第一部 『DAY 0 彼とスズキの通話』

第八章 『推理?』

第八章 『推理?』 



 スズキ

「さきほどから、やけに納得していますが……?」


 男

「それは、サトウがどういうことを、あるいはどういう風にしてきたか、おおよそ想像が付いたので」


 スズキ

「それを、聞きたくて……、自分はお電話しました」


 男

「そうですか」


 スズキ 

「ぜひ聞かせてください! 推理を!」


 男

「そんな大したものではないです。単なる想像です」


 スズキ

「想像で結構です! お願いします! 情けないことを言いますが、こっちもいろいろと必死でして、どんな考えでもお聞きしたい! 聞くまで電話は切れませんよ!」


 男

「分かりました……。では、これから話すことは、頂いた情報だけを元にした、私の勝手な想像ですので、話半分くらいで、眉唾で聞いてください」


 スズキ

「はい」


 男

「サトウが、今回の黒幕なのは間違いないと仮定してのお話になります」


 スズキ

「はい」


 男

「その目的はさっき話した通り、妻や両親の非業の死から湧き上がった、裁かれていない悪人への復讐、といったところでしょう」


 スズキ

「はい」


 男

「サトウの息子さん達と娘さんが関わっているようには、私には思えません。さっき言った趣味に付いていけなかったというのは、あえてサトウがそうさせたのではないかと、私は想像しています。ワザと厳しく当たって、実家から離れさせたと思っています」


 スズキ

「それは、未来ある子供達は巻き込まず、自分だけが悪者になる覚悟だと?」


 男

「格好よく言えば、そうかもしれません」


 スズキ

「では、サトウが一連の黒幕だったとして、それ以外に、最低でも二人の人間が――、狙撃の実行犯と、横浜の謎の男がいるわけですよね?」


 男

「そうです。単純に“手下”だとしていいと思います。あるいは“シンパ”。サトウはレストランや宿を経営していましたし、積極的に顔を出していた。いろいろな人を迎えて会って、話をした。

 その中で、辛く悲しい経験をして、誰かに恨みを抱えていた人は、一人や二人じゃなかったでしょう。サトウには妻と両親の件がある。それを自己開示して信頼関係を築いた。開襟して身の上話を聞いてもらっているうちに、いつの間にか誑し込まれた人がいても、不思議ではない。

 幾人かは実行のための、幾人かは、国中が“コイツなら殺されても無理はない”と思える目標を依頼して、成功しても絶対に誰にも言わない“手下”になった」


 スズキ

「…………。確かに、それは、十二分に有り得る話です……。では、仮に、サトウにシンパや部下がいたとします。仮にです!」


 男

「ええ……、仮に」


 スズキ

「そしていくつもの狙撃の実行犯がいたとします。すると、その人には相当の腕があることになりますが……、そこは、どう思われますか?」


 男

「そんな人を手下にするのも、まったく不可能ではないでしょう。まず、腕の立つ外国人かもしれない」


 スズキ

「まあ、そうですね」


 男

「ただ、私は日本人だと思います。目立つのを避けるために」


 スズキ

「確かに、住んだり訪れたりする外国人が増えているとはいえ、まだ日本では目立ちますからね。地方に行けば特に」


 男

「狙撃手が日本人だとすると、考えられるのは元自衛隊員、あるいは警察官、あるいはハンター。そのどれでもなくても、時間さえかければ教え込むことはできたと思います。お金を出して、海外で修業させることもできたかもしれません」


 スズキ

「なるほど……。では、狙撃に長けた実行犯がいたとします。そいつは、狙撃をどうやったんでしょう? 338ラプアマグナムのライフル、サベージM111は、ずっとサトウの家にあったと思って間違いないと思うんですが……。何か、別の銃があった?」


 男

「いいえ。あなたはさっき――、というほどではないですね、だいぶ前に、言ったじゃないですか。銃がずっとガンロッカーにあった証明はできないって。サトウが鍵を開けてロッカーから取り出して、梱包して荷物として送ればそれまでですよ」


