ことの真相はこんな男子達のゲス極まりない戯れであり、将臣のメンタルがどうであれ、好きでもない女子に告白するなんてのは仁義にもとるクソ行為と呼んで差支えないのだが、蓋を開けてみれば成功なわけで、高校二年の男子にはこのギャップを容易くリカバリーするスキルは皆無に等しい。もちろん自業自得と書いてざまあみろと後ろ指をさされるような話だが。
「……えっと、ちなみに、いいか?」
「なに? 一応もう恋人同士なんだから、そんな前置きしなくても、遠慮する必要はないわよ?」
「何でオッケーしたの? 俺ら、ほとんど面識ないよね?」
「面識がなければ彼氏にしてはいけない、なんて法律か校則なんてあったかしら」
「いや、ないだろうけどさ……」
「第一あなたが付き合ってって言ったんだから、むしろ何で?」
──罰ゲームだからね(真顔スマイル☆)。
言えるわけがなかった。たとえ浅はかなピエロであっても、客の前で化粧を落とすような真似は出来ない。何せプレーンベーグルは三個も食っちまったのだ。
「えっと、まあほら、夏だからな。普通に可愛い彼女の一人も連れて歩きたい季節だろ」
「そう。夏だから、ね。思春期ならそういうのも悪くないわね」
さて、放課後の逆転劇が明けて、二人はまるでカップルのように並んで下校していた。
まるで、も何もカップルなのだが、将臣の感覚では噓が乾く前の上塗りのような状態で、頭の中は油絵のごとくグチャとグチャが悪魔合体してグッチャグチャ。当然付き合いたてのラブラブ感を楽しもうなどと到底思えない。むしろ剣豪同士の真剣勝負、間合いの測り合い、食うか食われるか、そんな殺伐とした気分だった。こんな普通はあり得ない。だって相手は貴家雲雀なのだから。
ちらり、と密かに横目で隣を歩く女子を見る。
夕日に照らされて映える整った顔立ち。見れば見るほど美人。化粧には詳しくないが、そんなものが余分にしか見えないくらい、既に完成されているというのが将臣の感想だ。背だって男子として平均以上くらいの将臣とそう大きく変わらない長身だし、夏服から伸びる手も足もすらりと長いし白いし何より姿勢がいい。単純明快明瞭簡潔、そう、美人。美人なのである。
「さすがに失礼が過ぎない? それとも私の顔、どこか変?」
「いや超美人だと思うけど」
何故か目を見開いて雲雀が驚いた。驚くようなことだったろうか。だって美人なのに。
「あんまり面と向かってストレートにそういうこと、言われたことなかったから」
「あ、そう……すまん」
「いえ、言われて悪い気はしないから構わないわ。彼氏だものね?」
言われなかっただけで自覚はあったということか。ま、そうだろう。これで『容姿に自信がありません』なんて言った日には、他の女子から夜討ちに遭うに違いない。
それっきり会話が尽きた。なまじ帰る方向が同じで、しかも駅までは徒歩で、そしてそこそこ歩く距離があったのが不幸であった。何故女子と二人並んで帰るのに通夜みたいに無言を通さねばならないのか。こんな理不尽があるなんてエン・シュウカクさんは教えてくれなかった。
感情が顔に出ないミスター能面こと将臣も、念願の初彼女とはキャッキャウフフといちゃつきたい憧れを抱く年頃である。繰り返すが、キャッキャウフフは重要なのである。カップルが目指す先は、断じて通夜ではない。
調子狂うなあ、と将臣は内心で天を仰ぐ。単なるピエロのはずだったのだが、もはやピエロではなくて彼氏である。おまけに相手は言葉が通じない美少女でお馴染みの貴家雲雀。現状認識はそれで間違いない。ないはずなのに。
──日本語、通じるんですけど。
何を当たり前のことを、と将臣を責めるなかれ。
貴家雲雀といえば、去年入学した当初から学校随一と評判の美少女だったわけだが、同時に、恋人にはしかねる美少女としても有名だった。
