第四部 『DAY プラス3 彼と彼女の通話』

第四部 『DAY プラス3 彼と彼女の通話』

第四部 『DAY プラス3 彼と彼女の通話』 



 少女 

「はいっ!」


 男

「もしもし? ――ちゃんと聞こえるかな?」


 少女 

「お兄さーん‼ 聞こえます‼ 聞こえますっ‼ 無事ですかっ⁉ 無事ですかああああ⁉」


 男

「今までは……、今……、鼓膜が無事ではなくなった……」


 少女

「ああ! ごめんなさい! でも無事ですね⁉ 無事なんですね⁉ 撃たれたりしてませんよね⁉」


 男

「それは、大丈夫だよ。撃たれたけど、当たってはいない。どこにも、怪我はない。凍傷もな――、いや、少しあるかもしれないが、治るレベルだ。とても疲れて、とても眠いだけだよ。心配してくれて、ありがとう」


 少女

「良かったあ……! 良かったです……! 良かったあああああああああああ‼」


 男

「いや、鼓膜が……」


 少女

「いいい、今どちらですか⁉ わたしは、えっと、降ろした橋から、数キロしか離れていない道の駅にいます!」


 男

「待っていてくれて、ありがとう。その橋が見下ろせる場所まで、無事に戻って来られたところだよ。お互い圏内なら、電話を切り替えようか。衛星携帯は通話料が高く――」


 少女

「いいですよそんなの! お爺ちゃんが払いますから! ――すぐに車を出しますから! このまま、ずっとお話ししてたいです! いいですね⁉」


 男

「ああ……、分かった。ハンズフリーには、しているかな?」


 少女

「大丈夫です! ――万が一にも警察に捕まらないように、ガッツリ制限速度以下でいきます!」


 男

「分かった。これから、ゆっくりと慎重に滑り下りていくから、降ろしてくれたところで乗せてほしい」


 少女

「了解です! 他に車がいないときですよね! 誰にも見られないようにですね!」


 男

「ああ、お願いするよ」


 少女

「これだけは先に教えてください! 全部、終わりましたか……?」


 男

「ああ、終わったよ。全部、終わった。手帳は回収した」


 少女

「みんな、やっつけちゃいましたか?」


 男

「…………。ああ、もう、大丈夫だ」


 少女

「良かった! 良かったっ! さっき、といっても、二時間くらい前ですけど――、消防車が、すごい勢いで走っていきましたよ」


 男

「だろうね。彼等が使っていたキャンピングカーに、火をつけさせてもらった。これで、車両火災事故だと思ってもらえるだろう」


 少女

「いいですね! お見事です! アイツらの死体と車を、崖下にどーんって落としたときみたいですね!」


 男

「ああ……、そうだね」


 少女

「あのときのお兄さん、格好よかったなー! 今も目に焼き付いてますよ!」


 男

「そう……」


 少女

「そうですよー! 天使でしたよ! もっとも、その前からですけどね! 銃を持って颯爽と森から出てきたときから!」


 男

「そうか……」


 少女

「今回は、わたし……、助けになれましたか……?」


 男

「もちろんだよ。本当に感謝している。君がいなければ、こんなにも計画通りにはいかなかった。銃を持って成田まで車で来てくれたおかげで、彼等の意表を突く速度で移動ができた。ありがとう。苫小牧からずっと運転してくれたおかげで、山に入る前に十分に休めた。ありがとう。こうして迎えに来てくれるから、体力の限界まで行動できた。ありがとう」


 少女

「ふふふっ! どういたしまして! どういたしまして! どういたしまして! 嬉しいです! 今度はちゃんと役に立ったのが、とっても嬉しいです! わたしも成長したってことですよね⁉」


 男

「そうだね。間違いない。運転がとても上手で、驚いたよ」


 少女

「そりゃもう! 十八ですぐに免許取って、お爺ちゃんのスパルタ指導のもと、あちこち走り回りましたから! 林道や雪道もたっぷりと!」


 男

「本当に、助かったよ。ありがとう」


 少女

「『ありがとう』はこっちの台詞ですよ! お兄さんのお役に立てたことが、本当に本当に、嬉しいんですよっ! でも、あと一年先だったら……、狩猟免許と散弾銃があったはずですから、一緒に現地に行けたのに!」


 男

「それは、絶対に断っていた」


 少女

「なんでー⁉」


 男

「二人して入ったら、こうして、優しく迎えに来てくれる人がいなくなっちゃうでしょ?」


 少女

「そ……、それならしょうがないです!」


 男

「お爺さんにも、とても、感謝している。所持許可取り消しの恐れがあったのに、M300の偽の紛失届を出してくれたり、シュトラッサーを貸してくれたり、弾を出してくれたり、お金を貸してくれたり……」