 スズキ

「そうでした、そうでした。――しかし、荷物で送る? 銃を? どうやって?」


 男

「普通に宅配業者で」


 スズキ

「は? 可能なんですか? 日本ですよ?」


 男

「違法ではないです。日本でも、通販で猟銃を買うことだってあります。書類手続きを終えた後なら、普通に送られてきます。銃砲店に卸される銃だって、宅配業者が運んできます。万が一の時に悪用されないように、分解して二個口になっているでしょうけれど。送る際の品目欄には、“スポーツ用品”、“精密機器”などと書かれるのが一般的です」


 スズキ

「それって……、大きく重い箱の中身が実銃だと、バレないんですか?」


 男

「梱包されている中身を、いちいちチェックする宅配業者がいますか? 国内での宅配にエックス線をかけたりはしないと思いますよ。長い銃だって、可能な限り分解して別口で送ればいい。楽器ケースやゴルフバッグなどに入れれば、それが銃だと分かる人はいません。そして、弾薬も同じことです。ただし、銃と一緒の荷物にすることは、避けた方がいいですが」


 スズキ

「まあ、確かに……」


 男

「警察官や自衛官が、仕事で使う銃や弾を宅配便で送ることはないと思いますが、民間では普通に行われていることです」


 スズキ

「はあ……」


 男

「サトウの牧場やレストランや民宿では、おそらく毎日いろいろな荷物のやりとりがされていることでしょう。大きな荷物のどこかに実銃や実弾が紛れていても、まず分かりません。通販で売っている鹿肉の中に、銃弾を隠してしまってもいい」


 スズキ

「でしょうね」


 男

「こうして、誰かの所有している銃や弾は、ほとんどの人が思うよりずっと自由に、国内を移動できます」


 スズキ

「そして、狙撃ができる誰かが実行した……。具体的には、方法はどうやったと思いますか? 一件目の御殿場の事件から、お願いします!」


 男

「私は、普通にやったと思っています」


 スズキ

「意味がちょっと……。以後は普通じゃなかったと?」


 男

「まあ、そうですね」


 スズキ

「そもそも、普通にやった、とは?」


 男

「ああ失敬。普通にライフルを構えて、遠くを狙って撃ったと」


 スズキ

「狙撃ってことですよね?」


 男

「そうです。最初なので、オーソドックスな方法で、確実性を求めたはずです。距離も猛烈に遠くなく、ゴルフ場なので大変に狙いやすい。下手な小細工は必要なかった」


 スズキ

「なるほど。それ以後は、例えば二回目は、普通の狙撃じゃなかったと?」


 男

「犯行を誤魔化すために細工を、犯人の想像が付きにくい、変わった方法を取ったと思っています」


 スズキ

「推理を、ぜひとも聞かせてください」


 男

「想像です。――二件目の、高知のキャンプ場の、男が寝ていたテントごと四方八方から撃たれ、蜂の巣になってしまった件ですが」


 スズキ

「はい。どこからでも狙撃が可能だった状況です」


 男

「この場合、遠くから狙い撃つ必要は、全然なかったと思います」


 スズキ

「というと?」


 男

「テントで寝入っている人を撃つのに、遠くから狙撃する必要はありません。夜中に、テントの脇に近づいて、撃てばいい」


 スズキ

「ええ? そりゃそうですが! 目撃される可能性がありますよ!」


 男

「誰に?」


 スズキ

「え? お忘れですか? キャンプ場にはその夜、他のお客がいました。キャンピングカーのご夫婦です」


 男

「その人達が撃ったんです。想像ですが」


 スズキ

「…………。想像、続きを聞かせてください」


 男

「キャンピングカーで日本中を巡っている夫婦ですから、北海道に来て、サトウの宿に泊まっていてもおかしくはない。そして、さっき言ったみたいに、夫婦にとって辛い身の上話を、親身になって聞いてもらったのではないでしょうか」