何故なら彼女の評判には必ずついて回る尾ひれがあって、『その言動がエキセントリックかつファンタジーで、どんなナンパ男でもすぐに音を上げてしまう』のだという。宗教がどうとか頭の構造がどうとか、言いようは様々あれど、どの噂にも共通するのが『意思疎通が出来ないんじゃ、どんなに美人でもマネキンを連れるのと変わらん』というコミュニケーション不全に類する情報。せっかく医療大病院が近くにあったって、本人との会話が成立しないのでは治療の施しようがないわけで、優秀な医者でも匙を投げるであろう女子を彼女にするには、そんじょそこいらの男子高校生ではハードルが高いと将臣も思う。
将臣個人としては委員会も部活も入っていないので、他クラスの女子というだけでそもそも絡みが発生しないから、そういう噂だけの先入観が独り歩きしていた状況なのだ。
そして彼女にはしかねる美少女を彼女にしてしまったからには、そんな会話のドッジボールだか電磁波による脳内破壊だかの洗礼が待っているものだとばかり思っていたのに。
「……普通じゃん」
「何か言った?」
思わず口にしてしまっていたらしい。あっ、と迂闊を呪ってもどうなるものでもない。
逆にこれは好機なのかもしれない。その噂ゆえ孤立しているとも聞くし、実態を知る生徒なんてほとんどいやしない。興味がないと言えば噓になる。元々断られることを前提に告白したのだ。ならばここでポイントを下げて結果破局となっても、プラスマイナスゼロ。大して絡みもない女子の機嫌を損ねたところで失うものはない……はず。
そこまでの打算を働かせて、攻勢に転じてみることにした。ほとんどノーガード戦法だ。
「いや、美人は美人だけど、思ったより普通なんだなって」
「……あなたも、私を変人だと言うのかしら。知ってて告白したんでしょう?」
「逆かな。変人だっていう噂ばっかり耳にしていたから、全然そんな印象がなくて困惑してる。正直、もっとクレイジーな言動で引っ張りまわされるんだと思ってた。だってほら、さっきも〝ガーディアン〟とか言われたし、一事が万事そういう路線なのかと」
「正直なのね。そんなに真顔で正面きってそこまで言えるって、なかなかのものよ」
呆れたような口調。だが、怒っている様子はない。むしろ感心されているように思えた。
もう一歩、間合いを詰めてみる。それこそ剣豪ならバッサリ両断してくる距離か。
「自分が学校でどういう風に言われてるか知ってる?」
もちろん、と雲雀は表情を変えることなく頷き、
「学校での噂については私も知っているけど、むしろ厄介払い出来ていいくらいにしか思っていないわ。学校一の奇人変人だと思われていれば、鬱陶しく声を掛けられることもないし、」
「なんだ。じゃあ噂はやっぱりただの噂──」
「──実際、私は奇人変人の類だから」
えっ、と声にするまでもなく、将臣の内心は不意打ちに歪んでいた。
髪留めに手を触れながら呟く雲雀と、目が合った。その曇りのない瞳と、遭ってしまった。
「噂は大体本当。だから不当な風評ではなく、正当な評価なのだから、文句を言える筋合いではないわ、そう思わない、〝ガーディアン〟?」
ぞわり、と背筋を寒気が這った。
〝ガーディアン〟と将臣を呼んだ雲雀の表情は作り物めいていて、その過度な美しさが逆に無機質な冷たさを助長していた。だが、一度交差してしまった目線を離せない。綺麗な薔薇のトゲ、綺麗な虫の毒、綺麗な女の魔性。要するに怖いもの見たさ、みたいなものだろうか。
将臣は歩道の真ん中で立ち止まった。景色はセピアに色素が抜け落ちて、将臣と雲雀だけに色づくことが許される。通りかかる車も、空を舞う鳥も、誰かの話し声も、不意をつく風でさえも、二人の世界を妨げることはない。無意識に足が縛りつけられたのか、本能が慄いたのか、──単純に、見惚れてしまったのか。
雲雀も数歩先で立ち止まっていた。微妙に開いた二人の距離が、心の距離でもあった。
「教えてあげる。私という女の電波。それでもあなたが望むなら、改めて恋人になりましょう。嫌になったなら、それも構わないわ。クーリングオフ出来る恋人なんて、なかなか消費者目線でしょう? どうせ崩れるジェンガなら、最初から積み上げなければ効率的よ」