第三部 『DAY プラス3 カレとサトウの通話』
第三章 『シュートアウト』
第三章 『シュートアウト』
サトウ
「さて、大きな謎が解けたところで、撃ち合いの様子について話をしようか。君、まだ大丈夫? 疲れてない?」
男
「猛烈に疲れています。今すぐ暖かい布団に包まれて眠りたい」
サトウ
「もうちょっと待って! 僕が眠るまで……、ね!」
男
「…………」
サトウ
「今ちょっと、ロマンチックだった?」
男
「いいえ、まったく」
サトウ
「ちぇ。あと、痛み止めを追加するからちょっと待って。君も、喉が渇いたでしょ? 温かい飲み物でも飲んで。まだある?」
男
「ありますよ。寒い中で魔法瓶がないと、脱水症状で死にますから。猛烈に甘い紅茶を一日分持ってきています。かなり重かったですが」
サトウ
「さすが。――さて、じゃあ話を続けよう。昨日の昼過ぎに、君はライフルと共に苫小牧に上陸した。そこからここまでは、ひたすらドライブだね」
男
「そうです」
サトウ
「結構距離はあったから、疲れたでしょう?」
男
「フェリーで、長時間寝られましたから」
サトウ
「とはいえ君は、到着してからも活動しっぱなしだ。今までの二十時間くらい、ほとんど休めてないことになる」
男
「確かに。眠いですね。もう寝てしまいたい」
サトウ
「おっと、まだ起きていて! 僕達は、昨日の昼にホーワM300が盗まれたと思い込んで、まさか君がこんな早くやってくるとは、まったく思ってなかった。だから、この日のうちに周囲の道を見張って他県ナンバーやレンタカーに目を配るとかは考えなかった。見事なトリックだね。素晴らしいよ」
男
「どうも」
サトウ
「僕達はね、昨日の二十三時頃に家で合流して、そこでまず、シチューを食べた。それから、荷物を大量に積み込んで、このキャンピングカーとスノーモービルに乗って、ここに着いたのが深夜の二時頃。それから、どうしたか分かる?」
男
「寝たのでしょう。私が来るとは思っていなかったのなら」
サトウ
「正解は、もう一度シチューを食べた! だよ」
男
「そうですか」
サトウ
「極寒の丑三つ時に食べるシチュー、本当に美味しかったよ。最後の晩餐としては、もうまったくもって相応しいものだったね! デザートも美味しかったし。月の下で輝くタナカ君とスズキ君の笑顔、君にも見せたかったな!」
男
「そうですか」
サトウ
「まだかなり残ってるけど、食べる? キャビンの中にあるよ?」
男
「ひどく空腹ではあるので、申し出はそれなりにそそられますが……、遠慮しておきます。携行食がまだあるので」
サトウ
「美味しいのに。――君は、どうやってここに来たの? いつ? 最初からここを目指してたの?」
男
「あなたの母屋の前に行くつもりは、最初からありませんでした。グーグルマップのストリートビューで見て、接近すればすぐに見つかると思ったので。警官が見張っている可能性もあった。車で前を走るだけで危険だと思った」
サトウ
「うんうん」
男
「そもそも、あなた達は母屋を離れ牧草地に行くだろうと、最初から予想は付いていました」
サトウ
「銃があるってスズキ君に伝えたから、かな?」
男
「いえ、そのずっと前からです。私があなたを狙う、と言ったときから」
サトウ
「おや、なんで?」
男
「あなたはここまで、家族や牧場の従業員を巻き込んでこなかった。その人達を関わらせるのは、絶対に避けると思いました」
サトウ
「いやあ、参ったなあ……。君は、僕の真の理解者だね!」
男
「業腹なことに」
サトウ
「辛辣!」
男
「だから最初から、その牧草地に裏から入る方法を考えていました。母屋や牛舎の周囲――、つまり谷の入口を一切通らずに、誰にも見られずに行けるルートがないか調べました。昨夜は夜中から月が出て、かなり明るくなることは分かっていましたし、スキーは用意できたので」
サトウ
「うーん、それでも山越えだよ? スキーがあるったって、斜面をヘタに滑り降りたら、沢筋で二進も三進も行かなくなる。遭難の危険性がかなり高い」