 スズキ

「……どんな話を、ですか?」


 男

「あくまで想像ですが――、『自分達の息子が幼い頃に、卑劣な性犯罪の被害者になったことがあるんです……』とか」


 スズキ

「あああっ! あの男にっ!」


 男

「そうです。もしそうだったら、あの男に死んでもらいたいと思う、十分すぎる理由があるでしょう」


 スズキ

「なるほど……。男は、自分のキャンプの様子を頻繁にSNSにあげていました。馴染みのキャンプ場の情報を得るのは容易かったはずです……」


 男

「実行についての想像は、二つあります。一つは、夫婦はサトウから銃を送ってもらい、キャンピングカーに隠して持ち込んで、夜中にテントごと男を撃った。

 銃を撃てる人だったかどうかは不明ですが、サトウが自宅に連れてきて、狩猟に同行させて、山で練習させれば済むことです。広大な私有地なんて、うってつけです。すぐ近くのテントを撃つだけなら、練習は一日もいらない。夫婦の奥さんのほうだって、支えてもらえば引き金くらいは引ける。憎い相手を手ずから殺したいと思ったのなら、やったでしょうね」


 スズキ

「なるほど。もう一つとは?」


 男

「撃てる人を、第一の事件の実行犯でも、キャンピングカーの中に潜ませておいた。立派なキャンピングカーだったんでしょう? 一人くらい追加しても、問題なかったでしょう。トイレもベッドもある。隠れ放題ですよ。そうなれば、防犯カメラにも映らない。その場にいなかったことにできる人です」


 スズキ

「なるほど……」


 男

「どっちかといえば前者の可能性が高いと、私は想像しています。自分でやりたいでしょうし、サトウもやらせたかったでしょう。もう戻れない共犯者になって、仲間意識を高めるためにも。その夫婦が、口を割る可能性は低い」


 スズキ

「でも、弾丸の威力はどうでしょう? 数百メートル離れた場所から撃たれた威力だと、検死の鑑定結果が出ていますが。素人考えですが、さすがにそんなにすぐ近くから撃ったら、与えられたダメージの違いが出ませんか?」


 男

「出るでしょうね。だから、私が想像するのは――」


 スズキ

「はい」


 男

「威力の弱い弾を作った、という手段ですね」


 スズキ

「“弾を、作った”……? 弾って、作れるんですか?」


 男

「“ハンドロード”といって、専用の道具があれば、材料を集めて自分で作れるんです。私はやったことがありませんが。完成して売られている弾薬は、“ファクトリーロード”といいます」


 スズキ

「ちょっと話がズレますが――、なんでわざわざ、弾薬を自分で作るんですか? 工場で完成した製品が売っているのに」


 男

「理由はいくつかあります。まず、自分で作った方が、結果的に値段が安くなることが多いこと。射撃競技者など、練習で大量に撃つ人にはありがたいでしょう。

 ただ、それよりも、望む性能を出せるというのがハンドロード最大のメリットです。自分の銃に最適な、一番高い精度が出る弾丸や火薬の組み合わせを研究して、生み出せる。それらは“リロードのレシピ”と呼ばれます」


 スズキ

「なるほど。値段と性能ですか。勉強になります」


 男

「銃弾の仕組み、ご存知ですか?」


 スズキ

「恥ずかしながら、あまり詳しくはありません」


 男

「銃弾の構造は、すなわちハンドロードに必要な材料は――、先端から、飛び出す“弾丸”、火薬を収める“薬莢”、燃焼する“火薬”、そして、最初に叩かれて発火する“雷管”、この四つです」


 スズキ

「弾丸と、薬莢と、火薬と、雷管と……」


 男

「材料の購入は、猟銃の所持許可を持っているサトウには何も難しくない。普通に銃砲店で買えます。空薬莢は、何回か使い回せます。当然、証拠として現地に残すわけでもない。

