第ニ話『百眼』――ジャガン――
4-2.
小林さんの『告白』の影響は、ぼくの小林さんを見る視線だけにとどまらなかった。
ぼくは小林さん以外の女子さえ、そのスカート内を疑うようになった。
――彼女たちには、いい迷惑だったろう。
いわれなき理由で勝手に下着の着用を疑われ、あまつさえ下腹部辺りを凝視されるのだから。
本当に申し訳なく思うのだが、しかし意識すまいとすればするほど意識してしまい、見てしまう――想像してしまう。
気持ち悪いと敬遠されてもしかたない、そんな自分に気がついて、――小林さんと目が合って、そんな自分を見られていたことに気づいて恥ずかしさと後ろめたさに穴を掘って埋まりたくなり――
そんな自分を嫌悪するとともに、妄想する。
もしかして、小林さん以外にもそういう女子がいるのだろうか。
もしかして、ぼくが知らないだけで、それほど異常でもないのだろうか。
ただたんに小林さんは親しかったから教えてくれたというだけで、表に出していないだけでみんなだれしもスカートの下に秘密を持っているのか? ぼくですら、先輩との『儀式』という秘密を持っていながらなに食わぬ顔をして普通に生活していて、ぼくですらそれができるのに、どうして周囲は『そうじゃない』と言い切れる?
意識しまいとすればするほど、気になり。
見てしまえば、見られてしまう。
あたかも誘蛾灯に引き寄せられる虫のように、よくないとわかっていながらひとりきりで危険な場所に飛び出していくホラー映画の登場人物のように、ぼくの視線はそこに近づかずにはいられなかった。
そして、小林さんやだれかの視線を――本物だろうと思いこみだろうと――感じるたびに、罪悪感と恐怖に打ち震えた――
時期が悪かった。
確かに『告白』のインパクトは大きかったが、『儀式』自体の恐怖を打ち消すほどではなかった。
『百眼の儀式』はつねにぼくの脳裏から離れず、ふとした拍子に立ち広がり、ぼくに無数の『目』をイメージさせた。
……なるほど。
小林さんの言葉も、なんとなく納得できた。
ぼくが百目の話をしたせいで意識してしまった、と小林さんはいった。
その時は、なんて強引な理屈だろうと理不尽を感じたが、ことここに及んで理解する。
『目』には、それだけの力がある。
もちろん、視線自体には色も形もなく、物理的な力もない。
それでも、視線はたやすく『想像』できる。色も形もないものを、そこにある、と妄想できる。背後に人がいないのをしっかり確認していても、一度気にしてしまったら、想像し、ありもしないものを妄想しないではいられない。だからこそ――
無数の目、というものは、異形であるにもかかわらず感覚的に意識しやすいものなのだ。
いつしか、ぼくは小林さんに限らず女生徒のスカートを見つめては、ありもしない視線に恐怖するようになった。
小林さんに限らず、だれかに見られているような気がして――気のせいという自覚はあって、罪悪感から生じる妄想だと自分に言い聞かせるのだが、たまに本当に当の女子に見ていたことを気づかれたり、遠くからでも小林さんがこちらを見て笑っていたりして、そのたびに、ぼくの恐怖感と罪悪感は増加して空想の視線に怯えずにはいられなくなる――
なんだかこうして文章にしていると、思った以上に深刻そうで、自分で自身にセンリツしてしまうのだが、つまり、こんな感じで、当初の『儀式』に集中して万端な状態で迎え撃とう(うまい具合にやり遂げて失敗してこれを最後にできるように!)という思惑からかけ離れた状態で『儀式』を迎えることになった、ということは覚えておいていただきたい。
前もって伝えておくが。
当然ながら、『儀式』は失敗する。
当たり前だろう、どんなに身体に目を描いたって、『百眼』なんて存在になれるはずもない。
ぼくが万全であろうがなかろうが失敗するのが当然の帰結で、つまりぼくの状態なんてそもそも関係ないわけで――
ただ――
――やはり、これだけは正直に、告白しておくべきなのだろう。
最終的には、ぼくのほうから『儀式の日』を心待ちにしていた、と書いたことに間違いはない。
この状況が『地獄』のように感じられて、はやく一区切りつけたい、と願っていたのはまぎれもない事実であり――もちろん『儀式』を終わらせたからといって小林さんの『告白』まで解決するわけでもないのは重々承知していたが、もはや『百眼』のイメージと小林さんの件はぼくのなかでほとんど一つに絡み合ってしまっていて、『儀式』にそなえようとすれば小林さん(とそのスカートの下)を思い出し、スカートを見つめてしまっては無数の『目』の気配を感じ取り、どこにいても追いつめられているような感じで気が休まらず、夢にまで見るありさまで、とにかくはやく、片方だけでも、この状況を終わらせてしまいたかった。
――という気持ちに嘘はない、のは確かだが――
ただ、……やはり、女子のスカート下を想像することに、不安や恐怖だけではなく、自己嫌悪するほどの罪悪感があったというのも事実で、それはつまり、それがよくないこと、褒められないことであるのを認識していたということで――
心のどこかで、先輩の『スカートの下に隠されているもの』を見られる日を心待ちにしていた可能性は否定できないだろう。
そう、たぶんぼくは、心のどこかで――怖がりながらも――
きっと。期待していたのだ。
見ようとしても見られないものを。見られる日がくることを。
罪悪感に怯えながらも。本能的などうしようもない部分で。
きっと。楽しみに。
きっと。そのせいで。あんな失敗を――
とにかく。こうした日々を経て――
『儀式の日』当日――期末試験期間一日目終了後の午後、ぼくはおそるおそる、『暗室』に足を踏み入れた。



