第一部 『DAY 0 彼とスズキの通話』

第三章 『第二、第三の事件』

第三章  『第二、第三の事件』 



 スズキ

「第二の事件は、十二月六日。静岡の事件の僅か二日後です。場所は高知県四万十市のキャンプ場。一人でキャンプに来ていた男性が翌朝、テントの中で射殺体で発見されたものです」


 男

「続けてください」


 スズキ

「被害者は三十八歳の塾講師の男性。高知市在住で独身。アウトドアが趣味で、少年時代はアウトドアクラブに入り、大学生の頃からはそこでリーダーなどもやっていました。平日であろうと、一人でいろいろなキャンプ場に泊まるのが好きだったそうです」


 男

「キャンプ場の様子や、テントの場所はどんなだったでしょう? 状況を詳しく」


 スズキ

「はい。小川沿いに作られた細長いキャンプ場で、周囲を山々が囲み、近くに民家など、人工の灯りが一切ないので、星や月が綺麗に見えることを売りにしている場所です。

 被害者はそこを何度も訪れていて、管理人とも顔なじみでした。いつも同じ場所に――、キャンプ場の一番端で、木々が周囲になく空がよく見える位置に、一人用の登山テントを張っていました。その日は晴天、風は弱めでした」


 男

「当日の行動は?」


 スズキ

「はい。被害者は、六日の十五時半頃に自家用車でキャンプ場に到着。唯一の他の客だった六十代夫婦に挨拶して、そこで数分間談笑しています。夫婦に、一緒に食事やお酒でもと勧められたそうですが、キャンプでは一人で過ごしたいからと、丁寧に断ったそうです。

 暗くなった十七時頃から一人で焚火と晩酌をしている様子が見えて、二十一時には火が消えていたのでテントの中に入ったようだと、夫婦が証言しています」


 男

「そのお二人の位置は?」


 スズキ

「夫婦はキャンピングカーでの宿泊でした。トラックを改造した立派なキャンピングカーで、日本中を旅して回っているとか。犬がいて、吠えて迷惑にならないよう、キャンプ場の出入り口に一番近い場所に停めたので、被害者のテントからは百メートルほど離れていたそうです」


 男

「なるほど。続けてください」


 スズキ

「はい、遺体の第一発見者は、キャンプ場の管理人でした。七十代の男性。閑散期の平日なので夜間は常在せず、数キロメートル離れた自宅から通っていました。

 管理人は朝六時にキャンプ場へ出勤し、七時四十二分に夫婦のチェックアウトをしています。それから九時になって、被害者がいつも通りの時間にチェックアウトしてこないことを訝しんで、テントを見に行って、遺体を発見しました」


 男

「遺体の状況は?」


 スズキ

「それなんですが、その……、大変に惨たらしいものだったそうです」


 男

「惨たらしくない射殺体なんて、ありはしませんよ」


 スズキ

「それは、まあ、そうなんですが……」


 男

「ああ、分かりました」


 スズキ

「え?」


 男

「一発ではなかったんですね。撃たれたのが」


 スズキ

「おっしゃる通りです……。本当に簡単に推理できてしまうんですね。あなたが犯人ではないかと、つい勘ぐってしまいそうになる……。あ、いや、すみません! もちろん本気で言っているわけではありません……。すみません!」


 男

「続きをどうぞ」


 スズキ

「はい。テントには、小さな穴が、いろいろな位置にたくさん開いていました。その中で、被害者が寝袋に、“だいたい”包まれていました。

 酷い有様だったそうです。血にまみれた羽毛が飛び散っていて、被害者は頭をほとんど失い、寝袋の外に脳が出ていて、右手は吹き飛び、脇腹に大きな穴が空いて腸が千切れ、足の骨は寝袋の外まで飛び出していました。血と糞尿の臭いも相俟って、相当に、おぞましいことになっていたようです。

 それを見た管理人が気を失ったことで、通報が一時間ほど遅れました。犯行時刻は、二十一時から翌日朝四時の間となります」


 男

「なるほど」


 スズキ

「弾丸は、体や地面から八発発見されました。もちろん同じ338ラプアマグナム。口径だけでなく、鉛の材質や造りなど、まったく同じ製品だと鑑定されました。テントには十個の穴がありましたので、見つけられなかった銃弾があったのか、それともなかったのかは不明です」