 火薬と雷管の購入にはそれ用の許可を得る必要があり、購入数と消費数は帳簿に付ける義務がありますが――、購入数は無理でも、消費数などいくらでもごまかせます。射撃場では監視カメラで撃った数が判明するので、猟期に山の中で撃った、とすればいい」


 スズキ

「確かに」


 男

「威力の弱い弾を作るには、火薬をほどよく減らす手もあれば、火薬の種類を変えることでも可能かと思います。弾速計で測って、そんな弾薬を拵えたのではないかと。それをテント脇で撃たせれば、威力は偽装できる――、私は実際にやったことはありませんので、“その可能性がある”という話になりますが」


 スズキ

「だとすると、実行犯は、すぐ近くにいたわけですね……。それは、周囲の山から痕跡が出ないわけです」


 男

「先ほど言い忘れましたが、最初の御殿場の事件も、話にあったキャディーさんがサトウのシンパであって、情報を掴んだ人であり――、つまりはグルだった可能性が高いと思っています。警察が関連を掴めていないだけで、キャディーさんの知り合いに、パワハラの被害者でもいたのかもしれません」


 スズキ

「そうか! だから、ラウンドする日時も分かった……。現場を歩き回ったのも、射撃位置を誤魔化したかった!」


 男

「同じ想像です」


 スズキ

「ああ、素晴らしい推理ですよ! 素晴らしい! やっぱり聞いてよかった! これでいろいろと洗い直せる! ――では、三件目の、元県警本部長の殺害は? どう思いますか? まさか、虐待されていた家政婦が撃ったと?」


 男

「目撃者がいない以上、その可能性もゼロではないでしょうが……、彼女は住み込みでしたよね? しかも精神的に支配下にあった。行動を監視もされていたことでしょう」


 スズキ

「はい」


 男

「その家に彼女宛で銃と弾薬が送られてきて受け取って隠し、事件後も隠し続けるのは、ちょっと無理がある気がします」


 スズキ

「ですね……」


 男

「これも、第一の事件と同じように、普通に竹林からの狙撃だったと想像します。条件に恵まれていましたので。ただ、日常的に庭に出るタイミングなどは、家政婦さんが教えたのかもしれません」


 スズキ

「では、第四の、横浜の件はどうでしょう? 推理――、じゃなかった、想像をお願いします!」


 男

「まず、凝った偽装工作は仲間の仕業で間違いないでしょう」


 スズキ

「はい」


 男

「ただし、仲間といっても、事情をよく知る、サトウに近いメンバーではなかったと思います。詳しいことをほとんど知らずに大金で雇われた人が、言われた通りのことをしただけではないかと」


 スズキ

「どうして、そう思われます?」


 男

「捕まる可能性がそれなりにあった行動だったからです。駐車場で破裂音を立てたとき、ベイブリッジで車を降りたとき、その後の走行中などで、居合わせた誰かに確保されたり、運悪く出くわした警察に職務質問を受けたりする可能性は、かなりありました。そこで捕まってしまったら、黒幕のことを一切知らない方がいい。知らないことは、喋れませんから」


 スズキ

「なるほど……。“闇バイト”の募集でもかけたのでしょうか? 悲しいかな、そんなのに応募してしまう人は本当に多い」


 男

「それでは、頼りなさ過ぎると思います。私は、外国人を大金で雇ったのではないかと想像します。そして実行してもらい、終了後は、その日のうちに国に戻ってもらう。千葉県に逃げたのは、成田や羽田までそれほどかからないからだと思います」


 スズキ

「なるほど……。なるほど……。そして、より犠牲者に近い位置で撃った実行犯がいたんですね?」


 男

「そうです。目隠ししたバンや、トラックなど、やはり車からの発砲だろうと思います。こちらの車両は、事件後に注目も浴びることはなく、ゆっくりと逃げることができた。使った銃は、すぐにでも分解、梱包して送り返したのでしょう。サトウに直にではなく、一度誰かの住所を介していたかもしれません」


