気取ったようでいて、少し照れくさいのか、視線が泳いでいる。意外な一面を垣間見たようで、買い物では手ぶらの帰還となったものの、結果としては得した気分だ。
せっかくなので堪能させてもらおう。
夏らしい薄水色のワンピースに白い薄手のカーディガン。お腹の上あたりを小さな群青のリボンで絞ることでアクセントのついた嫌味のない清楚感は、整った器量によく映える。長い髪はさすがに暑いのか一本に束ねられ、絹糸で出来た清流のように背中を流れている。ちなみにやや色素の薄い茶色がかった髪質なのだが、これは地毛らしい。
綺麗だね、とも似合ってるね、とも言えずに『あの色だと頭髪検査とか大変そう』くらいの感想しか出てこないのが将臣である。ここに日向がいれば減点一万は下るまい。
さらに将臣の目線を下に流してみよう。決してよこしまな気持ちではなく、あくまで休日の貴家雲雀に迫りたいというドキュメンタリーテイストの心理である。
今はテーブルの下に隠れて見えないが、制服スカートと同じくらいの露出度なのに、白磁のような美脚が異様なまでに引き立っていた。長い! 細い! 白い! の三拍子花マル。私服女子の破壊力は大したものだ。ちなみに余談すぎる余談だが、将臣は脚フェチである。
「率直な感想だけど、やっぱり失礼ね。もう少し視線を隠した方が紳士的で好印象よ」
「こっちも率直に言えば彼女をガン見して何が悪いってんだ。俺は俺が勝ち取った特権を行使しているだけだからな。いやマジいい脚だ。ノーベル美脚賞を授与してもいい」
「褒められて喜ぶところかしらね、今のは……ノーベルが草葉の陰で泣いているわよ」
呆れ混じりの溜息も、別段気分を害したという様子はない。
少なくともこんな他愛もない会話をポンポンとやり取り出来るくらいには、お互いの垣根は低くなってきたように思う。雲雀は物静かに淡々と物色して買い物をするタイプのようだったが、それでもウィンドウショッピングの最中におけるメインはあくまで会話、という感じで、店そのものに興味はなくとも、雲雀の普段の生活の一面を見られたりとか、それなりに退屈はしないで済んだ。実はプーさんとか可愛いものが好き、からの、それじゃあファンシー雑貨でも……という流れだったりする。
もちろん、越えるべき心理的障壁はこれからまだまだ何枚も立ちはだかる予定なのだが。
「とりあえず飲み物とってくる。何がいい?」
「自分で行くわよ、それくらい」
「俺に行かせろよ、それくらい」
「……それじゃあ、ホットの紅茶をお願い。ありがとう」
「お安い御用だ」
言うが早いかドリンクバーのコーナーでホット紅茶と自分用のコーラを淹れる。夏でもホットか、と経験値の低い将臣にはこれが女子特有なのか雲雀特有なのかを判断は出来ない。
ぷしゅーという気の抜けた音を鳴らしながらコーラを装塡しつつ、今日の午前を振り返る。
炭酸の音のように、拍子抜けしなかったかと言えば噓になる。それは今も進行形でそうだ。
二人は普通にカップルだ。電波も磁力もゆんゆんもない、ありきたりの、カップル。
こんな展開を望んでいた部分もあり、しかしこんなはずじゃなかったとも思う。まさか退屈を感じているわけでもなし、波乱を望んでいるはずもなし、自分でも嚙み砕きようのない感覚に、もやもやとするばかり。
切り込んで、みるべきなのだろうか。
「はいよお待たせ」
「いただきます」
育ちの良さが滲み出る所作で、雲雀が安物のティーカップに口をつける。
同級生のはずなのに妙な艶めかしさを感じて、将臣は少しだけ気持ちがざわついた。
「ほいじゃ──本題と行きますか」
「そうね。先延ばしにしても、お互い腹の探り合いになってしまうだけだし」
これはこれで楽しいから探り合いをずっと続けてもいいけど、と言えれば手慣れた感のあるイケメンだったのかもしれないが、生憎そこまでの胆力は将臣にはなかった。
「今度は、ちゃんと聞いてくれると助かるわね?」
