第一部 『DAY 0 彼とスズキの通話』
第四章 『第四の事件』
第四章 『第四の事件』
スズキ
「第四の事件は、十二月二十七日でした。やや日があいています。それまでの社会の反応や捜査状況から、先にお伝えしていいでしょうか?」
男
「ええ」
スズキ
「お伝えしたとおり、三件目は隠されましたので、その時点で二件の無差別連続狙撃事件が起きたことになっていました。使用弾薬がどちらも同じ338ラプアマグナムであることは、一切報道させていません。“狩猟にも使われるライフル弾”、とだけ」
男
「“秘密の暴露”――、“真犯人しか知り得ない情報を漏らすこと”に使えると」
スズキ
「おっしゃる通りです。一件目も大ニュースになりましたが、二件目以降は連日ワイドショーを賑わすことになり、社会不安を引き起こし、そして市井の話題としては大変に盛り上がりました。
噂が一人歩きするのは、未解決事件の常です。『自衛隊がやったに違いない。憲法違反』とか、『米軍がやったに違いない。日本から出て行け』などがまず出て、『ハンターがやったに違いない。可愛い動物を殺す猟銃など規制してしまえ』、などが続きました」
男
「なるほど。そして――『警察は何をやっているんだ?』もですね」
スズキ
「おっしゃる通りです。そして捜査ですが、当然ですがライフル所持者のなかで、338ラプアマグナムを撃てる銃を登録している人達がリストアップされて――、先ほども言いましたがそれは全国で数十人以下でした」
男
「北海道が多かったでしょうね」
スズキ
「分かりますか?」
男
「普通に考えれば。――日本で、ライフルで撃てる獲物は、基本的にシカ、クマ、イノシシだけです。イノシシは北海道にいないし、素早く動くので長距離射撃になりにくい。
北海道の広大な大地で、エゾシカやヒグマと対峙するのに、338ラプアの威力と射程が活きてきます。もちろん在道者でなくても、『単にハイパワーな銃が持ちたい』とか、『いつも北海道に狩猟に行く』なんて人もいたでしょうが、数は少ない」
スズキ
「なるほど……。そして警察は、338ラプアマグナムを撃てるライフルの所持者全員を、一斉にあたりました。ご存知とは思いますが、銃の所持者は、警察の立入調査を正当な理由なく拒めません。法に則った事前通告の後、全員を訪ね、ガンロッカーの保管状況をチェックしました。記帳の義務がある実弾の数も。同時に、その日の行動の聞き取り調査も行いました。しかし――」
男
「全員に不審な点はなく、さらにアリバイがあったんですね?」
スズキ
「そうです。全員が不可能だったんです。銃も弾薬も、しっかりとそこにありました。聞き取った情報を元に、出勤を始めとした行動記録、周囲の防犯カメラの映像、道路監視システム、その他、得られる限りの情報を集めて裏を取りにいったんですが……、十二月四日に静岡県、六日に高知県、そして九日に某県、どれか一つでも行ける人はいなかったんです」
男
「“本人が知らない間にその銃が盗まれていて、犯行に使われた”可能性の方は?」
スズキ
「捜査員は銃を見せてもらい、登録してある番号であることを確認しました。三回も密かに盗まれて、あるいは三人が盗まれて、その都度コッソリ戻されたというのは、さすがに考えにくい」
男
「では、その人が、その日の前後だけ、実行犯に銃を貸した可能性もありますが」
スズキ
「おっしゃる通りです。ですがそれは、当人が嘘をついていれば幾らでもごまかせることです。“その日その時間に、その持ち主の家に設置されたガンロッカーに、絶対にその銃が保管されていた”ことを証明はできません。逆に言えば、こちらは全員に可能だったということになってしまいました」
男
「厄介ですね」
スズキ
「はい」
男
「銃砲店はどうでしたか? 販売前のライフルを、在庫として持っているでしょう」
スズキ
「はい。全国の銃砲店にもあたりました。新品中古あわせて、338ラプアマグナムのライフルは二十丁ほどありましたが、こちらも全てしっかりと保管されていて、一時的とはいえ盗まれたものはなく、そもそも店の外に持ち出された形跡すらありませんでした。銃砲店には防犯カメラがありますので、人海戦術で一週間以上かけて、全部をチェックしたそうです」
男
「大変だ。警官にならなくてよかった」