男
「そう思って、一度は諦めかけました。もう一日かけて、何か別の方法を考えるべきではないかと。でも、それではここまで最速で来たメリットを失う。そんなとき、インターネット上で重大なヒントが見つかったんです」
サトウ
「どんな?」
男
「グーグルマップの航空写真を見て、緑の森の中に、本当にかすかに、道のような線が幾筋も見えていたんです。これらを上手に辿れば、沢筋に落ちることなく、国道からあなたの所有地に行けるのではないかと思った」
サトウ
「それはあれだ、人工林が放置されちゃって、もうだいぶ前に使われなくなった林道だ。管理がされてないから、ほとんど廃道だよ。僕も入るのを躊躇ったくらいの。道として機能してない」
男
「そうかもしれません。それでも、そして最短距離ではなくても、斜面を迂闊に下らずにすむ、勾配の楽なルートがあるだけで、本当に助かります」
サトウ
「確かにね。でもさ、道は幾重にも分岐していて迷路みたいだ。地図にも載っていない道を、どうやって調べたの?」
男
「こちらもインターネット頼りです。YouTubeに、その廃道へ突っ込んでいった集団の動画があったんです」
サトウ
「なんと! 何それ何それ? いつの?」
男
「三年前の秋に撮られた動画でした。その人達はいわゆる“廃道マニア”で、オフロードバイクに乗って、行けるところまで行こうとしていた」
サトウ
「うわあ、それは知らなかったな……。僕の土地まで入ってきてたの?」
男
「いいえ。倒木を乗り越えたり、崖崩れの斜面を突破したりしてかなり進んだ末、牧草地が見えたところで私有地であることは分かって、そこで引き返しています。動画をアップする関係上、違法行為を避けたようです」
サトウ
「ならよかった。そこで僕達の準備が見られたり撮られたりしてたら、ヤバかったよ。さすがに中止せざるを得なかっただろうね」
男
「そうでしょうね」
サトウ
「僕達はラッキーだった」
男
「そうでしょうか?」
サトウ
「じゃあ、“僕は”に言い換えよう。人生最後の楽しみを、邪魔されずに済んだんだからね! では、話を続けて」
男
「その動画のおかげで、道や斜面の様子、分岐箇所などが、ほとんど分かりました」
サトウ
「うわ、よくなかった」
男
「飛行機に乗っている間、私はひたすら、地形図と動画を見比べて、その道を辿るルートを作りました。最終的に繋がって、これなら行けると判断しました。曲がるべき座標と方位角を保存して、それを、スマートフォンに入れて、さらにGPS付きの腕時計に落とし込んでナビにしました」
サトウ
「なるほどねえ。それから?」
男
「苫小牧から慎重に車を走らせました。あなたの家の前を通らないように、数十キロも大きく迂回したので、目的地に到着したのは夜中の二時頃でした。道道の川沿いの駐車場に停めて、荷物を全て背負い、廃道から山に入りました」
サトウ
「そして、GPSを頼りにクロスカントリースキーか。それなら、この時間で山を越えてこられたのも納得できる。正直、僕達の考えが及ばなかったよ。参った。――まさに昨夜の二時頃、スズキ君が君にメッセージを送ったと思うけど、受け取ったときには既に、裏から入る準備ができてたんだねえ」
男
「そうです。手持ちのスマホが使えるギリギリのタイミングでした。ただ、あのメッセージは、大変にありがたかった。行ってみて、もしあなた達がいなかったら、相当気落ちして戻っていたでしょう。いるのが確実になって、励みになった」
サトウ
「ありゃりゃ、敵に塩を送ってしまったか」
男
「衛星携帯電話の番号が分かったのも、後で役に立ちました」
サトウ
「そういえばそうだったね。まあ、その話は後でしよう。――かくて君は、確かにやって来た。でもねえ、今さらだけど、それは猛烈にハードでデンジャラスなトライだよね? ルートミスや雪崩や凍傷や、途中に少しでも何かあったら、そこで遭難死だ。誰にも発見されることはなかった。春になって雪が解けたら、冷凍遺体はヒグマの餌になってバラバラだ。あの山に入る人なんて、ほとんど誰もいない。永遠に見つからないだろうね」