 男

「人間の体でも骨は硬い。あるいは道具に当たるなどして、跳弾して出ていった可能性はあります。テントの穴が綺麗に丸くなければ、出ていったものかと」


 スズキ

「はい、鑑識もそう言っていました。ただし、遺体がグチャグチャ過ぎて、どの順番でどう命中したのか断定はできないと。一応は失血死らしいですが……。とにかく犯人は、何発も、いろいろな方向から撃ち込んだ。これは、なぜだと思いますか?」


 男

「単純に考えていいでしょう」


 スズキ

「と言われると?」


 男

「テントの中にいる人間を、確実に殺すためです。テントに一発当てるだけでは、殺害の確証がない。一人用の登山テントなら、おそらくは細長く小さいものですよね?」


 スズキ

「そうです。コンパクトな、カプセルホテルのようなものです」


 男

「すると、人間が寝る位置はおおよそ決まってきますが、頭を撃ったつもりで足かもしれない。とはいえ、テントが揺れるなどの反応が見えなければ死んでいるのは遠くからでも分かるので、最初の二、三発以後は、別の理由があったのかもしれません」


 スズキ

「その理由とは?」


 男

「さあ? 私は犯人ではないので、分かりません。弾が余ったか、それとも楽しくなったか、いっそ射撃練習なのか、それらの合わせ技か」


 スズキ

「…………」


 男

「周囲は山で森なら、そのテントを狙撃できる場所など、それこそ腐るほどあったんでしょうね」


 スズキ

「おっしゃる通りです。テントから四十メートルも離れればそこから森であり、なだらかな登り斜面となって周囲に広がっています。冬ですので、葉もすっかり落ちている。それこそ、どこからでもテントが狙えたと、結論が出ました。犯人は周囲の斜面を移動して、執拗に撃っていったことになります」


 男

「検死の結果、銃創から、あるいは人体の破壊具合から、弾丸が命中したときに持っていた威力がおおよそ分かったでしょう。どれくらいの距離から撃たれたと推測されましたか?」


 スズキ

「さすがですね、自分はそんなこと、考えたことがなかった。人体の破壊具合から、ライフルでこの弾を撃った場合、四百から八百メートルくらい離れた場所から放たれた威力ではないかとの推定が出ています」


 男

「何か他の痕跡は?」


 スズキ

「その距離を重点的に、周囲の山や森、そこへ繋がる道を徹底的に調べたのですが、第三者の足跡などは出ませんでした。空薬莢も探したのですが」


 男

「優れた狙撃手は、空薬莢など残さないでしょう。何かを伝えたいなど、意図的でなければ」


 スズキ

「なるほど。そして、夜なのに狙撃できたのは、おそらくは夜間暗視装置を使ったからだろうと、結論――、ではないですね、推定が出ました。どう思われますか?」


 男

「お金さえあれば、日本でもその手のものは買えるでしょう。その日の月齢は知りませんが、もし満月だったら、その月明かりだけで、通常のスコープでも十分狙撃はできます。スコープが安物ではないという条件は付きますが」


 スズキ

「なるほど。しかし、不思議なのは音です。今回は演習場の近くではなく、大変に静かな山の中です。銃声が何発もすれば、夫婦が気付かないはずがないでしょう?」


 男

「そうですね。単純に考えれば、サウンド・サプレッサーを使っていたんでしょうね」


 スズキ

「“サプレッサー”? サイレンサーではなく?」


 男

「用語的な話で、まあ同じと思っても結構です」


 スズキ

「そうですか。――サイレンサーの話は、もちろん合同捜査本部でも出ました。これも釈迦に説法ですが、たとえサイレンサーを使ったのだとしても、大きな銃声を無音にはできませんよね?」


 男

「できません。耳を劈く猛烈にうるさい銃声を、どうにか耳栓がなくても耐えられる程度にはできるくらいです。それに、弾丸が音速を超えるときの衝撃波も大きな音を出します。これは消しようもありません。これだけの数が撃たれたのなら、他のお客にも、車の中だとしても聞こえた可能性はあります」