 少女

「なーに言ってるんですかーっ‼」


 男

「だから耳が――」


 少女

「す! べ! て! はっ! 五年前に! お兄さんがわたしの命を救ってくれたからですよ! お兄さんがいなければ、わたしは十四歳で死んでたんですよっ! こんなの、恩返しとしては一割にも満たないですよ! それに……、今回の……、その手帳の回収だって、もともとは、イモト刑事さんに喋っちゃったわたしのせいじゃないですか! わたしのためじゃないですか! もう……、お礼なんて……、お礼なんて……、言わないでくださいよ!」


 男

「そうだね……。じゃあこれを、最後にしよう。ありがとう」


 少女

「はい……、これを最後にしますね。どういたしまして! ――そうだ! お爺ちゃんから、昼過ぎに連絡ありましたよ!」


 男

「ああ! なんて?」


 少女

「“警察の若造に滅茶苦茶怒られた! こんなに怒られたのは、小学校以来だ!”って! でも、厳重注意と自主返納のプレッシャーだけですんだって。家にガンロッカーのチェック、来ないって言われました。だから、シュトラッサーが家にないこと、バレませんよ。コンビニに着いたら、さっさとバラバラにして送っちゃいましょう! お爺ちゃん、北海道でしか買えないビールと、あと、鮭とばと、ホタテの乾燥貝柱を一緒に送れって!」


 男

「そうか……。良かった……。あり――、いや、なんでもない。なんでもないよ?」


 少女

「あはは! それに、今日、東京はかなりの大雪だって。交通に影響が出るくらいの。どっちにせよ、すぐには警官が来てなかっただろう、って」


 男

「そうか。良かった……」


 少女

「さすがお兄さん、持ってますね!」


 男

「そう、かな?」


 少女

「そうですよ! お兄さんは、持ってます! 幸運の女神に愛されてます!」


 男

「そうかもな……」


 少女

「あと、わたしにもね!」


 男

「…………」


 少女

「お兄さん! わたし、綺麗になったと思いませんか⁉」


 男

「あ? えっと、ああ……」


 少女

「ですよね! いろいろ、本当に、頑張ったんですもん! せっかく大人になれるのなら、頑張って綺麗な大人になろうって! だから大学でも、街でも、綺麗だって、可愛いって言われます! よくナンパされます! 全部断ってます!」


 男

「そ、そうか……。それは、うん、よく頑張ったね……」


 少女

「強くもなろうって思ったんです! だから、これはまだ言ってなかったと思うんですけど、高校で剣道部に入ったんですよ!」


 男

「剣道部……?」


 少女

「そうです! 今でも続けています! 打ち込みが鋭く潔いって、よく褒められます! 居合もやってみたいです! せっかくなんで、真剣も使いこなせるようになりたいです!」


 男

「そ、そうか……。そうか……」






 少女

「だから、結婚してください‼」 






 男

「あ? えっと……。――うわっ!」


 少女

「ど、どうしました⁉」


 男

「あ、いや……、滑って、転んだ……」


 少女

「大丈夫ですかーっ⁉」


 男

「大丈夫だ。大丈夫……。雪まみれになった、だけだよ……。あと、耳が少し痛い……」


 少女

「ここまで無事で、今から怪我とかしたら怒りますよっ‼」


 男

「ああ、分かった……。分かった……」


 少女

「お兄さん――、わたしは、五年前に一度死にました! あの日あの場所で、お兄さんの目の前で! 一度死んだんです!」


 男

「…………」


 少女

「死んで、生まれ変わったんです! 強くなって、生まれ変わったんです! もう、誰にも負けません! 何も怖くありません!」


 男

「そうか……。そうだね……」


 少女

「だから、結婚してください‼」


 男

「いや、どうして、そうなるのかな……?」


 少女

「だってお兄さん! わたしの裸を見たじゃないですかっ‼」


 男

「……いつの時代の人かな?」


 少女

「五年前も! そして昨日のフェリーの部屋でも!」


 男

「フェリーの中では、君が全裸でシャワーから出てきたからだよ?」


 少女

「なんでエッチしてくれなかったんですか⁉」


 男

「長旅で疲れていたから、かな……?」


 少女

「何歳ですかー⁉ ウチのお爺ちゃんだって、もっとスケベで元気ですよ!」


 男

「そ、そうか……」


 少女

「あ! でも言っておきますけど、わたしのお風呂を覗いたりとかそういうことはしませんからね! 外に彼女がたくさんいるってだけです!」


 男

「うん、そうか……」


 少女

「なんで、フェリーでエッチしてくれなかったんですか⁉ 久しぶりに会えて、本当に本当に嬉しかったのにっ! もうわたしだって、成人してるんですよ⁉」


 男

「自分の記憶が確かなら、言ったよね……? 『明日死ぬかもしれないから』って……」


 少女

「死ななかったじゃないですか! 間違ってたんですよ!」


 男

「いや、その理屈はおかしい」


 少女

「じゃあ、結婚してください!」


 男

「どうしてそうなるのかな?」


 少女

「好きだからですよ! 本当に好きで、ずっと一緒にいたいと思ってるからですよ! 他に理由があるっていうんですか⁉ お金目当てだとでも⁉ お兄さんお金持ちじゃないの知ってるし!」


