第二部 『DAY プラス1~2 サトウとスズキとタナカの通話』
第四章 『盗難』
第四章 『盗難』
サトウ
「はー、い? なんだい? タナカ君」
タナカ
「オヤジさん、こんな夜中に突然、本当に申し訳ありません。まずはメッセージを交わしてから通話というルールは忘れていません。でもどうしても、急ぎ直接話しておかねばならないことがありまして、お電話させていただきました」
サトウ
「んー、ああー、仮眠中だったけど、それならしょうがない。お話ししましょう。――スズキ君は?」
タナカ
「一緒の車です。後ろの座席で、身を隠しています。この通話アプリも、繋がっています」
スズキ
「スズキです! サトウさん、無事に旭川まで来ました! 休みは、余裕で一週間以上貰えましたよ!」
サトウ
「うんうん、そいつは良かった。こっちはどう? 寒いっしょ?」
スズキ
「寒いです! 予想はしていましたけど、冬の北海道、恐ろしく寒いですね……。空気に殴られているみたいです。東京とは、“寒い”の意味が違います」
サトウ
「うんうん。これから数日は、日中でも十度以下、最低で二十度くらいまで下がる日が普通に続くよ」
スズキ
「うわ……」
サトウ
「素手で金属とか、絶対に触っちゃ駄目だからね」
スズキ
「気をつけます……」
サトウ
「タナカ君、車は今どの辺かな?」
タナカ
「美深の、国道沿いのセイコマの駐車場です。尾行がないか確認する為に、あちこち走ったので、ここまで少々時間を食いました。ただ、問題ないと思います」
サトウ
「なんだ、もうすぐじゃないの。あと一時間もかからないね。――それでも、急いで通話した方がいい理由があったんだね。おっけー、目が覚めた。聞こうじゃない」
タナカ
「はい。――カレから、スズキの携帯にショートメッセージが来ました。ほんの十分ほど前です」
サトウ
「ほほう! それは驚きだ! なんて書いてあった?」
スズキ
「俺から答えます。内容は英語で『I got a gun.』――それだけです」
サトウ
「“銃を手に入れたぞ”か。それはまた、危険な文句だね」
スズキ
「タナカさんの指示で、すぐにかけ直してみたんですが、いわゆる“電源が入っていません”状態でした。それで、凄く気になりまして、銃の盗難事件がなかったか、全国の警察のデータベースを調べたんです」
サトウ
「そして、あったんだね?」
スズキ
「はい。盗難かどうかはハッキリしていませんが……、本日の十七時頃、東京都在住の男性が猟銃の“紛失届”を出しています。軽トラックの助手席に置いていたガンケースの中から銃が消えていたことが、帰宅してから分かったと」
サトウ
「なるほど。詳細は分かる?」
スズキ
「はい。この人は早朝から一人で奥多摩に出猟して、午前中に鹿を一頭仕留めて、昼に獲物の解体と食事休憩で二時間ほど、軽トラックから完全に目を離していたそうです。鍵はかけていたと言っているそうですが、八十近い高齢ハンターなので、そのあたりの記憶はアテになりません。ガンケースを軽トラに積む際に、チャックの閉じが甘く、足元に滑り落ちたかもしれないとも言っています」
サトウ
「なるほど……。なるほどねえ」
タナカ
「オヤジさん、自分はカレに盗まれたと思います。実行が今日の十二時だとしても、スズキとの電話を終えてから三十二時間以上は経っています。アメリカのどこかは知りませんが、なる早で羽田か成田に帰国するのに、フライトだけで十五時間もあれば足ります。前後の行動を入れても、奥多摩に車で行くことはできたでしょう。わざとらしく、『今から昼寝をする』とか言っていましたけど、あれは偽装工作でしょう」
サトウ
「ふむふむ」
タナカ