男
「でしょうね」
サトウ
「凄い決意と能力だ。寒いのには慣れてるとはいえ、本当に凄い。アラスカで、いったい何をやってたの?」
男
「いろいろです。とにかく忙しくて、体力的にキツくて、何も考える暇もないような仕事を」
サトウ
「うん、察した。ハンティングは?」
男
「狩猟時期に、地元ガイドのサポートをしていました。クマが出たら、みんなを守る役目なども」
サトウ
「すごい! そりゃあ、射撃の腕が落ちてないわけだよ。ますますどんな人か、どんな顔か見てみたいけど、こっちに来る気はない?」
男
「ありません」
サトウ
「シチューは?」
男
「いりません」
サトウ
「じゃあしょうがない。――さて君は、周囲の森にいつ辿り着いたんだい?」
男
「夜明けで明るくなる頃です。そしてすぐに、山の上から、そのキャンピングカーを見つけた」
サトウ
「うんうん。タナカ君達が定期的に周囲を見回ってたはずだけど、接近中も接近後も、君を見つけられなかったようだね。何をしてたんだい?」
男
「ハンティング用の雪上迷彩服を着ていますが、それでも、雪に半分埋まりながら、ゆっくりと動いていました。あなた達が、サーマルスコープを用意しているかもしれないと思うと、正直ずっと怖かった」
サトウ
「サーマルかー。確かに、それがあれば、熱源探知できたねえ。でも、残念ながら持ってないんだ。君もだね?」
男
「準備できませんでした」
サトウ
「そこはお互い様だったわけだ。――この場所に到着してからは?」
男
「森を回り込むようにして、車の北側へ出ました。車から一番遠かったので。森の奥で窪地に潜んで、ギリギリ車が見えるところで、ずっと動かずにいました」
サトウ
「なるほど。寒くなかったのかい?」
男
「分厚い寝袋は、曳いて持ってきていました。でも、もちろん寒かった。ただ、おかげで眠くならずに済みました」
サトウ
「さすが。でも、テントはないんだよね? 長丁場になっていたら、どうしていたの?」
男
「今夜をリミットに考え、夜陰に乗じて、一度車に戻っていたことでしょう。食料も飲料も、体力気力も、それが限界でした」
サトウ
「冷静だね。実に冷静だ。――採用面接みたいになってしまうけど、聞かせてもらうよ。君は、若くしてハンターになる前はどんな経験を? 自衛官だったとか?」
男
「いいえ……。自然の中で遊ぶのが、とても好きだっただけですが」
サトウ
「その答え、格好いいね。今度、君のいないどこかで使わせてもらっていい?」
男
「どうぞ。閻魔様にでも、言うつもりですか?」
サトウ
「閻魔様、会えるかなあ? 僕、一応クリスチャンなんだよね」
男
「そう、だったんですか……」
サトウ
「夜明けに着いたのなら、さっき銃撃戦が始まるまで、結構待ったんだね。四時間くらいかな?」
男
「そうです」
サトウ
「なんでそんなに待ったの?」
男
「一つは、自分の体力を回復させるため。特に足が猛烈に疲労していました」
サトウ
「うん。納得は出来るけれど、最初に言うってことは、さして重大な理由じゃないね。他は?」
男
「私が母屋に行けたであろう時間を、考えていました」
サトウ
「ああ、そうだったね。そうだった。君はあのとき、衛星携帯電話にショートメッセージをくれたもんね。『乗り物を借りるぞ』ってね」
男
「そうです。母屋は一切見ていなかったので賭けでしたが、私を来させるために、何か用意していたのではないかと思いました」
サトウ
「すごい! ズバリ正解だよ。スノーモービルを鍵付きで、一台置いておいた。でも、君はそれを見てなかったんだね。だから、『スノーモービルを借りるぞ』とは書かなかった」
男
「そうです」
サトウ
「それまでの、こっちの状況も教えよう。そうじゃないとフェアじゃないからね。激しいバトルの感想戦といこうじゃないか。