 スズキ

「二件目から四件目までは、サイレンサー、もしくはサプレッサーを使ったと言っていましたよね?」


 男

「そうですが、話を聞いた今なら、一件目の狙撃でも使っていたかもしれません」


 スズキ

「今さらで恐縮ですけど、そんなものは、日本では売っていませんよね? 買えませんよね?」


 男

「そうです。本物のサプレッサーは、銃社会のアメリカ合衆国でも、州によってかなり厳しい認可が必要です。欧州だと、国によっては普通に狩猟に使われているので、もっと楽かもしれませんが。

 サプレッサーが本物であっても、日本人が単にそれを持っているだけでは、違法ではなかったと記憶しています。使い道の分かりにくい、変な加工がされた金属の筒を持っているだけになる。

 ただし、猟銃を合法的に所持している人が、その銃に取り付けて使用することができるサプレッサーを持っていたら、その時点で違法になる。家に警官が来る可能性もあったサトウが買って持っているのは、かなりリスキーです」


 スズキ

「なるほど」


 男

「でも、サプレッサーの仕組みは簡単なものです。金属の筒を銃口に隙間なくくっつけて、発射ガスが周囲に勢いよく飛び出ないように、幾つもの小部屋を渡って、圧力を下げてから吹き出すようにすればいい。構造としては、自動車やバイクのマフラーと一緒です。サプレッサーやサイレンサーが、マフラーと呼ばれることもあります」


 スズキ

「では……、サトウは自分で造ったと?」


 男

「それが、一番可能性が高いと思います。サトウはかつて、金属加工の会社を継いで経営していたんですよね?」


 スズキ

「そうです! そうでした!」


 男

「自宅で車両の整備もしていたと聞いています。道具も腕もあれば、サプレッサーも製作可能だったと考える方が自然です。海外のサイトで、設計図のような物は転がっていますから。車両のマフラーを改造したのかもしれません。もちろん、テスト後は、すぐに誰かに送って手元に残さないか、それとも、別の機械に、例えば車両に取り付けてしまってごまかすか」


 スズキ

「なるほど、なるほど……。では、大きな銃声を隠すのはその方法で可能として……、弾丸の旋条痕の方は、どう思いますか? 同一と考えるのは難しいとの鑑定結果が、間違いなく出ています。サトウの銃は、弾丸が見つかった犯行に使われた銃ではない」


 男

「それも、旋条痕が一致しなかったのも――、とても用意周到で手の込んだ、しかし簡単なトリックだったと、今までの話を聞いて思います」


 スズキ

「どのような?」


 男

「銃身を、交換してしまったんです」


 スズキ

「は? 交換……?」


 男

「そうです。旋条痕は銃身内側の溝、つまりはライフリングが刻むものです。銃身が変われば、旋条痕も当然変わる」


 スズキ

「交換、できるんですか?」


 男

「可能です。ライフルは、二千発から三千発……、とにかくたくさん撃つと銃身の寿命が尽きます。銃身内部のライフリングが、発砲の度に僅かながら削られていき、やがては射撃精度を保てなくなる。日本でそこまで撃つ人が、どれくらいいるかは分かりませんが――、寿命を迎えた銃身は、新しいものに交換されます」


 スズキ

「それは、自分で、できるものですか?」


 男

「散弾銃などは、構造上簡単にできるものが多いです。ただ、ライフルとなると、数少ない例外を除いて、銃身はしっかり固定されています。その場合の交換は、通常は銃砲店にお願いしますが、個人であっても、ある程度の技量と道具があれば可能です。

