第ニ話『百眼』――ジャガン――

4-1.

 こうして、小林さんの予期せぬ告白という爆弾によってぼくの「万全の心構えで『儀式』に集中しよう」という目算はあっさりと水泡に帰したのだった(もっとも、ぼくという人間の性質を考えれば、たとえ小林さんの告白がなかったとしてもべつの『恐怖』を見つけていた、という可能性は否定できないが)。

 それから『儀式』の日までの期間は、

 決して大げさにいっているわけではなく、なにしろ最終的にはあれほど恐れていた『儀式の日』到来を心待ちにしてしまっていたほどで、誇大な表現をしてしまうのを赦されたい、ぼくはある種の『地獄』を味わっていた。

 こんな日々が終わるのならと、『儀式の日』が訪れるのを渇望するほどの。

 もちろん『儀式の日』を迎えたところで小林さんにはなにも関係ないのだが、少なくとも、『儀式』についての悩みは終わる。

 なお、実際に生活に変化があったわけではまったくない。

『告白』の翌日、寝不足の頭を抱えておそるおそる登校したぼくだったが、小林さんはとくに変わらずいつも通りで、いつも以上にキョドウフシンになってしまったぼくを笑って受け止めてくれた。

 やっぱり、あの『告白』はまわりくどい絶交宣言ではなかったようで、その点については安心できたが――

 しかし、依然としてその意図はわからない。

 なぜそんな『秘密』を告白したのか、何度聞いても返ってくるのは「自分でもわからない」という言葉だけで、そしてなぜか、ぼくにはその返事がうそのように感じられ、そのことが心をひどくざわめかせた。

 それはあるいは、小林さんがときどき見せるようになった新たな『笑顔』のせいかもしれない。

 小林さんの言葉通り、ぼくは小林さんの『告白』をなかったことにはできなかった。

 小林さんを見るたびに、どうしても、小林さんのスカートの下について気にせずにはいられなかった。

 小林さんはかつて『そういうことをしていた』と告白しただけで、『またはじめた』とも『はじめる気だ』ともいっていない――そう自分に言い聞かせても小林さんのスカート内を疑うことはやめられず、意識すまいとすればするほどキョドウのフシン化はとめられず、気がつくと、凝視してしまって――

 小林さんの『笑顔』に、出会う。

 笑顔であるのは間違いない、楽しんでいる表情――しかしそれだけではない。

 こちらを見透かすような、二つの瞳。

 視線に気づいて、自分がまたもやらかしていたことに気づいて動揺し、顔をそらす――その一瞬、小林さんの『笑顔』は、まるで笑顔ではないようになる。

 それはどちらかといえば肉食獣、いわゆる捕食者を連想させる、笑顔という字面からは程遠い攻撃的なイメージで、ただし、それは一瞬で、ぼくには本当にそんな表情が浮かんでいたのか確信できない。スカート内を想像していた後ろめたさからそう感じてしまうのだといわれてしまえば反論できず、思い返しても普通の笑顔しか浮かばず、結果、ただただ力強い二つの瞳ばかりが印象に残ることになる。

 昏闇に赤い熾火のような――

 彼女の『告白』の影響は、ある意味迫りくる『儀式』への恐怖より強かったかもしれない。

 もちろん『儀式』自体ぼくの脳裏から離れることはなかったが、しかし先輩と会うのはたまにだが(携帯でのやり取り自体は頻繁だったが)小林さんはクラスメイト、登校する限り会わないわけにはいかず、そして当然のことながらぼくと会うときたいていの場合小林さんはスカートで、もちろん小林さんに限らず女子はみんなスカートをはいていて、それを意識するたびぼくは背すじを走るセンリツとともに『儀式』以上に『そのこと』を想起せずにはいられなかった。

 ――

 自分の心のことながら、不思議でしかたがない。

 いままでは、女子のスカートの下がどうなっているか、なんて、想像したこともなかったのに、なんでこんなに気になるようになったのだろう。

 はっきりいってしまえば、小林さんやクラスの女子たちがどんな下着をつけていようと、そしてつけていなかろうと、そもそもぼくには関係のない話。スカートの下なんて人目にさらすものではなく、よってそこがどんな状態であろうと他人様に迷惑をかけることもなく、つまり個人の裁量で好きにすればいいわけで、むしろ他人が口出しをする筋合いはない(と思っていたのだが、あとで調べてみたところうちの校則には学生らしい下着を着用すべき旨の記載があった。なぜこのような校則をわざわざ制定しなければいけなかったのか、ちょっと興味深い)。

 確かにぼく自身、女子の身体に目が行くようになってしまったところはあるが、それはあくまで先輩との『猫人の儀式』の影響で、一時期女生徒の頭に猫耳がついている妄想が脳内から消えなかったくらいで――じつはいまでもたまに――、だからこそ女子に対して思わず猫のごとく優美な曲線を探してしまうというだけで、はっきり断言してしまうけど、小林さんの告白を聞くまでスカート内の下着の有無など、気にしたこともなかったのだ。

 それがなぜ、こんなに心を騒がせるのか。

 なぜ気になるようになってしまったのか。

 下着の有る無しのいったいなにが、こんなにもぼくを動揺させるのか――? 

 気がつくと、スカートを視線で貫こうとしているのかというぐらいに凝視して、ふと我に返って、小林さんの『笑顔』に出会う。

 本当に物理的圧力がこもっているかのような力強い視線に、後ろめたさと恐怖を覚え、それでも、小林さんの表情を確認せずにはいられない。

 二つの瞳の、その奥にあるものを――

 軽蔑されたり呆れられるならまだわかる、

 楽しまれるのも理解はできる、

 でも、それだけとは思えない、あの表情――

 いつもそうだが、いつも以上に――ぼくは、『ヘビににらまれたカエル』となる。

 抵抗などできるはずもない。

 たとえどんな目で見られようとも、間違いなく、非は『そんな目』で見てしまうぼくのほうにあるのだから。