朝を迎えた後、僕達はまたシチューを食べて、実に美味しかった。これはね、元々は妻の味なんだけど、鶏もも肉を炒めるときにニンニクを強めに利かせるのがミソだよ。朝にはさらに、味変とカロリー増量のために、別鍋に取って溶けるチーズを大量にぶち込んで牛乳を少し足す。どろっとしたそれに、カリカリに焼いたトーストをどっぷりと浸けて食べる。これが――」
男
「あの! 遮ってすみませんが、シチューの話は、もう結構です」
サトウ
「お腹空いちゃうからね! ごめんごめん。やっぱ少し食べない?」
男
「遠慮しておきます」
サトウ
「そんじゃあ話を戻そう。朝ご飯をたらふく食べた僕達は、そして警戒を続けた。とはいえ、満腹もあって、少し油断してたところはあるね。さすがにまだ来ないだろうって、僕達は話してたんだよ。キャビンの暖房は切ってたけど、あれだけ人がいればそれなりに暖かい。実にノンビリしてた。交互に短い睡眠を取ったりしてね。
君にも見えてるかな? この車の四隅には吸盤で監視カメラを取り付けてある。車内の大きなテレビに映像が映ってるんだ。ズームもできる優れものだよ」
男
「見えています。だから、カーテンやブラインドが閉まっていて、外に見張りがいなくても、森を出て車に近づくのはやめました」
サトウ
「賢いね。でもさあ、308口径のライフルがあったのなら、そして弾もたくさんあったのなら、そこからビシバシと車に撃ち込むことは考えなかったのかな? 距離的には余裕だったでしょ?」
男
「それも考えましたが、やりませんでした」
サトウ
「どうしてかな? 君なら、車の外板なんて、ライフル弾の前では紙みたいなものだって知ってるよね?」
男
「そうですが、車内が見えない以上、撃ち込めたところで射撃の効果は分かりません。あなた達が中で、防弾チョッキにヘルメットに、さらに防弾楯に囲まれていることもありえた。言わば装甲車にしておいて、私に撃たせる作戦かもと。射撃の効果もなく、位置だけ判明させてしまったら、猛烈な反撃を食らいます。あるいは車を出して逃げられたりしたら、それで全て終わりだと思いました」
サトウ
「うんうん。冷静だったね」
男
「逃げられたら、あなた達は弾痕だらけの車を警察に提出して、『キャンプをしていたら誰かに撃たれた。例の連続狙撃犯人かもしれない』などと言ったかもしれない。へしゃげた338ラプアの弾頭が用意してあったら、それを提出するなどして。――そうなると、私はもう尻尾を巻いてアメリカに逃げるしかなくなる。あなた達は、今後も犯罪を続けていく」
サトウ
「さすがだよ君。――ねえ、やっぱり名前教えてよ? 優秀な人の名前を呼ぶのは、人の喜びだよ?」
男
「そのことは否定しませんが、教えません」
サトウ
「なんでよー?」
男
「優しく親しげに名前を呼ぶことで、あなたは人を誑し込んできたはずですから」
サトウ
「この秀才君め!」
男
「だから私はどうすればいいか――、一人で複数人を相手にするにはどうすればいいか、ひたすら考えました。私が使えた手は、相手の予想よりずっと強力なライフルと、ずっとたくさんの弾を持っていること。予想よりずっと早く、現地に到着できていたことでした」
サトウ
「なるほどね。こっちに、何人いると思ってたんだい?」
男
「まずはあなた。事件の実行犯の腕のいい狙撃手――、つまりタナカさん。そしてスズキさんは確実だと思いましたが、四人目がいないという確証は、ありませんでした」
サトウ
「実際には、第四の男はいなかったんだけどね。このキャンピングカーでは、野郎三人が限界だよ」
男
「今でも、車の後ろで隠れているのではないか、こっちに撃ってくるのではないかと思っています」
サトウ
「いや、いないってば。もしいたら、僕をキャビンに引きずり込んで止血したり、乗って逃げたりしてたでしょ?」
男
「確かに、そうですね……」
サトウ
「そしてバトルは始まらん!
