第二部 『DAY プラス1~2 サトウとスズキとタナカの通話』

第二章 『カレ』

第二章 『カレ』



 サトウ

「じゃあまず、スズキ君が電話をした彼のことを、僕達はなんて呼ぼうか? スズキ君、彼の名前は、手帳には書いてなかったんだよね?」


 スズキ

「はい、どこにも。“男”としか」


 サトウ

「勝手に名前を付けようかと思ったけど、後で誰かと被ったらややこしくなるし、普通に“カレ”とでも呼ぼうかな。カタカナでカレね。二人とも、オッケイ?」


 スズキ

「了解です!」


 タナカ

「了解しました。では、以後“カレ”で。――オヤジさん。続けてください」


 サトウ

「スズキ君、カレについて、そして五年前の件について、どんなことでもいいから、もっと詳しく知りたいなあ。イモト君の手帳には、どういう風に記載してあったのかな?」


 スズキ

「はい、今から該当するところを開きます。少しお待ちください」


 タナカ

「まだ持っているのかよ?」


 スズキ

「当然ですよ、タナカさん。これは、カレの犯行の証拠ですよ。俺が死ぬまで持っていますよ」


 サトウ

「スズキ君。ご遺族には、渡さないのかい?」


 スズキ

「自分が手帳を持っていることを、そもそもお伝えしていませんので」


 タナカ

「なあスズキ。結果的に、自分が殺したことになってしまった人のことで言えた義理じゃないが……、遺品はどんな物だって、手元に置きたいだろう。重要な情報だけは隠して、今からでもお渡しするべきじゃないか?」


 スズキ

「少し心は痛みましたけど……、警官の家族なら、そこは、受け入れてほしいです」


 タナカ

「…………。そうか……、そうだな。余計なことを言った。忘れてくれ」


 サトウ

「タナカ君。君のそういうところ、とてもいいところだよ。人としての、包容力を感じるね」


 タナカ

「オヤジさん! 小っ恥ずかしいんでやめてください!」


 サトウ

「わははは。悪いねー、ついワザとねー。ほら僕、ふだんから口が良くてね」


 スズキ

「手帳、開きました。――該当箇所ですが、行動に関しては、カレとの電話で俺が言ったことが、少女が喋ったこととして、丁寧な書き方で、淡々と報告調で書かれています。メチャクチャ文字が小さいんですけどね。あの人のクセだった。

 カレはクソ野郎共の一人の手をまず撃って、さらに頭を撃ち抜いた。降参した二人も全員射殺して、上手に証拠を隠蔽したあと、車ごと崖下に落とした。少女を保護して、去った。

 電話で言ってないこととしては、その少女は、中学校からの帰りに一人で歩いていたところをいきなり車内に拉致されて、目隠しと猿轡をされて、一時間以上かけて林道の奥まで運ばれたそうです。

 そしてその間ずっと、酷いことを言われて絶望で泣いていた、とあります。その詳細はなく、精神的にいたぶる言葉だったとしか。まあ、この子も思い出したくなかったでしょうしね……」


 タナカ

「そいつら、本当のクソ野郎だな……。できれば、自分が殺してやりたかったな。なるべく苦しませて」


 スズキ

「そりゃ俺だって! もう死んでいるのが惜しいくらいです! ――カレのことを知って感動した俺の気持ち、分かってくれますよね?」


 タナカ

「分かったとしても、それと勝手な行動は別だ」


 サトウ

「はいはい、カレの評価はまた後でやろう。スズキ君、続けて続けて」


 スズキ

「はい。少女の名前や住所、その他の情報などは、まったく記載はありませんでした。カレの特徴も、『一目見て、コイツだと分かった』くらいです。名前はもちろん、年齢や身長、そこまでの経歴なども、一切ありません。出国した日時も不明。あとは、記載の最後に、ぽつんと、アメリカの国番号がついた携帯電話番号だけです」


