第三部 『DAY プラス3 カレとサトウの通話』

第二章 『取得』

第二章 『取得』 



 サトウ

「死ぬ前に、これだけはどうしても知っておきたいんだけどさ、どうやって、タナカ君とスズキ君の二人を倒したの? それを教えてほしいな。僕は、ドンパチの全部を見ていられたわけじゃないからさ」


 男

「…………。それを聞いてどうするのかと思いましたが、質問には答えます」


 サトウ

「ありがと。じゃあ根掘り葉掘り聞いちゃおうか。そもそも君は、いつ、どうやってここに来たんだい? おっと、ここは僕の私有地だけど、不法侵入を咎めてるわけじゃないからね? 純粋に、いろいろなことを知りたいんだよ」


 男

「どこから、答えればいいでしょうか?」


 サトウ

「じゃあ、分かりやすく、時系列順にいこうか。スズキ君との電話を切った直後から。つまり、一昨日の朝四時だね。日本時間で」


 男

「分かりました。――私は、電話を切ってすぐ、日本に行く準備を開始しました」


 サトウ

「昼寝は、やっぱりしなかったんだね。続けて」


 男

「パスポートと必要な荷物を掴み、航空券を手配し、最寄りの国際空港に向かいました。そして成田行きの便に、文字通り飛び乗った。本当にギリギリでした。離陸したのは電話を切ってからおよそ四時間後なので、日本時間で朝の八時です」


 サトウ

「なるほどなるほど。で、成田に着いたのは?」


 男

「十五時過ぎです」


 サトウ

「え? フライト時間が七時間? ちょっと早すぎない? ハワイだって、そんなに早く戻ってこられないでしょ? 九時間くらいはかかったはずだ。アメリカ本土ならなおさらだ」


 男

「いえ。可能です」


 サトウ

「ひょっとして、グアム?」


 男

「違います。確かに国番号は同じ“1”ですが」


 サトウ

「じゃあ、アメリカ空軍の戦闘機でもチャーターしたのかな?」


 男

「できればやっていました」


 サトウ

「あっ! 分かった! 分かったよ! 僕みたいに年寄りだから、昭和の時代を知ってるから分かった!」


 男

「たぶん正解です」


 サトウ

「アラスカだ! アンカレッジ国際空港!」


 男

「そうです」


 サトウ

「その昔、ソ連上空を飛べなかったから、日本から欧州に行くには北極上空を通ってた! 航続距離の関係で、アンカレッジで一度給油が必要だった! 僕も何度か、欧州旅行で使ったことがある!」


 男

「そうらしいですね。当然、私の記憶にはないですが」


 サトウ

「アンカレッジ空港にはね、うどん屋があったんだよ! 機内食もアレだったから、みんなで有り難がって食べたよ! いや懐かしいなあ。そうかアンカレッジか。でも、東京への直行便なんて、あったかな……?」


 男

「長らくありませんでした。だから、五年前はシアトル経由で行った。本当に最近、就航したんです」


 サトウ

「いやそれは知らなかったよ。それは、盲点だったなあ……。そして君は、そのトリックを使って僕達に、“アメリカから来るのだから、まだそれなりに時間はある”と思わせたんだね?」


 男

「そうです」


 サトウ

「お見事だね! ――一昨日の昼過ぎに成田について、それからどうしたの?」


 男

「入国に時間がかかりましたが、すぐに車に乗って、茨城県の大洗へ向かいました。成田からはそれほど遠くない。二時間もかかりませんでした」


 サトウ

「なるほど。そして大洗から、十九時四十五分発、苫小牧行きの商船三井フェリーに乗ったんだね。僕自身はほとんど北海道から出ないけどさ、作戦のために移動ルートには詳しいんだよ」


 男

「その通りです」


 サトウ

「すると、苫小牧到着が翌日十三時三十分、下船に時間がかかるとしても、昨日の昼過ぎには北海道に上陸していたことになるね」


 男

「そうです」


 サトウ

「疾風迅雷だね。それは、休みを取ったスズキ君が東京から来るために、特急北斗で札幌を目指してた頃だ。つまり、ほとんどすれ違ってたんだね。ん? あれ……? おかしくないかい? いやそれ、おかしいでしょ!」


 男

「言いたいことは、分かります」


 サトウ

「おかしいよね? 奥多摩でホーワM300の紛失、あるいは盗難があったのは、その日の十二時から十四時だよ?」


 男

「そうですね」


 サトウ

「それを知ってるってことは、やっぱり君の仕業なんだね。まあ分かってたけど。でも、アリバイがある」


 男

「私はその銃を盗んではいません」


 サトウ

「さあて、謎が深まってきたぞ」


 男

「もし、スズキさんと話す機会があれば、彼に対して、私はこう言っていたでしょう。『所轄に電話して、ホーワM300の紛失はどうなったか訊ねてみるといい』って」


 サトウ

「どうなってるの?」


 男

「今頃は、紛失したと申し出た老人が銃を持って警察署を訪れて、『ご覧の通り、私の銃がありました。狩猟後に別荘に立ち寄って、そこにあるガンロッカーに保管したことを忘れていました。実弾も、装弾ロッカーにちゃんとありました。お騒がせして本当に申し訳ない』などと言っていますよ」