君が送ってきた、『乗り物を借りるぞ』ってメッセージを見て、スズキ君は色めきだったんだよ。『来ました! 家の監視カメラを見ましょう!』ってね。母屋の監視カメラはネットに繋がってるから、ここでも見られたからね。でも、即座にタナカ君が顔色を変えて言った。『ヤツはもう近くまで来ているぞ!』って」
男
「バレていたんですね」
サトウ
「うん。さすがタナカ君。怪訝そうなスズキ君に、それは嘘メッセージだと伝えた。その理由を聞かれて答えた。『油断させるような情報を伝えてきたんだよ! 俺達の注意を、谷の入口方面に向けるために』って!」
男
「そうでしたか……。効果はなかったようですね」
サトウ
「そんなことはないよ? 僕達はそれなりに驚いて、急いで行動することを強いられたからね。もう周囲のどこかに君がいるに違いないと、それぞれが銃を手に取った。スズキ君はレミントンM870マリーンマグナム、十二番口径を。タナカ君は、同じくレミントンのM700マグプルを。口径は君と同じ308ね」
男
「スズキさんのマリーンマグナムは分かりましたが、タナカさんのM700マグプルは分からなかった。サベージではなかったんですか?」
サトウ
「そう。タナカ君は、308の方が肌に合ってて好きだったんだよ。本当は、狙撃の計画も全部308で行いたいと主張してたんだけどね」
男
「でもそうしなかった。338ラプアを使った」
サトウ
「そう。理由は分かる?」
男
「三年前に、犯行に使える銃身を手に入れたからでは?」
サトウ
「その前の話さ。タナカ君とは付き合いが長いからね。六年前のことだ。『予定している銃身交換のトリックを308で行いませんか?』って言われた。まったく可能だったけど、僕はある理由から断って納得してもらった。ナゼだろう?」
男
「…………」
サトウ
「ヒントはね――」
男
「私も含め、308のユーザーは本当に多い……。疑われる人も多くなる。すると、警察があなたのところに来るまでに、時間がかかる恐れがある。銃身交換のトリックを考えていたあなたは、早々に来てもらって、シロだという鑑定結果が出た方が都合がいいから――、でしょうか?」
サトウ
「お見事! やっぱり君を仲間に加えたかったなあ。五年前に、君がアメリカに行く前に会いたかったよ!」
男
「会うことがなくて本当によかった」
サトウ
「そんなこんながあって、タナカ君はM700マグプルだった。七年前に僕が所持して以来、いつか戦う日が来たらと、タナカ君がずっと戦闘の練習に使っていた一丁だ。この銃を好んだ理由は、もう一つあってね、分かるかい?」
男
「十連発マガジンを使えたからですね」
サトウ
「正解! そこは分かっていたんだ」
男
「弾倉がやけに下に突き出ているのは、スコープ越しに見えて――、とても警戒しましたし、実際恐ろしかった」
サトウ
「うんうん。M700マグプルは僕の銃だ。だから僕が持ってたら違法な十連マガジンも、所持許可など取ってないタナカ君が持ってても、ただのバネとプラスチックだ。アメリカに行ってもらうたびに、買って持って帰ってきてもらったものだよ。338ラプアのダミーカートと一緒にね」
男
「なるほど」
サトウ
「スズキ君との会話で見せた君の推理は、実に素晴らしかったよ。ほとんどあっていた」
男
「ほとんど? 外れていたところが?」
サトウ
「それは後で話そう。もし“後”があれば」
男
「そうですか」
サトウ
「話をバトルに戻そう! えっと……、どこまで話したっけ? 頭が、回らなくなってきた」
男
「…………。私からのメッセージを受け取って、あなた達が臨戦態勢になったところです」
サトウ
「そう、そうだった! 僕は車内にいるように言われちゃってさ、仕方なく言うとおりにした。ちなみに得物は“ブレーザー”社の“R8ルテニウム”だよ。知ってるよね?」