 スズキ

「では……」


 男

「その事件のことは、ひとまずここまでで結構です。第三の事件とは?」


 スズキ

「はい。その三日後です。十二月九日」


 男

「本当に、立て続けだったんですね」


 スズキ

「はい。その場所は、某県某所、とさせてください」


 男

「某県某所、ですか」


 スズキ

「すみません、本心としては、なんでも包み隠さず伝えたいのですが、これだけは、現段階では勘弁してください」


 男

「今までもかなりいろいろと聞いてきましたが、それ以上にセンシティブな話だと?」


 スズキ

「はい……。撃たれたのは八十代男性。元警官です。定年退職前は、県警本部長を務めたほどの人物です」


 男

「なるほど。それはセンシティブですね。では聞ける範囲で、聞きましょう」

 

 スズキ

「はい……。彼の死は、そもそも正しく発表されていません……。不慮の家庭内事故で死んだ、ということになっています」


 男

「大嘘ですね」


 スズキ

「はい……。ただ、先ほどお伝えした、犠牲者の数には入れています」


 男

「状況をお願いします」


 スズキ

「撃たれたのは、自宅の庭です。田園地帯にある一軒家。彼は豪農の出身でして、広い土地と大きな家を所有していました。大変に大きな庭園で趣味の園芸中に狙撃され、太腿を一発撃たれ、出血多量で死亡しました。

 第一発見者は、その家に長く勤めている、五十代の住み込みの家政婦です。七十代の奥様は、趣味の海外旅行中で長期不在中でした」


 男

「なるほど。続けてください」


 スズキ

「発見時刻は、家政婦が昼食に呼んだ十一時五十分。被害者が庭に出たのが十時三十分です。その間に撃たれたのですが、血液の乾き具合から、十時三十分から十一時の間だったろうと推定されています。

 天候は快晴。風は時折やや吹く程度の、おおむね穏やかな日だったそうです。腿を貫いた弾が、比較的いい状態で庭の土の中で発見されました。同じ338ラプアマグナムです。被害者は、撃たれて助けを求めたと思うのですが、広い庭でしたので、声を出しても気付いてもらうこともなく、その場で数分間、ひょっとしたらそれ以上苦しんだ末に、出血死したことになります。

 今回は即死ではなかった……。誰かが気付いたり、被害者が携帯電話を持っていたりすれば、助けを呼んで……、すぐに治療を受けられたら、助かったかもしれないそうです。さぞかし、無念だったと思います……」


 男

「いくつか想像しますが、十二月に園芸作業ということは、そこは雪が積もる場所ではない。そして、田園地帯ということは周囲の見晴らしがよく、庭はどこからでも狙撃できる状態にあった」


 スズキ

「おっしゃる通りです。こんな言い方はどうかと思うのですが、あまりに簡単に狙えて撃てる標的だった、と鑑識も言っています。今回は、血の飛び散り具合で、撃たれたときの体勢がおおよそ判明しました。狙撃犯は、東に三百メートルほど離れた竹林から撃った可能性が高いと判断されました。現地の捜索も行われました。残念ながら、またも痕跡の発見はありませんでしたが」


 男

「周囲は、狩猟可能なエリアでしたか?」


 スズキ

「いいえ。なので、狩猟者の流れ弾という線は薄いと見られています」


 男

「なるほど」


 スズキ

「最初に駆けつけた警官が、それまでのニュースと通達から、すぐに一連の狙撃事件の被害者だと察しました。そして上に指示を仰ぎ、設置されていた合同捜査本部の判断で、これを公表しないことにしました。園芸作業に使っていた電動工具が腿に落ちて刺さったことによる出血死だと、大変に不幸な事故だということになりました」


 男

「その場にいなかった奥様はさておき、第一発見者の家政婦さんは、さすがにごまかせないのでは?」


 スズキ

「そこは、かなり強引に納得してもらったそうです。相当にショックを受けた様子だったので、大きな病院に検査入院していただき、カウンセリングなども受けていただいて……」


 男

「強制的に受けさせた、の間違いですね。嘘つきは警察の始まりとは、よく言ったものです」


 スズキ

「耳が痛いです」


 男

「この事件での銃声は? と訊ねたいところですが、まあ誰も聞いていなかったんでしょうね。今回もサプレッサーを使ったのかもしれないし」


 スズキ

「おっしゃる通りです。家政婦を含め、山林近くの周囲の住人も、誰も不審な音は聞いていません。あるいは、聞いていたとしても、単に認識できなかったか……。近所の住民は、高齢の老人ばかりでしたし」


 男

「なるほど」

刊行シリーズ

フロスト・クラック ~連続狙撃犯人の推理~の書影