「そして元ハンターなら、お仲間がいそうな場所は、容易に想像が付いたでしょう。最悪、強奪も考えていたかもしれませんが、今回は運良く車にあるのを見つけて盗んだ。爺さんハンターは、それに気付いているのに盗まれたと言えずに、落としたようだと誤魔化しているんじゃないかと思います」
サトウ
「そうだねえ。目を離していて盗まれたと認定されたら、保管義務違反でその銃の所持許可の返納を求められるよね。紛失でもたぶんそうなるだろうけど、盗まれたよりは責任が軽くなる嫌いがあるね。不思議だねえ。盗むヤツがいる方が悪いのにねえ」
スズキ
「警官の立場から言わせてもらうと、誰かの手に確実に渡っているか否かがミソですね」
サトウ
「なーるほど。スズキ君、地元の警察は、現地の捜索をしてるのかな?」
スズキ
「まだだと思います。判明と届け出が夕方ですし、現場は結構な山奥みたいですから。早くて翌朝です。でも、実際にはカレが盗んだのだとしたら、見つかるわけがないですね。捜査員が、無駄な数日間を過ごす羽目になるだけです。東京は昼からそれなりの雨か雪予報ですから、明日はさっさと打ち切りになると思いますが……」
サトウ
「今、ネットのニュースサイトを見ているんだけど、このニュースはないね」
スズキ
「猟銃の紛失の発表を、警察は渋ります。誰かに周囲を探されて見つけられて、犯罪に使われる恐れがあるので。実弾の紛失も伴えば、なおさらです」
サトウ
「ってことはスズキ君、実弾も一緒に見失ったってことだね?」
スズキ
「はい。言うのが遅くなってすみません。装着してあった弾倉に入っていた五発も、同時に紛失したそうです」
サトウ
「あちゃあ……。使い終わったら、弾はちゃんと抜いておこうよ。僕に言われたくないかもしれないけど、歳を取るってイヤだねえ。――スズキ君、その銃の名前は分かる?」
スズキ
「はい。“ホーワ”という会社の“M300”だそうです。ライフルです」
サトウ
「うーん、ホーワM300かあ……」
スズキ
「俺にはよく分からないんですが……、それって、どんな銃なんですか?」
サトウ
「うん、タナカ君、任せた」
タナカ
「はい。――ホーワM300は、一言で言えば、大戦中の米軍のM1カービンという銃の民生用品だ。日本の豊和工業が、ライセンス生産して売り出した。一九六〇年代からある、相当に古い銃だ。
口径は、“.30カービン弾”。威力的には弱いライフル弾だ。弾丸も軽いし初速も低い。308ウィンチェスターの半分くらいのパンチ力だ。有効射程は、約三百メートル。即死狙いで人を狙撃できる距離は、おそらくはその半分以下になる」
サトウ
「さっすが。説明ありがとう」
スズキ
「タナカさん、それって、いわゆる狙撃銃みたいな、高精度で高威力の銃ではないってことですか?」
タナカ
「そうだ。ただしその分、圧倒的に軽くてコンパクトにできている。重量は三キロ以下。長さは一メートルもない。視界が開けていない森で、目の前を走り抜けるイノシシとか鹿を撃つのに適している銃だ。あるいは、獲物を追い立てる役目の“勢子”に、とても人気があったと聞いている」
サトウ
「そうなんだよね。僕も、パカスカ撃って楽しむ為だけに所持してみたかったよ。軍用銃の雰囲気があったり、ちょっとした改造で多弾数弾倉を使えたりするので、ここ最近は所持許可が降りないんだよ。
まあ、北海道ではどのみち無理だったね。30カービン弾でエゾシカはちょっと厳しい。盗まれたそのオーナーさんは、もう何十年も前からずっと使ってたんだろうね。可哀想に、こんなことで愛銃とお別れとはねえ」
スズキ
「三百メートルまで接近しないと、人を倒せない。しかも、カレは弾を五発しか持っていないって……、ライフルって聞いてビビりましたけど、ひょっとして俺、ビビりすぎましたか?」