スズキ
「正直な感想、有り難うございます。実際、ほとんどの時間がクソみたいな単純作業ですよ。もしくは上にパワハラされているか、市民に愚痴を言われているか。人が足りないから、睡眠時間を削るしかない毎日です」
男
「素直でいいですね」
スズキ
「もちろん、全ての苦労が吹き飛ぶ瞬間もあります」
男
「それはよかった。――銃砲店の関与の有無をこちらから訊ねておいてなんですが、店がこの手の事件に関わる可能性など、まずないと思っていいでしょう。そんなことをしたら身の破滅のみならず、業界を壊してしまう」
スズキ
「お言葉ですが……、連続狙撃殺人事件を起こすような人は、既にマトモではないのでは? 理性を失った犯人が何をするか、予想が付きません」
男
「その通りですが、私は、沈着冷静な計画性を感じます。つまり、人を殺したいだけの人の場当たり的犯行には思えない。まあ、ただの感想です。それも、ここまであなたの話を聞いただけの。その話が本当なのかも分からない状況で」
スズキ
「いや、その、自分……、嘘は言っていませんよ……? 正しい情報を伝えないと、自分が聞きたいことを聞けないので」
「そうでしたね、忘れてください。大変失礼しました」
スズキ
「いえいえ」
男
「話を戻します。猟銃所持者の犯行の可能性を、捜査本部はどう思っていたんですか? 可能性が低いと、思うようになった?」
スズキ
「おっしゃる通りです。海外から密輸された銃と弾が使われたのではないかと。その線での捜査をより一層――、というまさにそのときに、四件目が起こったんです。今までにない動きがありました。実行犯らしい男が目撃されたんです」
男
「ではその話を」
スズキ
「はい。――起きたのは一昨年の十二月二十七日。神奈川県横浜市の住宅街で、三十三歳の会社員男性が、自宅のすぐ近くで撃たれました。犯行時刻は七時五十七分。天気は、冬の関東らしく雲一つない晴れ。風は、ごく弱く吹いていました。使われた銃弾は同じ。背中上部に一発被弾し、心臓を撃ち抜かれ、当然ですが即死しました」
男
「その時間で、住宅街ともなれば、撃たれた瞬間の目撃者がたくさんいたでしょうね」
スズキ
「おっしゃる通りです。状況を詳しく説明します。――被害者男性は、その一分前に自宅を出勤のために出て、玄関から十メートル離れた、通りの角にあるゴミ収集箱に向かいました。その年の最後の可燃ゴミ収集日だったそうです」
男
「ならば、捨てないわけにはいきませんね。八時までに出してください、というルールの収集所だったんでしょう」
スズキ
「はい。被害者はこの時間が毎日の出勤時間で、ゴミは必ず彼が捨てていた。家族構成は、同年代で専業主婦の妻と、五歳と四歳の娘の四人暮らし。新築戸建てを買って引っ越してきたのは、二年前のことです。一家で仲良く過ごす様子が、よく目撃されていました」
男
「続けてください」
スズキ
「住宅地の朝、それも地下鉄の駅まで歩いて四分という立地です。出勤する人は多く歩いていました。同じようにゴミを捨てに来ていた主婦や、出勤中の会社員など複数が撃たれた瞬間を目撃し、全員証言は同じです。
被害者が収集箱の網蓋を持ち上げてゴミを入れようとした瞬間、突然背中から花が咲いたように血が噴き出して、力なく後ろに倒れた。仰向けで数秒痙攣し、やがて動かなくなった。道路に血が、恐ろしい速さで広がっていった。
そして今回は、銃声が聞かれ、さらには不審車両も目撃されました」
男
「それは、興味深い」
スズキ
「はい。まず銃声ですが、多数の人間がこれを聞いています。証言で出たのは、小太鼓のような乾いた小さな音から、タイヤがパンクしたようなそこそこ大きな音。そして、巨大な爆竹が破裂したような大きな音。つまり――」
男
「証言者の位置で、射撃地点が絞り込めたと」
スズキ
「おっしゃる通りです! 現場ですが、住宅地は川が地面を削って作った谷底にあります。駅とは反対方向に、方角としては東に向かって、太い四車線道路が登っていて、左右には店が並んでいます。
その太い道の先、五十メートルほどの高さの山の頂上には、できたばかりの巨大なショッピングセンターがドンと聳えています。“山城と城下町のようだ”と言って、伝わるでしょうか?」
男
「悪くない表現です」
スズキ
