第一部 『DAY 0 彼とスズキの通話』
第九章 『犯罪者達』
第九章 『犯罪者達』
男
「あなたです。スズキさん。あなたが情報を流した。位置情報を送れるギミックか、声を送れる通信機か、あるいは両方か。あなたは、ずっと身につけていた」
スズキ
「…………」
男
「あなたが撃たれる可能性も十分にあった大変に危険な賭でしたが、あなたはそれに勝った」
スズキ
「…………」
男
「あなたがいつから、サトウの一味だったのか、私には分からない。最初からなのか、それとも、あなたがサトウを知ってからなのか。なんにせよ、現役警官であるあなたは、知り得た捜査情報を逐一サトウに流していたことでしょう。他の誰にもできない大役を果たしていた。
とまあ、私の想像は、以上です。参考になりましたか?」
スズキ
「…………」
男
「もしもし? ――ああ、“もしもし”なんて久しぶりに言いましたよ」
スズキ
「なんでしょうね……? なんで、自分がそんなことを?」
男
「知りません。私はただ、唯一可能な人を想像しただけですから」
スズキ
「ムチャクチャだ……。いや、確かに、それは、自分に可能ですけど! キシダの可能性だって残るはずですが?」
男
「では、もうちょっとだけ理由を言わせてください。聞きたくなければ、聞かなくてもいいですよ。この電話をいきなり切っても、私は決して怒りはしません」
スズキ
「切りませんよ。面白いので、なぜ自分が疑われたのか、教えてください!」
男
「あなたが、私に電話をしてきたからです」
スズキ
「はい……? もう少し、分かりやすくお願いします」
男
「あなたは、私に電話をしてきた。そして、私が知らなかった事件のことを伝え、その推理を求めてきた。なぜです?」
スズキ
「それはもちろん、あなたのように銃に詳しい人なら、トリック――、と言っていいのか分かりませんが、連続狙撃犯達のやり方の謎を解けるのではないかと思ったからですよ! そしてあなたは、期待以上の返答をくれた! 素晴らしかった! 自分は今日にでも、この情報を合同捜査本部に持って――」
男
「いかない」
スズキ
「…………」
男
「あなたは持っていかない。あなたの、私への電話の目的は、それじゃない。あなたは確かめたかった。“自分達がやっているこの方法は、今までは確かに警察にバレていないが、そのうち誰かにトリックを暴かれてしまわないだろうか? その可能性はないだろうか?”って」
スズキ
「…………」
男
「そして私から答えを聞いて、その危険性を感じた。これからもサトウに頑張ってもらうために、あるいは自分や仲間が活躍できるように、あなたは明日、いや、この電話を切ってすぐにでも、サトウに連絡をするでしょう。『これこれこういうことを“想像”した人がいましたので、やり方を少し変えませんか?』とでもね」
スズキ
「…………」
男
「さらに理由を付け加えるとしたら、先ほどあなたは、私が“サトウの手下”と言った後に、“部下”と言った。だいたい同じ意味の言葉ですが、“手下”には悪いイメージがある。サトウの理念に共感しているあなたにとっては、自然と出た言葉なんだと思います」
スズキ
「…………」
男
「聞きたかったことは、聞けましたか?」
スズキ
「ええ、ええ。大変に参考になりましたよ。ありがとうございます。ありがとうございます。心から感謝します。――人殺しの先輩さん」
男
「なんの話ですか?」
スズキ
「もう忘れましたか? いや、さすがにそれはないでしょうね。とぼけようとしているのか、自分がどこまで知っているか、測りかねているのか……。ではハッキリと言っていいでしょうか?」
男
「どうぞ」
スズキ
「あなたは五年前、自分の猟銃で人を撃ち殺している。三人殺している」
男
「…………」
スズキ
「もしもし?」
男
「聞いていますよ」
スズキ
「詳細も告げましょうか? ――あなたは五年前の冬、山深い場所で単独狩猟中に、偶然に、本当に偶然に、三人の悪人を見つけてしまった! 十代少女を車で拉致して林道の奥に連れ込み、散々陵辱してから殺し、その映像を売ろうって考えた人間のクズ共を見つけてしまった!
あなたの他に、山奥の周囲には誰もいない。携帯電話の電波など届かない。麓に戻って警察を呼んでも、それまでに少女は散々犯された上に殺されてしまう。クズ共には逃げられてしまう。犯人は、あなたの通報で逮捕されるかもしれない。でも、その殺害映像が世界中にばら撒かれて、消されることはなく、少女は死んだ後も、未来永劫苦しめられることになる。
可哀想な少女の悲鳴が響く中、あなたは茂みから、持っていた猟銃でクズ共を撃った! そして、容赦なく殺した! それも三人全員! 最初に負傷して呻くヤツも! 怖くなって伏せたヤツも! 仲間をえげつなく殺され、両手を上げてボロボロ泣きながら、『お願いですから殺さないでください! 逮捕してください!』と言って降参したヤツも!