 タナカ

「その番号から、探れないのかよ?」


 スズキ

「国際捜査の令状が取れれば、可能ですけどね……。ちなみに、アメリカの電話番号には固定も携帯も違いはなく、携帯電話番号でも市外局番がつきます」


 タナカ

「じゃあ、だいたいどこに住んでいるかは分かるだろ?」


 スズキ

「俺もそう思って調べたら、携帯電話の市外局番は、好きなところが選べるんだそうです」


 タナカ

「なんだそりゃ。意味ねえな」


 サトウ

「アメリカは自由だねえ」


 タナカ

「五年前に猟銃を返納した人を、片っ端から調べる方法はどうだ?」


 スズキ

「全てを明らかにして打診すれば、あるいは」


 タナカ

「ああもう……、使えねえな、警察」


 スズキ

「そうでしょうよ」


 サトウ

「まあまあタナカ君。使えていたら、僕達は今頃、カツ丼を食べていたよ?」


 タナカ

「確かにそうですね」


 スズキ

「あ! あれ、自腹になります」


 タナカ

「今はそんなことはいいんだよ!」


 サトウ

「まあ、カレがどんな人か分からないのは残念だなあ。やっぱりコレは、会ってみたいなあ。お顔、拝見してみたいなあ」


 タナカ

「スズキ。カレがそのときに使った猟銃について、何か記載はあるか? そもそも散弾銃なのかライフルなのか。空気銃ってことはないと思うが」


 スズキ

「それはありました。“BAライフル”と“サンゼロハチ”ってだけ、書いてあります」


 タナカ

「そうかあんがとよ。BAは“ボルトアクション”でいいと思うが、ライフルか。“.308ウィンチェスター”弾を使うボルトアクションって、笑えるほどオーソドックスだな……」


 サトウ

「残念だねえ。何かこう、ズバッと珍しい銃や弾を使っていてくれたら、良かったんだけどねえ。カレについて調べることもできたかもしれない」


 スズキ

「そうなんですか?」


 サトウ

「うんうん。変わった銃は、どうしても目立つんだよ。そのことを本人がSNSなんかで公表していたらもちろんのこと、専門誌での取材とか、射撃大会の様子とかで、アッサリ持ち主のことが分かっちゃったりすることもある」


 スズキ

「な、なるほど……」


 サトウ

「特に、射撃大会の集合写真はヤバイねえ。その銃と顔が並んで写るからね。上位入賞なんてしちゃったら、さらに大きく写って名前まで載る。あれ、あんまり良くないよね」


 スズキ

「確かにそうですね」


 タナカ

「しかし、カレの銃からは捜しづらいですね。狩猟用のライフル持ちってことは、少なくとも十年以上の所持経験があるんでしょうけど、最近、若いハンターは増えていますし」


 サトウ

「うんうん。声を聞いた感じも、三十代中頃って感じだね。若くして始めてライフルまでいったのなら、相当に入れ込んでいただろうね。銃や狩猟に関する情熱は、かなりあると見た。銃や銃刀法の知識は豊富そうだし、トリックについて考えて答えを出すのも早い。何を言われても狼狽えず、ずっと落ち着いた様子からも、度胸の良さと、頭の回転の良さが窺えるね」


 スズキ

「カレのことを評価している俺の気持ち、分かってくれますよね?」


 タナカ

「分かってやってもいいが、今はそれが厄介だ」


 サトウ

「二人とも、他に何か、カレについて思うことはあるかな? どんなことでもいいよ。じゃあ、タナカ君から」


 タナカ

「そうですね……。オヤジさんの言う通り、頭脳明晰な男ですね。最初から、スズキが何を言うかちゃんと探っていて、自分のやったことなどまったく匂わせずに喋り、質問にはキッチリと答えて、最終的に自分の知りたいことを引き出した」


