第一部 『DAY 0 彼とスズキの通話』
第五章 『ターゲット』
第五章 『ターゲット』
スズキ
「時系列順にお話ししてきたので、これからお伝えしようと思っていましたが、気付かれてしまいましたか……。本当は、報道で知っていた、ということは――」
男
「ありません。私を疑うのでしたら、これ以上お話しする意味はないですよ?」
スズキ
「大変失礼しました……。ちなみに、どこで気付かれましたか?」
男
「犯人が、ここまで凝った偽装をしてまで、その被害者を撃ち殺したからです。もし無差別狙撃なら、もっともっと狙いやすい、撃っても簡単に見つからない、あるいは逃げやすいターゲットがたくさんいたはずです。
なぜ見つかる危険を冒して、そしてそれを防ぐために凝った偽装をしてまで、彼を撃ったんですか? そんなの、“彼をどうしても殺したかったから。その唯一のチャンスがゴミ捨ての瞬間だったから”以外に考えられません」
スズキ
「納得しました」
男
「逆に訊ねます。警察は、合同捜査本部は――、いつ、どうやって、気付いたんですか? 被害者全員には、命を狙われる理由があったのだ、と」
スズキ
「素直にお答えします。四件目の被害者男性の検死中です。彼のスーツの中から覚醒剤の小袋、いわゆる“パケ”と呼ばれるものが、幾つも出てきたときです」
男
「なるほど。続けてください」
スズキ
「はい。事件直後、被害者が撃たれ大騒ぎになって、やがて家から彼の妻が出てきて、それはそれは大変な
男
「その奥さんも、知っていたと。つまり、夫婦揃って、麻薬の売人だったんですね?」
スズキ
「そうです……。男のスーツの内側に隠しポケットがあって、そこにパケが隠されていたんです。被弾で破れて、覚醒剤が少しこぼれていた。すぐに妻が警察署に呼ばれて、観念したのか全てを自供しました。三年前から二人で覚醒剤の売人をして、それで大金を稼いでいたと」
男
「二人の娘さん達が、ただひたすら可哀想でなりません」
スズキ
「そうですね……。妻も当然ですが逮捕されて、娘さん達は、唯一の肉親である男の母に引き取られたのですが……」
男
「そして合同捜査本部は慌てて、これまでの被害者を、それまで以上に丹念に洗ったんですね? 最初の三件があまりにも近かったので、たぶん忙しくてそれどころではなかったのを、やり直すことにした。“果たして、彼等は強烈な恨みを買うような人間ではなかったか?”と」
スズキ
「おっしゃる通りです……」
男
「“四件目の事件が真の狙いであり、事前の三件は無差別だと思わせるための偽装で、本当に普通の人だった”という可能性もありますが――、あなたの口ぶりでは、いろいろと判明したのでしょう」
スズキ
「はい。それをお伝えします。まず一人目の被害者の会社経営者の男性は、陰湿なパワハラの常習者でした。必要以上に社員に厳しく当たり、目下をいたぶることに快感を覚えるような人物でした。会社の経営がとても順調なのと、完全に精神的に支配されているからか、社員達は口を閉ざしていたんです。
さらに判明しましたが、それまでに社員と元社員のうち一人が自殺、二人が自殺未遂しています。心を病んで辞めた人は数えきれません。しかも彼は、そのことをまるで武勇伝のように、ゴルフ仲間に吹聴していたそうです。『ダメな人間はとっとと自殺しろ。社会が綺麗になる』などの暴言も聞かれています」
男
「続けてください」
スズキ
「二人目の塾講師の男性は……、さらに、それ以上の人間のクズでした。聞きますか? ご気分が悪くなりますよ?」
男
「何を今さら」
スズキ
「では――。彼は、小児性愛者であり、チャイルド・マレスター、つまりは小児性犯罪者だったんです。アウトドアクラブでリーダーをやっていたとお伝えしましたが、その当時から、参加していた小学生男子児童に性犯罪を繰り返してきたことが、その後の調査で初めて判明しました。その上で『喋ったら殺す』とか『写真をばらまいてやる』と脅していたそうです。『もうあの人は死んだから』と諭して、ようやく口を開いてくれた人がたくさんいました。遺品のパソコンを押収して調べたら、証拠となりえる、男子児童の裸を撮った画像が大量に見つかりました」