 サベージという会社の銃は、私の記憶が間違っていなければ、銃身交換の手順が他の会社のより簡単です。銃身を機関部――、ボルトが収まる銃の心臓部にねじ込んで、ねじ込み量を調整し、その上から大きなナットを締めるだけで良かったはずです。サトウはそれも見越して、この会社のライフルを選んだのではないかと、私は想像しました」


 スズキ

「専門的なことは分かりませんが……、銃身が自分で交換ができるのは、分かりました。では、そもそも別の銃身は、日本で簡単に手に入るんですか?」


 男

「その銃の所持許可を持つ人が、銃砲店に発注して購入する、という意味ではイエスです。ただし、これは確実に記録が残ります。銃砲店に捜査員が行ったら、製造や輸入の記録からすぐに判明するでしょう」


 スズキ

「なるほど」


 男

「交換をしないまでも、“替え銃身”という形で所持することも可能です。こちらは口径や長さの登録が必要なので、所持許可証に記載しなければ違法です。だから、サトウが別の銃身を持っているなどと分かれば、そこは絶対に追及されて、鑑定のために提出を求められていたはずです。サトウは登録上、別の銃身は持っていないことになっているはずです」


 スズキ

「では? どうやって誤魔化せたと……?」


 男

「あなたは、さっき報告の中で言いましたよね? サトウは三年前から今のライフルを所持しているが、その前も同じ型の銃を使っていたと。そして狩猟中に落として壊してしまい、廃銃にして買い直したと」


 スズキ

「はい」


 男

「廃銃にしたとき、引き取って処分した銃砲店は、銃身が本物の銃のそれだと、キッチリ調べたでしょうか? 同じサイズと外見の金属が付いていても、あちこち凹んで汚れていたら、分からなかったのではないでしょうか?」


 スズキ

「偽装したと……?」


 男

「そうです。これもまた金属加工の技術で、銃身そっくりなものを造れたのでしょう」


 スズキ

「でも、猟銃には登録番号がありますよね? 車で言うところの、車台番号みたいな」


 男

「はい。でもそれは、まず大抵は交換が利かない機関部に刻印されています。さっきも言いましたけど、銃身は使用限度が来たら交換されるものなので、そこにシリアルナンバーを打つわけにはいかない」


 スズキ

「つまりサトウは……、わざと銃を壊して、しかし銃身だけは事前に別の何かとすり替えて、ずっと大切に隠し持っていた……。そして狙撃事件に使わせるときだけ、そっちに付け替えた……」


 男

「そう想像ができます。もしこの時点でバレていたら、計画は変更したかもしれませんが、残念ながらそうはならなかった」


 スズキ

「確かにシンプルなトリックですが……、実行のためには三年前から――、いや、その銃を手に入れた五年前から考えていたことになります」


 男

「そうなります。そして銃身の交換を犯行の度に行っているのなら、狙撃事件が冬にしか起きていないことに、納得がいく」


 スズキ

「どうしてですか?」


 男

「結論から言えば、冬は狩猟シーズンだからです」


 スズキ

「ちょっと分かりません」


 男

「順序立てます。根本の理由としては、照準の調整をする時間が欲しかったんです。銃身を交換すれば、照準――、この場合はスコープの調整が絶対に必要です。その距離で弾丸が当たる場所へ、スコープの十字線を合わせる。これを“ゼロイン”と言います。それを行いたかった」


 スズキ

「なるほど」


 男

「私の知らない間に銃刀法が変わっていない限り、日本では、その辺で銃を撃ったら違法です。これは、たとえ私有地であっても同じことです。実弾を合法的に撃つのなら、基本的には、射撃場に行くしかありません」


 スズキ

「そうですね。変わっていません」


 男

「しかし、日本の射撃場では、平らな場所で決まった距離に置かれたターゲットしか撃てないんです。それも、最長で三百メートルです。

 さらに、射撃場には間違いなく、監視カメラが設置されている。時に他の射手の目もある。何か妙なことをすれば目に付きますし、記録にも残る。でも――、狩猟なら話は変わってきます」