 スズキ

「“知りたいこと”って、五年前のことを俺が知っているかってことですか?」


 タナカ

「他に考えられるか? お前は、自らそれを知っているって、情報を与えてしまったんだよ。手帳に何が書いてあるかなんて、カレは知らなかったはずだからな」


 スズキ

「…………」


 サトウ

「タナカ君、カレについて他に感想は? なんでもいいよ」


 タナカ

「思ったんですけれど、五年前、カレはクソ野郎共を私人逮捕して警察に突き出すことも、難なくできたはずです。最初に撃った一人は、ひょっとしたら出血多量で死んだかもしれませんが……、少なくとも残りの二人は。

 そして、クソ野郎共のやったことからして、カレの発砲や傷害――、最悪一人は殺していても、最終的に罪には問われなかった可能性が高いと思うんです。今後の自分自身の人生を考えたら、普通の人間なら、そうするはずです。でも――」


 サトウ

「撃ち殺したねえ。全員」


 タナカ

「そうですね。容赦なく。しかも証拠隠滅までしている。自分は、その理由がなんとなく想像できます。カレは、その可哀想な少女の将来を考えたんじゃないかって。拉致に監禁に、脅迫に、強姦や殺人未遂がついたとしても、そのクソ野郎共は数年から十数年で刑務所から出てくるのではないかと思います。すると、少女のところへ、お礼参りにやってくるかもしれない」


 サトウ

「だよねえ。刑務所の矯正、あんまりアテにならないからねえ。そりゃあ、心を入れ替えた人もいただろうけど、全員じゃないだろうしねえ」


 スズキ

「これほどのクソ野郎なら、なおさらですね! ほんと、殺してえ! ――ってもう死んでいるんでしたね。タナカさん、続けてください」


 タナカ

「そのクソ野郎が生きているってだけで、少女が心安まることはないでしょう。だったら、あの場で殺した方が、後腐れがない。もちろんカレは、全てがバレたとき、あるいは少女が言ってしまった場合、間違いなく過剰防衛、ひょっとしたら殺人の罪に問われる。ただ、それはもう、覚悟していたんじゃないかと」


 サトウ

「うんうん。いい分析だね。まったく異論ないよ」


 スズキ

「やっぱりスゲエ奴でしたね!」


 タナカ

「スズキ、テメエが誇ることじゃねえ。――そして、なんらかの理由でそれに気付いたイモトさんもまた、少女のことを考えて、捜査に回さなかった。捜査しても無駄だと思った可能性はありますけど、自分は、単純に少女を庇ったとみています。そのために、少女を守ったカレを逃がした。警察官としての職務より、信念を取った……。スズキの言う通り、優しく素晴らしい刑事だった……」


 サトウ

「うん、そうだね。そうだけどね、今、過去のことで落ち込んでる暇はないよ? 今は君の優しさより、能力を頼りにしてるからね。他には? タナカ君」


 タナカ

「はい……。すみません。ここからは単純な疑問ですが、カレは、アメリカのどこで暮らしていたんでしょう? いきなり外国に逃げて、それから五年間、何をやって生きてきたのかも謎です」


 サトウ

「分からないねえ。生活の基盤、一体全体、どうしてたんだろうねえ。ただ、銃が手に入りやすい国だから、得意な射撃や狩猟を、生業としてるかもしれないねえ」


 タナカ

「自分も真っ先に、そこを気にしました」


 スズキ

「それって、サトウさんを襲うために、カレが銃や弾を日本に持ってくるかもしれない、ってことですか? アメリカなら、拳銃だって用意できるでしょう?」


 タナカ

「可能性はゼロじゃない。……とはいえ、まあ、自分だったら、そんなことは絶対にしない。出国時も入国時も、手荷物検査がある。もしそこで捕まったら、何もかも終わりだ」


 スズキ

「ですよね……」


 タナカ

「カレがどんな奴か分からない以上、例えばだが、実は昔から反社とつながりがあって、非合法の銃を簡単に手に入れられる人間だった、なんてこともあるかもしれないが……。まあ、ここは今考えても仕方がない。