それはそれは見事だった! 素晴らしい腕だった! しかも、証拠にならないように、車に当たらないように撃った!
それから、あなたは悠々と近づいていって、全員の死亡を冷静に確認した! 撮影された動画を全て消したうえで、どこかにバックアップがなかったかまで確認した。
死体に残っていた弾丸を証拠として残さないために、ナイフで容赦なくくり抜いた。それから、ヤツらが乗ってきた車に死体を座らせて、シートベルトを装着させた。ドライブレコーダーを取り外して、エンジンをかけて、サイドブレーキを外し、車と死体を崖下に落とした。
ゴロゴロ! ガッシャン! ドカン! さあこれで、交通事故のできあがりだ!
それからあなたは、呆然としていた少女と共に、山を越えて谷を抜けた。彼女を麓のバス停まで送り届けて、山の中に去った。その際、最後に少女に言った台詞はこうだ。
『人に見られるので、これ以上送っていくことはできない。急いで家に帰りなさい。もし誰かに保護されたら、“家出をして自殺しようと思ってここまで来たけれど、怖くなってしまった”、そう言いなさい。あとは泣いているだけでいい。そして、心が落ち着いたら、何もかもを忘れてしまっていい』
いやはや! 凄い話ですね! 凄い話ですね!」
男
「それは、想像ですか?」
スズキ
「いやいやいや! もうとぼけないでいいですよ、偉大なる先輩! 今のことは、イモト警視の手帳に、しっかりと書いてありますから!
驚きましたか? 驚きましたか? でも、それ以外に俺が現場のことを詳しく知る方法なんて一切ないことは、あなたほど頭が回る人なら、容易に想像できますよね? ちなみに俺はその少女がどこの誰かなんて、一切知りませんからね! 俺の言ったことが、あなたの記憶と違っていれば、適当なことを言っていることになりますけど、あっていますよね?」
男
「…………」
スズキ
「続けますよ? 聞きたくなければ、聞かなくてもいいですよ。この電話をいきなり切っても、私は決して怒りはしません! 暖かい部屋で、甘いお茶でも飲みながら聞いてください。
この先のことは、あなたは知らないかもしれない。でも、手帳には書いてある。そのあと少女は、バス停にいるところを地元住人に通報されて、警察に保護された。少女は、あなたへの恩義か、全て言われたとおりにして、あなたのことを一切喋らなかった。大した精神力です。だから警察は早々に、事件性ナシと結論づけた。
こう見えて――、いや、電話だから見られないか! こう聞こえて! 自分は本当に警察官なんですよ!
そして笑ってしまうことに、クズ共の事故が判明した記録がない! なんとびっくり、クズ共の死体は、まだ崖下にある! 野生動物の餌になって、バラバラ白骨死体でね!
あれから五年も経っている。あなたに射殺されたなんて、もう絶対にバレないでしょう! 誰かが、例えばその少女や自分が、いやいや当人であるあなたが、それを警察に言ったとして、いちいち調べて起訴しようなんて思いませんよ! 警察、マジで忙しすぎてテンテコマイなんでね! ホッとしましたか?」
男
「…………」
スズキ
「もしもし? もしもーし?」
男
「ちゃんと聞いていますよ」
スズキ
「ああよかった! では続けますね。
あの日あの場所で、あなたは、ほとんど完璧な殺人を成し遂げた。悪人を見事に屠り、いたいけな少女の人生を救った! 誰にも気付かれずに!