男
「また恐ろしく高価な銃を」
サトウ
「口径は“.30-06スプリングフィールド”。308でもエゾシカは倒せるけど、もう少しパワーが欲しかったからね。ブレーザーとシュトラッサー、奇しくも、日本でも買える数少ないストレートプルアクションライフルが揃ってしまったね。並べて鑑賞したいんだけど、こっちに来られない?」
男
「お断りします」
サトウ
「じゃあしょうがない。さて、銃撃戦の様子を教えてもらおうかな。聞こえた銃声と、スズキ君とタナカ君の言葉だけでは、状況が全部は分からない」
男
「どこから話せばいいですか?」
サトウ
「じゃあこちらから。まず、予定通りにスズキ君が外に出た。『囮になりますよ!』って息巻いてたんだ。防弾プレートの入ったベストを着て、防弾ヘルメットを被って、マリーンマグナムを持ってね」
男
「見えていました。ずっと、単眼鏡を覗いていましたから」
サトウ
「スズキ君が吠えてたのは聞こえたかな? 『オラ出てこい!』とか『撃ってこい!』とか」
男
「何を言っているかまでは、分かりませんでした」
サトウ
「そっかそっか。スズキ君はスノーシューで、車の周りを意図的にウロウロと、グルグルと回った。それに合わせてタナカ君がカメラを見てたんだ」
男
「スズキさんが囮であることは、最初から分かっていました。防弾プレートとヘルメットも見えていました」
サトウ
「ならば、そこでは撃たない、という選択肢もあったよね? 日が昇って上昇したとはいえ、まだ十五度近い寒さだった。二十分もすれば、スズキ君は車に引っ込んだと思うよ」
男
「そうでしょうね。でも、私としてはこれ以上時間をかけたくなかった。持久戦になったら、間違いなくこちらが不利になると分かっていた。だから、もう、やるしかないと思いました」
サトウ
「うんうん。だから君は、スズキ君を撃ったんだね」
男
「そうです。全てを終わらせるつもりで始めました」
サトウ
「いい覚悟だ。いや、いい覚悟だった。
突然に銃声が聞こえて、スズキ君の驚きと悲鳴が僕の耳に届いた。ブルートゥースの無線越しにね。『うわぐぎゃ!』って感じだった。監視カメラの画面の中で、スズキ君が後ろに倒れるのが見えて、タナカ君が舌打ちして、それからさらに銃声が続いたね。四発が立て続けだった。かなり速い連射だった。パーンパパパパーンンン! って感じだったね。
僕も、タナカ君も思った。自動銃であるホーワM300なら、あれくらい連射はできると。だから、君が来たと確信した。でも……、さっき言った通り、それがトリックだったんだねえ。今なら分かるよ。自動式のように聞こえた連射は、シュトラッサーのストレートプルアクションの賜だったんだね?」
男
「そうです。一発目だけを命中させたあとは、四発をとにかく速く、どこも狙わずに連射しました。銃は倒木に依託していて、ボルト操作を右手で、引き鉄は左手で」
サトウ
「お見事。そして僕達は思ってしまった。“カレは盗んだ五発を撃ちきったぞ”ってね。すっかり騙されたよ。タナカ君は車外に飛び出して、外に置いてあったM700を引っ掴んだ。そこに、スズキ君からの声が耳に入ったんだ。『まだ俺生きてますよ!』ってね。
タナカ君が、『どこを撃たれた?』って聞いた。スズキ君は、『正面から、胸です!』って答えて、『メチャクチャ痛かったですけど、弾は貫通していませんよ! プレートです!』って。タナカ君はすっごくホッとして、今まであんまり聞いたことがない優しい声で『よしっ!』って言ったけど――、あれは、わざとだったんだね? 君はわざと、防弾プレートを狙ったんだよね?」
男
「そうです。一発目は、慎重に狙いました。正面から撃てるまで待って」