 男

「うん……。君の家は大金持ちだからね……」


 少女

「お爺ちゃん言ってましたよ! お兄さんとわたしが結婚してくれれば、明日にでも安心して死ねるって!」


 男

「あの人は、まだ十年は死にそうにないよ……」


 少女

「話を誤魔化さないっ‼ お兄さんがわたしと結婚して、家や土地を継いでくれたらみんな大喜びなんです! 両親もお婆ちゃんも先に逝っちゃって、お爺ちゃんがもしいなくなっちゃったら……、わたしを天涯孤独にするつもりですか⁉ それが目的ですか⁉」


 男

「そんなことは意図していない」


 少女

「お兄さん! 正直に、答えてほしいことがあります! 今まで、ハッキリと聞くのが怖くて聞けなかったことです!」


 男

「なに……、かな?」


 少女

「……五年前、わたしを助けたこと、後悔してますか……?」


 男

「…………」


 少女

「お兄さんはそのせいで、ノンビリと日本で生きてくことをやめてしまった。そして今日も、死ぬかもしれない行動を、した……。後悔……、してませんか……? その後悔が辛くて、わたしと一緒にいたくないんじゃないですか……?」


 男

「ない。絶対にない。それは、絶対にないよ。五年前、君が死なずに済んだこと、何よりも良かったと思っている。君が生き残ることが最優先だった。後悔はない」


 少女

「…………。ありがとうございます……。ありがとうございます……」


 男

「どういたしまして。――今、橋の下に着いたよ。車通りは全然ない。サッと止まった隙に、拾って貰えるかな?」


 少女

「はい! もうすぐ――、あと五百メートルくらいです!」


 男

「了解した」


 少女

「車に乗ってシュトラッサーを分解したら、すぐに休んでくださいね。後部のベッド、そのままにしてありますから」


 男

「ああ、助かるよ。暖かいところに入ったら、すぐに寝てしまいそうだ」


 少女

「添い寝しましょうか⁉」


 男

「運転して」


 少女

「しょうがないなあ、引き受けました! わたしは、昨夜から昼まで十分に休めました。帰りの運転も、このまま全部任せてください。でも、今日は旭川で一泊しませんか?」


 男

「そうだね……、それがいいと思う。今から苫小牧までずっと運転してもらうのは、心苦しい」


 少女

「やったー! じゃあ、旭川の綺麗なホテルで――」


 男

「二つ部屋を取ろう」


 少女

「なあんでそうなるんですかーっ⁉ ねえ、お兄さん! 今までの話、ちゃんと聞いてましたか⁉」


 男

「ちゃんと聞いていたから、そうなるんだけどね」


 少女

「ああもう、気が変わりました‼ さっきの言葉、訂正します‼ 乗ったら寝ないでください‼ 道中まだまだ長いです‼ こうなったら、トコトン、じっくり話し合おうじゃないですかっ‼」


 男

「いや、寝ることにする。ああ、車が見えたよ。そのまま、ゆっくりと橋の手前で、路肩に付けてほしい。ドアを開けてサッと乗り込むから」


 少女

「話し合いますよ! 了解ですよ!」


 男

「もう少し先で――、よし、そこでいい」


 少女

「お兄さん、お帰りなさい……」


 男

「あ? ああ、ただいま」


 少女

「車出しますね!」


 男

「お願いするよ」


 少女

「出発! ――やった、やったー! 誰にも見られず、無事に回収完了! あとはっ、帰るだけーっ!」


 男

「ああ、本当に、暖かいな。もう、電話も切る――」


 少女

「その前に!」


 男

「はい?」


 少女

「お兄さん……、再びお顔が見られて、嬉しいです!」


 男

「あ? ああ」


 少女

「いい顔になりましたね!」


 男

「ん?」


 少女

「いい顔に、なりました!」


 男

「……そうかい?」


 少女

「そうですよ! 一瞬、誰かと思いました! いい顔になりました! 自信に満ち溢れた、怖いものはないって顔です!」


 男

「…………。そうか……、そうか……、そうかもな……」


 少女

「素敵ですよ! そっちの顔の方が、わたしは好きです!」

刊行シリーズ

フロスト・クラック ~連続狙撃犯人の推理~の書影