男
「よく分かりました。では、三人目を。それとも、身内の恥は隠しますか?」
スズキ
「いいえ!」
男
「………。どうぞ」
スズキ
「元県警本部長の男は、話に出た住み込みの家政婦に、長年にわたり虐待行為をしていました。改めて取ったその女性の証言によると、若い頃に雇われてからずっと、男の支配下にあったそうです。逆らうと殴ったり蹴ったりの暴行を加えるので、やがて諦めたと。その男との間の子供を何度か妊娠しましたが、彼に強制されて堕胎させられました。これは、病院に記録が残っていました。
何十年間も、彼女はその家でマインドコントロール下にあって、奴隷のような扱いだったそうです。警察に全てを伝えると言ったら、『俺がその警察だが?』と男は嘲笑ったと。しかもこのことは、男の妻も重々承知であって、ときに夫婦が一緒になって、とても口に出せないようなことをしたと。
女性は、捜査員に言いました。『あの人が死んでいるのを見たときは、本当に気持ちが良かったです。ただ、悲鳴が聞こえなかったのは本当です。撃たれたと分かっていたら近づいていって、あの鬼畜が死ぬまで、笑いながら見ていたでしょう』、と」
男
「なるほど。つまりは、これらは全て復讐劇だと。誰かが、ライフルを使いこなせる誰かが、世直し義賊よろしくやっていることだと――、これ以上ないほどハッキリしたんですね」
スズキ
「おっしゃる通りです」
男
「そして、合同捜査本部はそれをひたすら隠そうとしたが、バレてしまった」
スズキ
「分かりますか……」
男
「さっき、『本当は報道で知っていた、ということは』――そう言ったのはあなたですよ?」
スズキ
「そうでした。そうでした」
男
「週刊誌か何かが、すっぱ抜いたんでしょう」
スズキ
「おっしゃる通りです。四人目の被害者のことを、奥さんの逮捕がきっかけで、調べた週刊誌があったんです。そして――、週刊誌の取材力は恐ろしいですね。事実を調べ上げ、他の被害者のことも含めて、大々的に記事にしてしまいました。警察としては、ずっと伏せておきたかったんですが……」
男
「そして、大騒ぎになったと」
スズキ
「はい……。どこから漏れた? と捜査員が頭を抱えたくなるような情報まですっぱ抜かれましたので」
男
「三件目は、バレていないんですね?」
スズキ
「おっしゃる通りです」
男
「安心した人は多そうですね」
スズキ
「いやもう、本当におっしゃる通りです……。そして、この報道の結果、それまであれほど恐怖していた一般市民が、手の平を返して、犯人を英雄視するようになりました。
普通の生活をしている善良な自分達が撃たれる心配はないんだと、安心してしまいました。さらには、見事に殺した狙撃の腕が素晴らしいと、犯人を称賛するまでになってしまいました。SNSでは連日ひどく盛り上がり、『アイツを撃って殺してくれ。この日この場所にいるぞ』などと依頼がたくさん書き込まれ、その中には本当の犯罪者がいたりしたんですが、ほとんどがまったくの逆恨みや無関係な人で、大問題になりました。
その犯人には、いろいろな渾名が付けられましたが、最後まで残ったのは――、『必殺狙撃人』というもので……」
男
「笑っていいんですかね?」
スズキ
「なんとも、自分からは何も……。あまりに語呂がいいので、警察内部でも時々使われていますが……。略して『必殺』とか……。ああ、どうかご内密に」
男
「言いませんよ」
スズキ
「どうも……」
男
「テレビ局が、さぞ頭を抱えたことでしょう」
スズキ
「はい。他にも、狙撃を扱った映画がテレビ放送中止になったり、狙撃手が主人公の有名漫画作品の公共機関コラボが取りやめになったり、影響はあちらこちらに。しかし狙撃事件自体は、しばらく止まりました。去年の十一月に再開されるまでは、ですが……」
男
「それまで、捜査が進んでいなかったということですか」
スズキ
「手厳しい。しかし“いいえ”と答えさせてください。重要参考人が一人いるのですが、未だ逮捕には至っていません。その話をしていいでしょうか?」
男
「どうぞ」