 サトウ

「ああ! やられた! やられたよ……。そういうことか……。そういうことか……。コイツはやられた! ――これも偽装工作だったんだね!」


 男

「そうです」


 サトウ

「さっきの銃撃戦で使ったのは、ホーワM300じゃなかったのか……! そっかあ……。そりゃあ、五発以上撃ちまくってたから、遠距離を当ててきたから、少しはおかしいなとは思ったよ。でも普通は、他にも弾を手に入れたとか、実はもっとたくさんの弾が盗まれてた、ってまず思うじゃない? しかも銃撃戦の最中だから、脳内リソースに余裕がない」


 男

「そう思ってくれて、本当に感謝します」


 サトウ

「じゃあ、どんな銃を使ったの? それを、どうやって手に入れたの? 教えてほしい。二人を殺して、今僕を殺そうとしている銃は何?」


 男

「…………」


 サトウ

「安心してほしい。僕はただのガンマニアでね。子供の頃から、モデルガンをたくさん集めたものだよ! 日本で売ってる猟銃なら、ほとんど分かるよ!」


 男

「私が今、持っているのは――」


 サトウ

「持ってるのは?」


 男

「“シュトラッサーRS14”という、ライフルです」


 サトウ

「うーわ! また、マニアックなのを使ってるね!」


 男

「ご存知でしたか」


 サトウ

「もちろん! 僕が、ライフルの所持許可が取れるまで、どんだけ日本の銃のカタログを読み込んだと思うの? RS14は、オーストリアのシュトラッサー社の、ストレートプルアクションライフルだね。通常のボルトアクションのようにレバーを上下せず、単に前後に動かすだけで装填ができる」


 男

「そうです」


 サトウ

「君のシュトラッサーは、銃身や機関部が簡単に分割できるタイプかな?」


 男

「そうです。だから、持ち運ぶのが大変に楽でした。銃が入っているとは誰も思わないであろうバックパックに入れてこられたので」


 サトウ

「やるじゃないか! 銃をバレずに持ち歩くの、僕達もだいぶ腐心したよ! 結局は、妙な形の、折り畳み式のストックを自分達で造ってね、撮影用三脚のサポートアームに偽装した。サベージのM111は、機関部と銃身だけをエレキベースの中に埋め込んだんだ」


 男

「そうですか」


 サトウ

「うーん、あんまり興味ない? かなりの創意工夫と加工技術の賜なんだけど。まあいいや、今は話を君のライフルに戻そう。口径は?」


 男

「308ウィンチェスターです」 


 サトウ

「そこは普通だね。なるほど、そうかあ……、さっきの銃声、全部308だったんだ……。ずっとずっと、ホーワM300の30カービンだと思い込んでたよ。まあ、しょうがないか。自分が撃った銃声は何度も聴いてきたけど、数百メートル離れた場所から撃たれた場合なんて、分からないからね」


 男

「そうでしょうね」


 サトウ

「そして一つ分かったことがある」


 男

「なんでしょうか?」


 サトウ

「その銃は、君が五年前、いたいけな少女を救うために三人を屠ったときに使っていた銃だ! そうだよね? そうだよね?」


 男

「そうです。私が六年前に所持許可を取ったライフルです。イモトさんの手帳に、書いてあったようですね」


 サトウ

「そう! でも、ボルトアクションで308ってことだけね! ――そっかあ、あのときの銃かあ……。それなら使い慣れてるよね」


 男

「そうですね」


 サトウ

「悪人を三人、この世から消してくれた名誉ある一丁だね! さらに二人増えたから、君はエースだ! 撃墜王だ! あと一人、もう少ししたら死ぬからそれも足しておいて! 銃身に、白いテープを六本巻くのはどうだろう?」


 男

「私は、あなたの頭の中が分からない」


 サトウ

「安心して、僕にも君の頭の中が分からないから。悩む必要はないよ」


 男

「悩んではいません」


 サトウ

「ならよし。この世の中、悩む必要のないことで悩んでる人が、どれほど多いことか」


 男

「必要があれば悩みます」


 サトウ

「ないんだよ」


 男

「…………」


 サトウ

「人生に、悩む必要なんてない。だってさ、悩む必要があることなんて、悩んだってどうしようもないことだからね。だったら悩まなくたっていいんだ。時間の無駄だよ。それより、自分の見つけた解決策に向かって、一歩でも前に進んだ方がいい。そしたら、見えてくる景色が変わってくる。振り向けば、自分がどこにいたのかも分かる。君だって、経験あるでしょ?」