タナカ
「いいや、そのまま正しくビビっておけ。威力が弱くて、五発しか撃てないからなんだ? 銃は銃だ。お前の使っている拳銃より、ずっと威力はあるんだぞ? しかも、M300はセミオートだ。引き金を引くだけで連射できる。射程内まで接近されて、最初の一撃で俺が殺されたらどうなる? 持っているライフルを奪われる可能性もあるぞ?」
スズキ
「それは、確かに……」
サトウ
「バトルの難易度、ぐっと上がってしまったね。カレも、なかなかやるね」
スズキ
「じゃ、じゃあ……、どうします……? 作戦、考え直しますか?」
タナカ
「…………」
スズキ
「僕はそのままでいいと思うよ? タナカ君は?」
タナカ
「自分も、そのままでいいと思います。ホーワM300と、自分の使うレミントンM700では、不意打ちを食らう以外では撃ち負ける気はしません。銃撃戦になる可能性があるとなると、なおのこと他人を巻き込まない場所でやるべきです」
サトウ
「だよねー。ドンパチやっているところを見られたら、さすがに言い逃れできないからね」
タナカ
「オヤジさん。万が一のことを考えて、防弾プレートと防弾ヘルメットを用意しています。こうなると、持ってきておいて良かった。着用してください。これなら、万が一直撃されても、かなり防げるはずです」
サトウ
「気持ちは嬉しいけれど、それは僕には要らないかな。君達が守ってくれるのだから」
タナカ
「いや、しかし――」
サトウ
「むしろ君が着るべきでは? タナカ君」
タナカ
「有り難いお言葉ですが、狙撃手には不要です」
サトウ
「まあ、そうだねえ」
スズキ
「ならそれ、俺に貸してくださいよ!」
タナカ
「お前が着てどうする?」
スズキ
「簡単じゃないですか! それを着て、囮に立つんですよ! 俺がまず雪原をウロウロしますよ! こっちが先に見つけられたらラッキー。無理でも、俺が撃たれたら、カレの位置が分かるでしょ? もっとも、こっちだって散弾銃バンバン撃って反撃しますけどね!」
タナカ
「散弾の有効射程など、せいぜい数十メートル以内だ。
スズキ
「いいですよ! それでカレの場所が分かれば! 弾を五発全部、使わせられたら!」
タナカ
「しかしな――」
スズキ
「元はと言えば、これは、俺の失態から始まったことです。それくらいやってもいいでしょう! 最悪、俺が殺されて散弾銃を奪われても、まだ全然こちらが有利でしょ? しかもカレの居場所だってそれでバレる! タナカさん、俺の立てた作戦、間違っていますか?」
タナカ
「……いいや」
スズキ
「決まりですね!」
サトウ
「スズキ君、スズキ君」
スズキ
「はい!」
サトウ
「意気込みは嬉しいけど、僕が、誰一人死んでほしくないと思ってることは、どうか忘れないでね。この国には、まだまだ、いてはならない人間がたくさんいる。世の中を、できるだけ綺麗にしたい。そのために、僕達には君が必要だからね」
スズキ
「は、はい……。ありがとうございます!」
サトウ
「二人とも、報告ありがとう。大変に有益な情報だった。とりあえず、安全運転でウチにおいで。シチューを温めて待ってるよ」
タナカ
「ありがとうございます。オヤジさんのところのシチュー、本当に美味くて大好きです」
サトウ
「嬉しいねー。大きな鍋で一クラス分は作ったからさ、持ってって“キャンプ地”でも食べよう。腹が減っては、戦はできないからね」
タナカ
「はい」
スズキ
「俺も楽しみです!」
サトウ
「そうだ、タナカ君。唐突だが、君に重要な任務を頼みたい。今そこにいる、君にしか頼めないミッションだ」
タナカ
「なんなりと」
サトウ
「駐車場を使わせてくれたお礼に、僕の大好きなソフトクリーム、ありったけ買ってきてくれる?」



