どこから撃ちましたか?」


 スズキ

「未だに、ハッキリしていません」


 男

「なぜでしょう? 撃たれた方向が分かれば、おおよそだが射撃位置は分かるはずです」


 スズキ

「それが……、そのとき被害者は一団から二十メートルは離れた場所にいて、撃たれた瞬間を、誰も見ていなかったんです。その理由が、呆れたものだったんですが――」


 男

「ああ、分かりました。その男は、コースの脇でマナー違反の立ち小便をしていたんですね? おおかた、昼食時にビールをたらふく飲んでいたのでしょう」


 スズキ

「おっしゃる通りです。普段から大変にプレイマナーの悪い男だったらしく、かなり酔っては立ち小便が当たり前だったとか。その場にいたみんなが、そんなものは見たくないと、目を逸らしていました。遅いなと振り向いて、倒れているのを発見したんです」


 男

「それでも、血や肉片の飛び散り方で、ある程度は撃たれた方位が分かると思いますが、それも仲間達が介抱したときに、現場が荒らされた?」


 スズキ

「ああもう、おっしゃる通りです……。キャディーが、気が動転したとのことで、周囲を歩き回ってしまったんです」


 男

「なるほど。結果的とはいえ、証拠を消してしまったんですね」


 スズキ

「はい。そのコースの周囲は、半分ほどが森に囲まれていて、そこに入ろうと思えば楽に入れた。その中のどこかから撃たれたであろうことしか、分かっていません。もちろん捜索しましたが、最悪なことに夕方から激しい雨になって、足跡、遺留品などは発見できませんでした。周囲の町中の防犯カメラなどからも、有力な証拠は得られませんでした」


 男

「銃弾は見つかったんですか?」


 スズキ

「はい。体を貫いていましたが、静岡県警が、意地になって周囲を捜索して探し当てました。二〇一一年に北海道で起きた猟銃による事件、ご存知でしょうか?」


 男

「林業作業中の男性が、ハンターに撃たれて死亡した事件ですね」


 スズキ

「そうです。意図的な狙撃ではなく誤射の可能性が高いのですが、必死の捜索にもかかわらず弾丸が見つからず、銃の種類が判別できなかった。業務上過失致死としては公訴時効を迎えてしまいましたが、時効のない殺人容疑に切り替え、現在も捜査中です」


 男

「今回の事件で見つかった銃弾というのは?」 


 スズキ

「はい。弾丸の直径が8.58ミリメートルという、かなり大きな物でした。いわゆる――」


 男

「“.338さんさんはちラプアマグナム”、ですね」


 スズキ

「さすがですね。おっしゃる通りです。これはもう“釈迦に説法”かもしれませんが、ライフル弾としても、大変に強力な弾薬だそうですね。今回の件で、自分もいろいろと勉強し知ることになりました。“338”とは、一インチ、つまり25.4ミリメートルの1000分の338だと。なので、数字の前にコンマを付けるのが正しい表記だと。

 自分達に供与されている回転式拳銃は、38口径――“.38スペシャル”という拳銃用弾丸を使う。直径だけで言えば大きいが、弾丸の重さや、薬莢の大きさ、つまり中に入っている火薬の量が、ライフル弾より小さく少ない。だから、威力も桁違いに弱い」


 男

「その通りです」


 スズキ

「そしてこの338ラプアマグナムという弾薬は、軍隊では、長距離狙撃に使われている弾薬だと」


 男

「そうです。今世紀のいくつかの戦争で、長距離狙撃記録が更新されてきたんですが、この弾薬が、338ラプアがよく使われました。とはいえ、自衛隊は使っていないはずですので、演習中の自衛隊員の誤射や流れ弾ではないでしょう」


 スズキ

「おっしゃる通りです。自衛隊はこの口径の銃を、たとえ研究用であっても一丁も所有していないと、早い段階で警察に連絡がありました。間違っても我らを疑ってくれるなと、強く言いたいようでした。在日米軍も、使っている部隊はあるが、この日に一切の演習をしていないし、管理はしっかりしていると連絡してきました」


 男

「では、一番高い可能性は、日本に出回っている猟銃が使用されたことでしょう」


 スズキ

「はい。そんな強力な弾薬が、日本でも普通に流通していることも、今回の捜査で、自分は初めて知りました。猟銃用として、この弾薬が、そしてこの弾薬が撃てるライフルが、合法的に売られていると。日本の銃刀法で所持が許される口径の上限は10.5ミリメートルです。338ラプアマグナムは、市販弾薬が売られている中では最大口径、最大威力の一つだと」


 男

「概ねその通りです」


 スズキ

「当然ですが、日本で正式に所持許可を取得してライフルを保有している人間全員が、捜査の対象になりました。

 ご存知だとは思いますが、害獣駆除業務に携わる人は例外として――、狩猟用ライフルを所持するには、散弾銃の十年の継続所持や狩猟免許が必要です。ハードルはかなり高い。本当に熱意のある人しか、ライフルの所持はできない。詳しい数字は出せませんが、ライフル所持者が全国で三万人ほどでした。その中で、338ラプアマグナムのライフルを所持している人は、数十人にも満たなかった」


 男

「その人達全員に、あたったんですよね?」


 スズキ

「はい。全国の警察に協力を依頼して、人員を手配して、全員の銃と行動歴を調べることになりました。しかし、それどころではない事態が起きてしまいました」


 男

「間髪入れず、次の事件が発生したと」


 スズキ

「おっしゃる通りです……。第二、第三の事件が起きました」


刊行シリーズ

フロスト・クラック ~連続狙撃犯人の推理~の書影