 それよりも自分は、なんでカレが、帰国してオヤジさんの命を狙うなんて結論に至ったのか、これがまったく分からない。カレ自身も過去に悪人を容赦なく撃ち殺しておいて、自分達の行動に腹を立てているのは、まったく筋が通らない」


 スズキ

「結果的とはいえ、庇ってくれたイモト警視を死なせてしまったことで、俺達に対してキレたのでは?」


 タナカ

「考えられるのは、今のところそれだけになるんだが……。すると殺すべき相手は、自分かお前だろ? スズキ」


 スズキ

「いつでも来やがれですよ!」


 タナカ

「そういうことを言ってるんじゃねえよ」


 サトウ

「確かに妙だよね。いきなり僕をご指名のダイレクト狙いだもんね。指名料取りたいくらいだよ。まあ、カレはタナカ君のことを、“狙撃のできる実行犯がいる”くらいしか知らないし、スズキ君の外見も分からない。だから、いきなり親玉を倒して終わりにしたいってことかな? 違うかな? その辺の理由は、できれば本人に訊ねたいなあ。知りたいなあ」


 スズキ

「サトウさんは、絶対に殺させませんよ! 俺は明日から長期休暇取りますから! 最近取ってなかったし、どうせ味噌が付いたと思われているのでたっぷり貰えますよ! そんで、変装してそっちに行きますから! サトウさん、前に撃たせてもらった銀色の散弾銃、あれまだお持ちですか?」


 サトウ

「レミントンのM870マリーンマグナムだね。もちろんあるよ。人生で最初に手に入れた思い出の一丁だからね」


 スズキ

「大切な銃ですが、俺に貸してください! ノコノコやってきたカレを、血祭りにしてみせます!」


 タナカ

「スズキ……、お前に人が撃てるのか?」


 スズキ

「撃てますよ! 悪人ならね! 悪人は撃ち殺していいんですよ! まだ俺は誰も撃ち殺したことはありませんが、できます!」


 タナカ

「…………」


 サトウ

「そいつは心強いな。でもねスズキ君、どうか警察は辞さないでね。僕達が君の情報にどれだけ助けられたことか、言葉にできないくらい感謝してるからね」


 スズキ

「……はい! ありがとうございます! これからも頑張ります!」


 タナカ

「オヤジさん、自分もそちらに向かいます。カレが来たら、自分が対処します」


 サトウ

「うんうん、分かった。待ってるよ。――ねえ、タナカ君」


 タナカ

「はい」


 サトウ

「今回は、強敵だ。今までみたいに、反撃してこない相手への狙撃ではない。自分達を殺そうとしてやってくる相手との、本気の戦いだよ。まさにスナイパーの本当の仕事だ」


 タナカ

「はい!」


 サトウ

「遠慮なく戦ってね。さっき、カレと話をしたいと言ったけど、それは“可能なら”でいいよ。仲間が一人でも倒されるくらいなら、殺してしまっていいからね。自衛隊で鍛えたその腕――、残念だけど国を守るために使えなかったその技――、存分に発揮してほしい。正真正銘、君の実力が発揮される瞬間だ。頼りにしているよ」


 タナカ

「はい! 任せてください! オヤジさんには、指一本触れさせません!」


 サトウ

「うんうん、頼もしい。いやあ、燃えてきたねえ。不謹慎上等で言うけど、楽しくなってきたよ。僕の命を狙う、優しい人殺しかあ……。人生長いと、いろいろなことがあるねえ。どんな顔をしているのか、本当に見てみたい」


 タナカ

「生きていようが死んでいようが、オヤジさんの前に連れてきますよ」


 サトウ

「全て終わったら、剝製にしてリビングに飾っておこうかな?」


 タナカ

「いやオヤジさん、それはやめておきましょう……」


 サトウ

「そっか? そうだね」 

刊行シリーズ

フロスト・クラック ~連続狙撃犯人の推理~の書影