第三部 『DAY プラス3 カレとサトウの通話』
第一章 『激痛』
第三部 『DAY プラス3 カレとサトウの通話』
第一章 『激痛』
サトウ
「やあ」
男
「あなたが、サトウさんですか?」
サトウ
「そうだよ。初めまして。お話ができて、嬉しいよ」
男
「…………」
サトウ
「君のことは、なんてお呼びすればいいかな? 僕達は今まで君のことを、“カレ”という符丁で呼んでいた。カタカナでカレね」
男
「君で結構です。名前を言うつもりはありません」
サトウ
「つれないなあ。まあ、そこは重要じゃないから、いいか。つかぬことを訊ねるけど、スズキ君もタナカ君も、もう死んじゃったかな? こうして君がノンビリと電話をかけてきてるってことは、間違いないと思うんだけど」
男
「…………。そうです。二人とも、私が撃ち殺しました」
サトウ
「固いなあ。敬語なんて要らないよ」
男
「…………。いいえ。あなたは私より年上ですので」
サトウ
「義理堅いなあ。人に銃弾を撃ち込むことは平気でやるのに、敬語は使うんだね」
男
「それとこれとは、別の話です」
サトウ
「ま、確かにそうだね。さて、こうして君から話しかけてきたということは、僕とお話がしたいってことでいいんだよね?」
男
「もちろんです」
サトウ
「いいよ、話そうか。勝利宣言でも恨み節でもいいから、聞くよ。時間は、まだあるようだからね」
男
「時間?」
サトウ
「ああ、こっちの話。さて、最初に聞いておきたいんだけどさ、君、今どこにいるの? こっちが見えてる?」
男
「ちゃんと見えています」
サトウ
「ホントに? じゃあ聞くよ。僕は今どこにいる? どんなことしてる? 見えてるのなら、詳しく説明できるよね?」
男
「あなたは今、朝の太陽の下で、森に囲まれた雪原の中央に停められた、クローラー付きの大きなキャンピングカーの助手席にいます。ドアは開けっぱなしで、少し座席を倒しています。窓が曇っていないので、顔がハッキリと見えています。――今、笑いながら手を振った。ピースサインも」
サトウ
「ああ、間違いないね。認めよう。それが僕だ。こっちは、君の顔が見えない。森の中のどこかにいるのだろうけど、場所も分からない。残念だよ。でもまあ、こうして話ができるだけでも僥倖ってやつだね。君、僥倖って漢字で書ける?」
男
「他に聞きたいことは?」
サトウ
「スルーかい? もう少し楽しい会話にしようよ?」
男
「楽しい質問ではないですが、私から一つ訊ねてもいいですか?」
サトウ
「なんなりと! 聞いて。答えるよ!」
男
「では、お訊ねします」
サトウ
「はいはい」
男
「痛くないのですか? お腹に銃弾を受けたというのに」
サトウ
「え? 僕、撃たれてないよ?」
男
「それは嘘です。私は、あなたのお腹に銃弾を撃ち込みました。防寒着に染みた血を、スコープ越しに見ました。今さっき振って見せたあなたの手が、真っ赤なのも見ました」
サトウ
「なんだ、つまらない。血に染まった手を見ながら『なんじゃこりゃああ!』って叫んだ方が良かったかな?」
男
「痛く、ないのですか……?」
サトウ
「痛くないよ。全然ね。長く生きてるうちに、世の中は便利に、あるいは人に優しくなったね」
男
「…………」
サトウ
「どうしたの?」
男
「ひょっとして……、あなたは、重い病を患っていませんか……?」
サトウ
「正解! え? 凄いね! なんで? なんで分かるの?」
男
「私の両親は、二人とも癌で亡くなりました。オピオイド――、医療用麻薬には、とても助けられました」
サトウ
「そうだったのか……。君の歳なら、ご両親も、まだそれほど高齢ではなかったよね? 二人とも癌で亡くすなんて、それは、とても辛かったね。愛する人が病に倒れて弱っていく様を見るのは、自分が患うより、ずっとずっと辛いよね」
男
「…………。今、失血死しかけているのに、自分を撃った相手に、なんでそんなことが言えるのか、私には分かりません」
サトウ
「会話は、楽しく優しくやろうよ」
男
「…………」
サトウ
「今もずっと血が出てるんだ。股間に染みてきたのが、お漏らししたみたいで、なんかちょっと嫌だねえ。さあて、僕はあと何分くらい喋ってられるかな? でも、数分やそこらで死ぬことはないだろう。邪魔する者はもういない。最後まで、会話に付き合ってくれる?」
男
「それまでの時間なら」