でも、ただ一人、どこか何か、引っかかった人がいた。そう、イモト警視が、少女から何かを感じ取った。どうやって彼女のことを知ったのかは、手帳になかったので分からないんですが……、イモト警視は自宅に戻った彼女を一人で訪れては、丁寧に話をして、本当のことを喋って欲しいと説得したのでしょう。
ああ……、本当に、あの人は……、菩薩のようないい人だった。イモト警視じゃなければ、少女から真実を聞き出せはしなかったでしょう。
そしてハンターが絡んでいたことを知ったイモト警視は、その土地の狩猟登録者を訪ねたのでしょう。そして、あなたを見つけた。会いに行った」
男
「…………」
スズキ
「イモト警視の手帳には、こう残してあります。『一目見て、コイツだと分かった』って。三人も殺した人殺しの顔って、どんなでしょうかね? 自分もお目にかかりたい! 本気でそう思っています! 自分は、手帳を読んで本当にビビりましたよ! 世の中には、こんなことができる人がいるんだって! 感動しましたよ!」
男
「それで?」
スズキ
「もう眠いですか? 結論を急ぎますか? いいですよ。――だから自分は、あなたと話してみたかった! イモト警視は、なぜだか分からないが、あなたについて何もしなかった。その時に調べて、まだ散らばっていない遺体が出れば、遺体遺棄で逮捕状は取れたと思うんですけどね。そもそも、行方不明になっているはずのクズ共の捜査もしなかった。ただ、あなたに会って、話をした。何を話したかは、手帳には書いてなかったですけれど」
男
「…………」
スズキ
「それからあなたは、犯行現場から逃げるように日本から去った。なりふり構わず、それまでの生活の基盤を全部捨てて逃げた。当然ですけど、ライフルも手放して。でも……、そこまでしても、イモト警視に海外での電話番号だけは伝えている。こちらも、なぜかは分かりませんけどね。
そして、まるで何事もなかったかのように、五年の時が流れ、イモト警視は先日、“運悪く”死んでしまった……。それはとても悲しい。自分がもう少し、車を後ろに止めていれば、ヤツだけを殺せたのに。悔やんでも悔やみ切れません。今でも自分を呪う。眠れないときがある。でも、運命って皮肉ですね……、おかげで、自分はあなたを知れたんですよ――、人殺しの先輩さん。そして、とても楽しく価値のある通話ができましたよ。ありがとう」
男
「こちらこそ」
スズキ
「冗談ですか? それとも、強がり?」
男
「いいえ。日本で、やりたいことが見つかった。その感謝の気持ちです。久しぶりに、故郷に戻ることにしましょう」
スズキ
「本当ですか? それは素晴らしい! ぜひとも、日本でお会いできませんか? 電話ではなく、直接お話がしたい! 人殺しのお顔を拝見したい!」
男
「それは……、私のやりたいことが終わってからでいいでしょう」
スズキ
「やりたいこと、とは?」
男
「サトウさんを殺そうと思います」
スズキ
「…………。どうやって?」
男
「これから考えます。でも、全身全霊をかけて、サトウさんを殺せるように努めます。それで、いろいろと片が付くでしょう。こんな愚かで身勝手な処刑行為はなくなるし、何より――、関係のない人が巻き込まれるような愚行がなくなる。
あなたの情報のおかげで、サトウさんのご自宅は難なく見つかることでしょう。そして全部終わったら――、顔が見たいんでしたっけ? 警察署でお会いしましょう。あなたに、そしてあなたの同業者に、喋らなければならないことが、たくさんあるでしょうから」
スズキ
「それはできません。なぜなら自分が止める。自分だけじゃない、仲間全員で、あの人を守る。全力で阻止してみせる。あの人の人生の夢を、できる限りたくさん叶えてみせる」
男
「どうやって?」
スズキ
「入国した瞬間に、俺が逮捕してやる!」
男
「そうですか。ではお聞きします。あなた、私の名前を知っていますか? どんな見た目か、分かっていますか?」
スズキ
「…………」
男
「さて、知らないから黙ったのか――、それともイモトさんの手帳にちゃんと書いてあったから、あるいは写真が貼ってあったからよく知っているけど、それを誤魔化すために、黙っているのか――、私には分からない」
スズキ
「絶対に、逮捕する……」
男
「逮捕理由は? この電話を録音でもしていますか? いいですね、ぜひ証拠として裁判所に提出を。逮捕状、取れるんじゃないですか? サトウさんやあなたを含めた、全員の分のが」
スズキ
「あなたと直接会っての会話は、どうやら……、諦めるしか、ないようですね。大変に、残念ですが……」
男
「諦めるのが早すぎますよ。私はサトウさんを殺しに行く。彼の近くにいれば、まだチャンスはありますよ?」
スズキ
「ははっ! それはいい! ただ、やっぱり会話できず、あなたの死体の顔を見るだけになりそうですけどね! こっちには、凄腕の狙撃手がいる! 銃も弾もたくさんある!」
男
「そうですか。――さて、そろそろ私は失礼します。いつもの昼寝の時間なので、休ませていただきます。起きたら、旅荷物を用意しなければ。エアチケットも取らないと。パスポートは、どこにしまったか、思い出せるといいけれど」
スズキ
「昼寝とは羨ましい! こっちは今日も勤務で、今からは、とてもじゃないが寝られない!」
男
「それは残念です。これから寝ているところを叩き起こされることになるサトウさんや、狙撃犯のお仲間に、よろしくお伝えください」
スズキ
「ええ、伝えますよ。そしてあなたのことも全て、包み隠さず! おやすみなさい、人殺しの先輩さん。いい夢を」