「ありがとうございます。現場からショッピングセンターまでは、直線距離でほぼ千メートル。ショッピングセンターに近づくにつれて、聞かれた音は大きくなっていきました」
男
「普通に考えれば、そのショッピングセンターからの狙撃だと推測されますね」
スズキ
「はい。ショッピングセンターには多層式の立体駐車場があって、犯行時刻、既に営業していました」
男
「ずいぶん早いですね」
スズキ
「朝六時半から営業しているホームセンターがあるんです」
男
「なるほど。続けてください」
スズキ
「その時間に駐車場を歩いていた建築作業員の中年男性が、『耳鳴りがしばらく治まらないくらいの、今まで聞いたことがない音を聞いた』と証言しています。最初は何かが爆発したと思って、慌てて店内に入ったそうです。でも、その後に何もなかったので、買い物をして仕事に行ったと」
男
「続けてください」
スズキ
「さっきも言った通り、駐車場から殺害現場までの距離は千メートル。とてつもない距離ですが、338ラプアマグナムなら、それが可能だと鑑定されました。どう思われますか?」
男
「物理的に可能か不可能か、という意味では可能です。空気抵抗で減速した弾丸でも、十分に人を殺すだけの威力を残している距離です。東からということなら、順光で見やすかったはずです」
スズキ
「確かに。捜査本部は、ホームセンター店内や、駐車場の各フロアの防犯カメラ、そして証言を集めました。
そして、一台の不審車両がすぐに見つかりました。白いワゴン車――、もう車種を言ってしまいますが、トヨタのハイエースです。発砲があった瞬間、発砲できる位置に、つまり駐車場の端に停車していて、リアゲートを開けていました。それも、まさに撃たれた方向へお尻を向けて停められていたんです。
この時間、まだ駐車場はどのフロアもガラガラです。それなのに、一番高いフロアの、店舗入口からもっとも遠いところに停められていた。明らかにおかしいですよね?」
男
「おかしいですね。まるで――。いえ、続けてください」
スズキ
「そのハイエースは、七時三十五分、駐車場に入ってきて、その場所に停車しました。帽子を被り、サングラスにマスクを装着し、作業着にジャンパー姿の筋肉質の男が、運転席にいました。
駐車場の防犯カメラでは、停車位置はだいぶ奥まったアングルで細部はハッキリしません。この男はそこを選んだと思われています。七時四十五分に男が運転席からおりて、リアゲートを開けて荷室に乗り込んでいます。以後はしばらく動きが無く、七時五十七分、駐車場で轟音。防犯カメラに録音機能がなく、記録としては残っていません。先ほどの証言だけです」
男
「そのとき、車の中は、見えなかったんでしょうね」
スズキ
「残念ながら。サイドウィンドウは全てスモークでした。煙のようなものも、見えませんでした。七時五十八分。男が荷室から出て、リアゲートを閉めて発進。ゆっくりと駐車場を出て、犯行現場とは逆方向へと走り出しました」
男
「日本の警察のことです。その後の足取りも分かっているんでしょうね」
スズキ
「はい。ハイエースは、横浜新道に乗って東京方面へ向かい、首都高湾岸線へ。途中、酷い渋滞に巻き込まれています。およそ一時間後の九時三分、湾岸線東行きの横浜ベイブリッジに到着。
この先は首都高のカメラと、周囲の車のドライブレコーダーの映像に残っています。ノロノロ運転だったベイブリッジの中央部で、男は車を路肩に止めて、助手席のドアから下車。左側のスライドドアを開けて、荷室から細長いバッグを取り出しました。長さ一・五メートル、幅四十センチほどの黒いバッグです。それを男は――」
男
「橋から海へ捨てた」
スズキ
「おっしゃる通りです。ベイブリッジはガードレールの外側に自殺防止用の有刺鉄線があるのですが、その隙間からおよそ五十五メートル下の海面へと落としました。近くを走っていたタグボートの艇長が、勢いよく落下してきて着水した物体を目撃して、即座に海保に通報しています」
男
「それだけで、不法投棄でしょっぴけますね」
スズキ
「その通りなのですが……。当然、これが使われたライフルに違いないと、ベイブリッジ下の船の運航を何度も止めて、神奈川県警のダイバーによる捜索が行われました。しかし、事件から二日後――」
男
