「オレがターゲットを呼び出す。オマエがノコノコ出ていく。コクる。シンプルだ。上手く行けば夏休みいっぱいを彼女とキャッキャウフフ出来る。失敗してもオレが腹を抱えて笑うことが出来る。誰も不幸にならない、適度な刺激のWIN-WIN方程式だ」
「はあ……ま、どうでもいいけど、で、どうすんの」
「ターゲットは三組の貴家なんかいいだろう。オマエこの前武井に絡まれた時、アイツのこと庇ってただろ。悪くねえな? ハハッ、どんな罵詈雑言でオマエがボコボコにされるか──いや、成功すればあれだけの上玉だ。自慢出来るぜ。ま、もうネマワシばっちり声はかけてある。あとは放課後体育館裏だ。古今東西、告白っちゃそういうモンだからな。風情があっていいだろ」
「はあ……ま、どうでもいいけど…………はぁ?」
ガタッ、と体勢を崩して素っ頓狂な声を上げると、暢気に弁当をつついていたクラスメイト達が何事かと視線を寄越してくる。いやあなんでもないなんでもない食事中すまなかったねハハハとばかりにごまかすのもそこそこに、爆弾発言の主を切れ味鋭く睨み付ける──が。
「まあそんなガチの真顔になんなよ。いつものことだが」
硬派(笑)が、硬派(微笑)と硬派(含笑)と硬派(ニヤけ面)をミキサーで混ぜたような表情を浮かべていた。コイツ絶対硬派じゃないだろバカか、と脳内のかすかにビンタしてやった。どうでもいいが脳内かすかはいい笑顔をして鼻血を噴いた。わーい、じゃないんだよ少しは抵抗しろ。
別に将臣は、告白ゲームそのものを否定しているわけではない。いや、それも大概だが、そんなものは拒否すればいいだけだ。むしろ重要なのは話の後半、半分マナーモード状態になっていてさえ聞き逃せぬ名前を耳にしては、マナーなぞ気にしている場合ではない。
「お前よりにもよってそういう遊びで触れちゃいけなそうな相手を……いや、そもそも相手の問題じゃないだろ。いくら梅雨が長かったからって脳にカビでも生えてんのか。何考えてんだよ」
「演歌歌手みたいな名前なのに『日本語が通じない日本人』だの『ゆんゆん女史』だの散々言われてんな。だが、美人だぞ? 成績優秀だぞ? 実家金持ち(噂)だぞ? 量子レベルのトンネル効果で彼女にでもなった日にゃクラスカースト『ザ・凡庸』のオマエだって二階級特進間違いなしじゃねえか。刺激的だな?」
「お前それ俺死んでるし。トンネル効果とやらがどんな効果的なものかは知らんが、要するに成功する確率なんてないに等しいって言ってんだろ」
「当然だろ。成功しちまったら、オレは美人の彼女持ちになって有頂天のオマエを見るんだぞ? 何が楽しいんだそれ。拷問かよ。ダウナーキマって夏休み乗り切れねえよ」
とんだ強硬派がいやがったものである。
「俺がそんなのに従うと思ってんならアホ以上のドアホだな。さっさと『呼び出しは間違いでしたごめんなさい』と頭下げて来いよドアホ」
「本家アホだってたまには確変くらい起こるだろ。じゃあこうしよう。今日に限ってアイツはプレーンベーグルを買ってこない。そうしたら楠木将臣クンは告白実行だ。ホレ賭けてみろ日常の守護者」
「バカげたことを……俺にメリットないし、賭けにならない」
「一理ある。じゃあ、アホがいつも通りなら、オレがコクろう。オレが玉の輿に乗る」
将臣は冷静に計算した。こんな硬派のナリで実は割と真面目で成績優秀な啓示には遠く及ばないが、数学はそこそこ得意だ。中学の時に円周角の定理をエン・シュウカクという中国人が考案した定理だと思い込んでいたくらい得意だ。
かすかが購買でパンを買うようになって半年くらいになるが、そのうちフランスパンとプレーンベーグル以外の組み合わせを買ってきたことなんて数えるほどしかない。購買の臨時閉店で近所のコンビニに行かざるをえなかった時とか、購買新商品半額フェアで普段来ない弁当組が物珍しさで流れ込んできた時とか、それくらいだ。
今日は購買が開いてるのを知っているし、フェアもやっていない。