 男

「……否定はしません。ところで」


 サトウ

「なんだい?」


 男

「まだ死にませんか?」


 サトウ

「わお、辛辣だね! 嫌いじゃないよ? 残念だがまだ死なないみたいなので、もっと話をしよう。君が使ってる衛星携帯電話、まだバッテリーは大丈夫? だいぶ寒いからね」


 男

「カタログ上は大丈夫ですが、念のために懐で温めています」


 サトウ

「さすがだね。アラスカに住んでたのなら、ここの寒さなんて、まだまだ温いかな?」


 男

「そうですね。何度も、零下四十度を経験していますので」


 サトウ

「摂氏や華氏をつけないのが、分かってるね。だって同じだからね。――閑話休題。君のライフルの話をしよう。いろいろ謎が残ってるからね。

 六年前に所持したのはいいし、五年前に使われたのもいい。でも、それがどうして今、君の手元にあるのかな? 五年も日本に戻ってなければ、所持許可なんてとっくに失効してるよね? 海外滞在中なら、預けた上で継続できたのかな?」


 男

「そもそも私は、日本を去る前にライフルも散弾銃も、全て手放しています」


 サトウ

「だよね。そういえば、スズキ君もそう言ってた。ならやっぱり謎だ」


 男

「ただ、全てを銃砲店に売ったわけではありませんでした。シュトラッサーだけは、所持できる知人に譲渡しました」


 サトウ

「あ、答えが見えてきたよ」


 男

「その人から、今回借り受けてきました」


 サトウ

「ああ? 謎は解けたけど謎が生まれたぞ? “盗んできた”んじゃなくて、“借りてきた”? 貸してくれたの?」


 男

「だから今、ここにあります」


 サトウ

「その人、君が何に使うつもりなのか、知ってたのかい?」


 男

「もちろんです。飛行機に乗る前に、そして乗った後も、大量のメッセージのやり取りをして、全てを隠さず伝えてあります。その上で貸してもらいました」


 サトウ

「ちょっと信じられないなあ。だって――、いやそりゃ僕に言われたくないと思うけど、ここに来て人を殺すとか、バリバリの犯罪行為だよ? バレたらヤバイってのもあるけど、君が人を殺すことを賛同してる人ってことになる」


 男

「そういう方です」


 サトウ

「誰だろ……? 君の馴染みの銃砲店の店主さん?」


 男

「バレたら店が潰れます。そんなことに協力してくれるとは思えません」


 サトウ

「だよね。――まさか、警察に知り合いでもいた?」


 男

「ありえません。私も逮捕されますよ」


 サトウ

「うーん。難しいな。ヒントを頂戴」


 男

「……話の中に、既に出てきている人です」


 サトウ

「ん?」


 男

「先ほど、ガンマニアのあなたは、私の使った銃のことを聞きたいがあまり、深く追及しなかった」


 サトウ

「あ! そうだ! そうだね! そこで聞いておくべきだったよ。――ホーワM300を紛失したと通報した方か!」


 男

「そうです」


 サトウ

「そりゃそうだよね。紛失のことも、実はそうじゃなかったことも、君が知り得るにはそれしかない。いやはや、ほとんど答えをくれていたのに、頭が回らずに失敬した。うーん、脳に血が足りないのかな?」


 男

「…………」


 サトウ

「笑うところだよ?」


 男

「笑えません」


 サトウ

「じゃあしょうがない。――そうか、その方が、過去に君の銃を買い取ってくれて、今回は成田に送りつけて貨してくれて、しかもアリバイ作りに欺瞞工作までしてくれたのか。歳を取ってボケてたのかと思ったけど、訂正して謝罪するよ。いや、お見事だった!」


 男

「本人に伝えておきますよ」


 サトウ

「是非頼む。というか、この会話をそのまま聞かせてよ。どうせ録音してるんでしょ?」


 男

「ではそうします」


 サトウ

「さて、またもや謎が解けて謎が生まれたぞ。その方は、一体全体、誰なんだい? さては、君の御爺様かな?」


 男

「違います。私は、祖父母に会ったことがない」


 サトウ

「ああ、家系的なものかな? 悔しいね。君も気をつけるんだ。早く見つけて、さっさと退治してしまうのが一番いい。定期的に検診を受けるといい」


 男

「そうしています」


 サトウ

「良かった。これからも忘れずにね。――さて、じゃあますます誰なんだろう? 君のことを全部知ってて、それでも、違法覚悟で協力してくれる人……」


 男

「話の中に、既に出てきている人の祖父ですよ」


 サトウ

「ああ! もう! 後少しで出そうだったのに! ヒントを求めてなかったのに! 君は割と残酷だね!」


 男

「そうかもしれません。答えは――」


 サトウ

「もう分かった! 皆まで言わなくていい! なるほどね、その人の御爺様なら、そりゃあ全面的に協力してくれるよね! そっか、そうだったのか! 納得した! ああ納得した! ――その人は元気?」

 男

「ええ」


 サトウ

「それは良かった!」

刊行シリーズ

フロスト・クラック ~連続狙撃犯人の推理~の書影