「想像が付きます。開いたバッグだけがどうにか見つかって、中身は何もなかった。その周囲をどれだけ探しても、金属探知機をかけても、ライフルは出てこなかった。たぶん今も出ていない」
スズキ
「…………。まったくもって、おっしゃる通りです……。ジッパーが壊れて開いていたバッグだけが、海底のドロの中から見つかりました。なんで分かったんですか?」
男
「後で言おうと思いましたが、訊ねられたので今答えます。分かりやすい偽装だからです。
犯行に使ったライフルを捨てたと思ったら、警察は血眼になって探します。そしてリソースを割かれる。“渋滞に填まって困った犯人が、衝動的に証拠隠滅を図った”――そう警察に思わせる為の行動だと考える方が自然です。合同捜査本部で、そんな意見は出なかったんですか? まあ、出ても無視されたのでしょうけど」
スズキ
「なるほど……。では、重そうに見えたバッグの中身はなんだったんでしょう? 何かが入っていたのは間違いないですが。ちなみにナイロン製のバッグは、ミリタリーショップなどで大量に流通しているものでした」
男
「塩でも固めて詰めておいたんでしょう。ジッパーは最初から壊されていて、こちらも、和紙か何かの紐で、内側からしっかり結わいておけばいい。着水後に全部溶けます」
スズキ
「なるほど」
男
「その後の男の足取りは? 逃げられたのでしょうけど」
スズキ
「車内に戻った男はそのまま首都高を走り、東京湾横断道路を、つまりアクアラインを渡って千葉県へ入りました。
それから、房総半島の田舎道をあちこち走り回ったのが目撃され、監視カメラやドライブレコーダーの記録に残っていますが、やがて足取りが途絶えました。
二日後、鴨川市の人気のない山中で、車は車内に消火器を噴霧された状態で発見されました。遺留物は発見できていません。そして、男の行方も不明です。仲間にピックアップされたか、山を徒歩で、あるいは用意しておいた車両で抜けて、どこかでさらに別の車両に乗り換えたと思われます」
男
「見つかったハイエース、盗難車だったんでしょうね」
スズキ
「おっしゃる通りです。事件一週間前に、都内の駐車場から盗まれています。ナンバープレートは、犯行前日に千葉県多古町の車両解体業者から盗まれていたものだと分かりました。そちらは被害届が出ておらず――」
男
「盗難車の輸出をしていた一団のアジト、いわゆる“ヤード”だったと」
スズキ
「よくご存知で。ハイエースも、その車を盗んだ誰かから盗んだのだろうと」
男
「手の込んだことを」
スズキ
「まったくです。この男の行動が、全て偽装行為だとしたら、実際には、彼はライフルを撃っていないということですよね?」
男
「そうです」
スズキ
「駐車場で聞こえた大きな音は、なんだと思われますか?」
男
「獲物を脅すときに使う火薬玉か、改造花火か。いずれにせよ、大した大きさのものでなくても、音だけなら、なんとでも立てられると思います。男が撃たれたタイミングと多少ずれていても、それに気付く人はいないでしょう」
スズキ
「なるほど。そしてこの場合、別の場所から実際にライフルを撃った誰かがいるということですよね?」
男
「そうです。さっきは言いませんでしたが、一キロメートルの狙撃なんて、物理的に可能とはいえ、命中させるには相当の技量が必要です。そして、風などの要因で外すことだってある。そうそう簡単に、一発で確実に決められるものではないんです。
だからこの場合、もっとずっと近くから、それこそ必中を期待できる距離から、サプレッサーを装備したライフルを誰かが撃ったと思います。登り坂の途中に、車を止めて現場を見下ろせる場所はたくさんあったでしょう。そこから撃てば、だいたい同じ角度で男の体に命中させることができたのでしょう。“338ラプアなら超長距離でも撃てる”という事実を逆手に取った、実に手の込んだ偽装です」
スズキ
「……それを、今から捜査しようとしても、証言や証拠など集まりづらい……」
男
「そうですね。――そして、ここまで話を聞いて、ハッキリと分かったことがあります」
スズキ
「おや? なんでしょう? おっしゃってください」
男
「これは“無差別”連続狙撃事件ではないということです。あなたには、まだ言っていないことがありますね」