 スズキ

「おっしゃりたいこと、分かります。“自然の中で、好きなように撃てる”、ってことですね?」


 男

「“好きなように”と言うのは、少々語弊があります。かなり細かい話になりますが、ハンターが発砲するには、満たさなければならない条件があります。

 狩猟時期に、狩猟可能エリアで、その都道府県の狩猟者登録をした人が、日の出から日没までの間に、獲物を見つけ、周囲と矢先の安全を確認できた場合のみ、その獲物を撃つに相応しい銃と弾を――、合法的に撃つことができます」


 スズキ

「なるほど。どれか一つでも条件を満たさないと、違法になると」


 男

「そうです。しかし、これらは建前です。実際に獲物がいなくても、『私にはシカの頭がハッキリと見えました。撃ちましたけど外れて逃げられました』とでも言えば、その場にいなかった人には、確かめようがない」


 スズキ

「そうですね。しかも私有地ならなおさらです」


 男

「こうして、冬の狩猟期間だけは、サトウは自分の土地で、かなり自由に撃つことができたと考えられます。時期的な例外として、“有害鳥獣駆除”という名目で、一年中狩猟ができる場合があります。しかし、雪で覆われる冬以外、牧草地には従業員が作業に入るはずです。一人二人ならさておき、従業員全員が共犯者であると考えるには、かなり無理があります」


 スズキ

「確かに。だから冬だけ、なんですね」


 男

「好きな場所に的を置いて、実践的な狙撃の予行もできたはずです。射撃場とは違って、どんな距離からも撃てた。放たれた弾丸は、重力に引かれて放物線を描きます。距離が遠ければ、それだけの落下量がある。遠くを狙い撃つときには、その距離でのゼロインが必要です。

 山の斜面を使って、射撃場では絶対にできない、角度のある射撃もできたことでしょう。角度があると、飛び出した弾丸の落下量が変わってきます。専門的なことは省きますが、撃ち上げでも撃ち下ろしでも、同じ距離を水平に撃つより上に着弾します。だから、何発も撃って当たる場所を掴んでおきたい。

 さっき言ったサプレッサーの脱着と作動テストも、この方法でこっそりとやったのだと思います。サプレッサーを装着することで、着弾点が変わることがあるからです。もちろん万が一にも見られてはまずいので、テントや車の中から撃ったのでしょう」


 スズキ

「なるほど」


 男

「サトウが二十年以上前に北海道に土地を買って移り住んだのは、全てはこのためだった――、そう想像します」


 スズキ

「五年どころじゃなかった……! どんだけ準備に時間をかけたんだ! でも、合点がいきました! 素晴らしい推――、想像です! では、弾は? 弾薬はどうですか? サトウはいつも同じ銃砲店で弾薬を買っていましたが、北海道で狩猟に使えない鉛の弾丸は、買った記録がなかったことが判明していますが」


 男

「さっき言ったように、薬莢と火薬、雷管は現場に残さないので誤魔化せます。例外は弾丸だけです。犯行に使われた弾丸だけは、どうにかして別口で、足が付かないように手に入れていたんでしょう」


 スズキ

「そうなりますよね。しかしどうやって?」


 男

「いくつか想像ができますが、まずは、本州に住む誰かが正規に購入して、狩猟で消費した体で横流ししていたというのが一つ。でもこれは、その人に購入記録が残るので、捜査されたら足が付きやすい。巻き込む人を減らしたいので、できるだけ避けたい方法です」


 スズキ

「なるほど」


 男

「二つ目は、海外から通販で正規に買う方法。違法ではないと思いますが、こちらも購入した物の記録と履歴を辿られてしまう危険性が残る。三つ目は、海外から密輸する方法。つまり、弾丸であることを隠して輸入する。もちろんこれも、リスキーです」