雲雀の姿勢は最初からぴんと背筋の通った綺麗なものだったが、その上でさらに真っ直ぐと将臣を見据えてくる。落ち着き払って、と言えばいいのか、動揺している様子はない。まるで何度も見たことのある映画を眺めているかのようだった。──その余裕は少し、癪に障る。
将臣も居住まいを正した。どんとこい、と口の中で覚悟を転がす。
「精神界、というものがあるわ」
知ってる? でも、聞いたことがある? でもない断定から話は始まった。
「私は精神離脱者と呼ばれる存在で、精神界に『ダイブ』して向こうの秩序を守る救世者として向こうを主体に生きているの。あなたからすれば、そうね……異世界転移、みたいなものになるのかしら。で、こちらの物質界は仮初めの生活ね。だから本質は向こうにあって、ここにいる私は本来の私じゃない。つまりあなたと付き合っても、私はこちらにある全てを蔑ろにしてでも精神界を優先する。たとえ学校にいても、デートしていても、お風呂に入っていても、ね。そんな女と、あなたは付き合いたいのかしら」
いきなりの固有名詞(?)のオンパレードに困惑する。思い起こせば将臣はかつてこういう小説を読んだことがある。世界観の説明をするために冒頭から固有名詞を列挙して、辞書でも読んでるような気分になるまま話が進んで、置いてきぼりのまま読了してしまうみたいな、そんな設定説明ジェットコースター。雲雀さんのゆんゆんアトラクション、開幕。
一度取り残されれば、後戻りは出来まい。頭は最初からフル稼働だ。
「とりあえず君が趣味か何か知らんが優先したいものがあって、それにかまけている時は相手してやれないが、そしてそれは割と高頻度だが……要するに俺にほとんど構うことはないが、付き合い続けんのか、みたいな話で理解出来てるか?」
「そうね。趣味ではなく、使命というか……宿命のようなものだけど」
「大げさだと思うが、大げさじゃないんだろうな。だって君真顔だもん」
「ええ。あなたと同じ真顔で、いたって大真面目よ。私、噓つきって嫌いなの」
「ほ、ほう……噓つきは嫌いデスカ」
「何か思うところがあるのかしら」
「とんでもない。噓つきはピエロの始まりだからな」
「遠まわしに私をピエロに準えたいのなら、そう言ってもらって構わないけど?」
茶化しているわけではない。雲雀の表情は真剣そのものだ。
決して『昨日寝ずに考えた新作小説の設定をこっそり教えてあげる』とかそういう類の目つきではない。必要なのは批評でも感想でもまして意見でもなく、将臣の選択。
「それで……その、何だ。精神界? に行くってのは、どうやるんだ?」
「意識を集中すれば行けるわ。あるいは、強制的に召喚したりされたりということもある」
「その間君はどうしてるんだ? 異世界にでも飛ばされて、消えてなくなるのか?」
「私の身体は精神界に連れて行けないわ。高次元へと昇華出来るのは精神部分、つまり意思とか、心とか、そういう輪郭のないモノ。だから精神界なのよ」
なるほどこれはゆんゆんしている。この界隈で動画とか見ている人、映り悪くなっているかもしれないな、という皮肉は、かろうじて半開きの口の中へと押し込むことに成功した。
そして淀みなく続くわ続く精神界とやらの世界観。やれ精神離脱者としての覚醒、心得、世界の命運を賭けた闘争──初彼女との初デートで正面切ってこんな話をする経験なんてそうありはしないだろう。
効きすぎなくらいの冷房を頭いっぱいに浴びても、やや熱気が残る。そのくらいフル稼働でも追いつかない強度の電波を受信すべく、無理やりクールダウンしてみる。
将臣もゲームや漫画くらいは嗜むので、『そういう設定のお話』として考えれば、そこまで理解は難しくない。ある種の懐かしささえ感じるほどだ。しかし当然現実味はない。ここではない本当の世界が別にある──中学時代ならワクワクさえして飛び乗った冒険の船なのかもしれないが、このご時世、クーラーもついていないような船には乗れないのである。だって現実的じゃないし、普通じゃないからだ。
「しかし、精神界ねえ」
「信じてもらう必要はないわ。私はそう信じているというだけだから」
何かをこらえる仕草で髪留めに触れて、彼女はそんなことを言う。