なら、これは勝てる戦いだ。エン・シュウカクさんも言っている。『汝、勝てる戦いだけをするアルよ。負ける戦いをする必要なんて、ないアルよ』──アルのかないのかはっきりしろよと言いたいが、要するにそういうことだ。
何より、硬派でおなじみの啓示がフラれて撃沈する面白現場を逆に目撃出来る。成功? ありえない。何故なら既に解説した通り三組の貴家雲雀に日本語は通じないという噂だからだ。
必勝の針は振れている。そしてこの追い打ちだ。
「ホレたハレたでコクるの何だのって、いかにも『普通』の高校生の夏っぽいじゃねえか」
その挑発が将臣の性格を見透かしたものであることは百も承知。だがその言葉が持つ強さに将臣はどうしても抗えないのだった。
普通の、という修飾がつくだけで、吸い寄せられるように魅力を感じてしまう。
「……オーケー乗った。どうせこんなに退屈な日常は、そう簡単に揺らがない」
そうとも。そう簡単に揺らいでもらっては困るのだ。
でなければ、また将臣はあの異端の入学直後に逆戻りしてしまうのだから。
「くっくっくっ、ま、そうだな。だが──」
ガラッ、と教室のドアが開いて、かすかが両手のパンをぷらぷらさせながら突入してくる。
いつも能天気な笑顔が特徴のアホが、少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。
MPも消費アイテムも全投資でひいこらとボスを撃破した後の会話イベントで、『我の真の姿』云々とか伏線もなくほざき出してきた時のような、極めて嫌な予感がした。
「オマエもよーく知ってんだろ。普通の日常が揺らぐことってのも、ないわけじゃないのさ」
ごめんよーまさか売り切れなんて思わなくてさー。はい、代わりの黒糖ベーグルね。
かすかが差し出したのは、どう見たってプレーンじゃない色あいの黒ベーグル。白髪のかすかが持つとより一層その色合いが極まって見える。ああ、ハムとチーズとレタスでも挟めば憎たらしいくらい美味しそうだ。
手渡されたそれをマジマジと眺めていると、怒られると思ったのかかすかがしゅんとした顔をして小柄な体をさらに縮こまらせる。長めのもみあげも叱られた犬のしっぽみたいに弱々しくぶらさがっており、制服スカートの端っこを所在なさそうにちょこんとつまんで、だめ? と上目遣いをしてくる。誠に遺憾ながら似合いすぎるくらい似合っているので、将臣のチンケな良心のためにもぜひやめてほしい。
「いや、気にすんな。別にこれが嫌いってわけじゃないし。売り切れじゃ──」
──売り切れ、ね。
言葉尻を喉の奥につまらせながらかすかに小銭を渡して、啓示を一瞥する。
啓示は、変わらずずっとニヤついたまま。よって察した。
「お前、仕込みやがったな?」
「さすがオレの悪友。分かってらっしゃる」
周到にも自分のカバンを机から持ってきて、ひっくり返してみせる。
どさどさと出るわ出るわのプレーンベーグルが一、二、三、たくさん。購買のおばちゃんもさぞ首を傾げたことだろう。大して人気もないメニューを朝から大人買いしていく茶髪ロン毛なぞ目撃しては。
「医者の息子め。金の力を存分に振るいやがって。そうまでして俺をピエロにしたいのか」
「はっ、利用出来る力は何でも使うんだよ。それがオレの利になるなら、躊躇う理由がねえ。第一サーカスのピエロに金を払うのは当然だろ。観客の義務ってモンだぜ」
どしたのどしたの険悪だよー? とおろおろするかすかに、大丈夫だ、と啓示がサムズアップしてみせる。かすかはアホなので意味も分からず、なあんだ大丈夫か、とつられてサムズアップ。
「さ、いい男っぷりを見せてくれピエロクン。退屈の連鎖という懸念材料は夏休みまでに断ち切っておかねえとな。──ま、たんと食べてくれ。このプレーンベーグルはオレのおごりだ」
三人でバカやっていれば、退屈なりに学校生活は楽しい、と将臣は満足していたのだが。
「……ま、いいよ。どうせ一度限りでお払い箱の、三流道化だしな」
今日はどうやら、ゲーセンに寄ることが出来ない程度には、波乱に満ちそうである。