サトウ
「そのときスズキ君は車から結構離れてたから、君との距離は、百五十メートルくらいかな?」
男
「そうです」
サトウ
「なら、よっぽどのことがない限り、初弾を外す距離じゃないねえ。そしてスズキ君はプレートを撃たれて、弾は貫通せずに後ろにひっくり返った。まあ、メチャクチャ痛かっただろうし、肋骨は折れてただろうけど、寒さとアドレナリンで気にならなくなっただろうね」
男
「でしょうね」
サトウ
「正直、君なら首や顔に当てることもできただろう。でもそれをしなかったのは、スズキ君以外の誰かをあぶり出すため、だよね?」
男
「そうです。“手にしている銃はM300であり、五発しか弾を持っていない”――、この情報を強く信じてほしかった」
サトウ
「だから、ご乱心のように、いきなり五発ぶっ放したと。うーん、やられたよ。
そのあと、タナカ君が『どっから撃たれた?』って聞いて、スズキ君は『俺の正面ですから、谷のちょうど北側です』って答えた。『そこで寝てろ! ヤツがもし、銃を奪うために近づいて来たら教えるから、連射しろ!』って指示を飛ばしたタナカ君は、スノーモービルのカバーを取って、跨がった。エンジンをかけて、走り出した」
男
「スノーモービルが車のちょうど斜め後ろだったので、走り出したところからは見えていました。白い迷彩服を着て、白く塗られたライフルを背負った人が乗っていました」
サトウ
「でも、君は撃たなかったんだよね。弾倉は交換してたと思うけど? 薬室の一発とあわせて、六発までは撃てたはずだよ。しかも僕達は、ホーワM300を撃ちきったと思い込んでた。タナカ君を撃てる、絶好のチャンスだったはずだよ」
男
「その通りですが、当てられる確証がなかった。距離三百メートルから左へと移動していて、しかもタナカさんは、撃ちきったと思っていたにもかかわらず、スノーモービルの車体の右側に身を隠すような乗り方をしていた。体がほとんど見えなかった」
サトウ
「なんと! さすがタナカ君」
男
「タナカさんが、私から見て左手にある森へと入り込み、そこから狙ってくる、あるいは森伝いに接近してくるつもりだ、というのは分かりましたが、それを止める手立てはなかった。迂闊に撃ってしまえば、弾があると思われて警戒される。せめて、止まったところを一撃で倒そうと思っていましたが、スノーモービルは勢いを殺さず、森の中にそのまま突入して、私からは見えなくなってしまった」
サトウ
「さすがタナカ君。僕から見て右側、つまり東の森に突っ込んだのなら、やっぱり三百メートルくらいか。対角線だから、1.4をかけて四百二十メートル。ホーワM300では狙い撃てない距離を取ったんだね」
男
「そうです。もし私が本当にM300を使っていたら、たとえ弾を何発持っていても、撃ち負けていたことでしょう。しかも向こうは南東に位置して、こちらからは逆光になっていた」
サトウ
「さすがタナカ君。今日これ、言うの何回目かな?」
男
「四回目です」
サトウ
「さすが君。――タナカ君は、『良い位置につけました。見つけ次第ヤツをやります』って言ってきたよ。そしたらスズキ君が、『俺が出て陽動しますよ!』て言い出してね。つまりは立ち上がって、撃ちまくりながらキミに近づいていこうと」
男
「タナカさんは、それを聞いて、なんと?」
サトウ
「タナカ君は、少し逡巡したみたいだった。スズキ君をこれ以上危険な目に遭わせていいか、悩んだようだったよ」
男
「そうですか」
サトウ
「でも、最終的には、ゴーサインを出した。『よし、やれ!』ってね。『お前がやっちまえたら、やっちまえ!』ってね」
男
「そうですか……」
サトウ
「それが、スズキ君の命取りになったね。いや、タナカ君もか」