 スズキ

「ですよね」


 男

「だとすると、四つ目の方法が、一番可能性があるかなと、個人的には想像しています」


 スズキ

「その方法、お聞かせください!」


 男

「誰かが、お土産として持って帰るという手段です」


 スズキ

「は? 今、なんとおっしゃいましたか?」


 男

「海外旅行のお土産にしてしまうんです。誰かが外国に旅行し、そこで手に入れる。空薬莢も手に入れて、弾丸を押し込んでくっつける。火薬は入っていない、雷管もない、外見だけ――、いわゆる“ダミーカート”のできあがりです」


 スズキ

「いや、それを日本に持ちこんだら違法では?」


 男

「違法ではなかったはずです。ただの外見だけの弾ですから。薬莢の再利用を意図していないと思わせる為に大きな穴を開けて、チェーンでも付けてしまったら、アクセサリーです。日本でも、ミリタリーショップに行けば、本物の弾丸に本物の空薬莢を付けたダミーカートは買えます。ただ、欲しい弾丸が欲しい分だけ手に入る可能性は低いので、やはり自分達で持ちこむ方がいいのでしょう」


 スズキ

「その弾丸だけは、実際に使える本物です。入国時、空港で何か言われませんか?」


 男

「私なら、むしろ最初に提示してしまいます。“射撃場の土産のダミーカートです。持ち込みOKですよね?”とでも。これが、一番足が付かない手に入れ方だと想像します。大量に持ちこまず、少しずつ、コツコツと何年もかければ、何十発も、あるいはそれ以上を手に入れることができてもおかしくない」


 スズキ

「なんとも……。悪知恵が、働くものです……」


 男

「サトウ達の話ですよね?」


 スズキ

「ええ、もちろん。いろいろなことが、物理的には可能だと、大変よく分かりました。ありがとうございます!」


 男

「では、話を五件目の殺人に戻しますが――」


 スズキ

「はい」


 男

「目撃者がいない山の中です。被害者の女性を呼び出すことさえできれば、犯行を行うことは、簡単すぎて想像すら必要ないです。呼び出すに足る情報を持っている人が、協力者にいたのだと思います」


 スズキ

「そうでしょうね。そしてそれは、痴漢でっち上げの被害者男性達ですかね? 仕事や家庭を失い、当然ですが、殺してやりたいほど恨んでいるに違いない」


 男

「可能性は否定しませんが、私は違うと思っています」


 スズキ

「なぜですか?」


 男

「あなたがその女性だとして、そんな男に呼び出されて、誰にも何も言わず、一人で山の中へ行きますか?」


 スズキ

「行きません……。絶対に」


 男

「インターネットででっち上げ指南業をしていたと聞いたので、そこで知り合った女性ではないかと思います。痴漢をする男が男の敵であるように、痴漢でっち上げをする女は、女の敵ですよ」


 スズキ

「指南されるフリをして、近づいた?」


 男

「そう想像するのが、一番しっくりくる。そして、何かしらの誘惑をちらつかせて呼んだ。お金儲けの話、とかでしょうかね。そこは分かりませんが」


 スズキ

「なるほど。とんでもない額を提示されて、乗ってしまったんでしょうね。そして、待っていた犯人に射殺された……」


 男

「そんなところです」


 スズキ

「では、最後に……、第六の事件……、クソ男と、イモト警視が撃たれた件は、どう思いますか? 大通りを進む以上、周囲のあちこちから狙撃は可能でした。でも、別の車に乗っていたこと、そしてそのルートをどうやって知ったんですか?」


 男

「警察内に情報を流した人が、シンパがいるからだとしか、想像できませんね」


 スズキ

「車はさておき、その時キシダの決断で選ばれたルートですよ?」


 男

「決まった瞬間に、実行犯に伝えればいい」


 スズキ

「まさか……、キシダがやったと……?」






 男

「いいえ。あなたですよ」


刊行シリーズ

フロスト・クラック ~連続狙撃犯人の推理~の書影