突き放した態度は本音か噓か、いまいち読み取ることが出来ない。だが、将臣には少し雲雀が寂しそうな顔をしているように思えた。理解してもらえないから仕方ないのだ、と自分に言い聞かせているようで。
恋は盲目という言葉がある。思い込めばクロでもシロになるというある種の精神世界だ。雲雀が自分の電波的な一面を信じ切っているのと同じように、将臣が雲雀を信じ切ることが出来れば、付随する事の正誤はさして重要ではないのかもしれない。そう考えると、少し物事をシンプルに捉えられるような気がした。
「何か、証明は出来るもんなのか? その、ダイブだか何だかいう」
「出来ないわね。──いえ、出来ると言えば出来るのだけど……結局信用の問題だから」
「いいぜ、やってみてくれ」
将臣は即答した。
手段があるというのなら、何にせよ見てみなければどうしようもない。全て脳内で完結していると言われればお手上げだが、噓が嫌いだという雲雀が不可能と断定していないのだから、信用という担保は将臣が負えばいいだけの話──とそこまで考えてから、おや? 内心で首を傾げた。
──何か俺、結局前向きになってないか?
当初は噓告白をどうして終わらせようかと考えていたはずなのに、今は雲雀の電波を信じる手段を講じている。曖昧で不確かで隙だらけの理屈に、信憑性を求めている。ただ、雲雀がそう言ったから、それだけの理由で。
──どうせ無理なら、から、無理じゃなくするには、ってか。
どう転んでもどうでもいい、心の奥底でそう思っていたのは間違いない。スタートからして間違いなのだから、それがリセットされても元に戻るだけ。将臣は退屈と平凡な世界に戻り、雲雀は精神と妄想の世界に浸る。互いに平行線を引き直してさよなら。
だが、罰ゲームのネタばらしをする気なら、昨日の放課後、二人で話をした時にやっている。雲雀でさえクーリングオフという破格の示談を提示していたのだ。啓示への事後報告もすっぽかして、それっきりにしないことを選択したのはもちろん将臣で、だったら最後までその努力を続けなければならない。せっかく日向に査定までしてもらったのだ。男の沽券の半分は有言実行に対する意地。もう半分は見栄に他ならないが、意地と見栄、十代が賭ける青春としては実に結構なことだと将臣は思う。
それが普通の高校生だ、と。
「あなた、全然普通じゃないわね」
「……失礼だな。俺ほど普通を目指している男もいないというのに」
実に心外な話だった。
そう感じてしまうことを、普通じゃないと言われているのだろうか。普通とは難しい。
「大体決まってヘラヘラ近づいてきて、少し話を聞かせてなんて思ってもいないことを言って、いざ聞いたら聞いたで気味悪そうにする。デートみたいなこともしたけど、私の話を聞いただけで頭を抱えるか、こんなはずじゃなかったって逆切れするか、トイレに行くふりしてそのまま帰るかするのに。昨日も今日も、あなたはいたって真面目な表情のまま──こうしてまともに話を聞く姿勢の時点で……どう見ても危険な相手に、証明してみろなんて発想になるのは、本当、普通じゃない」
その輝かしい戦歴は恐らく実話なのだろうが、彼氏だとか電波だとか以前に、普通の人としてやっちゃいけない対応集みたいな感じさえする。分かりづらいが一応、褒められているのだろうか。
「ナンパや強引な口説き方ではなくて、呼び出して告白なんていう、今時珍しいくらいのまっとうな手段で私を口説いたのはあなたが初めてだけど、そうね……」
雲雀は幾ばくか迷う様子を見せていたが、将臣が茶化すわけでもからかっているわけでもないことを悟ると、不安と安堵が交互に透ける濃度の溜息を吐き出して、
「じゃあ、今から私は少し気を失ったように見えるけど、気にしないで。多分──十分もすれば戻るわ。それまで、黙って見ていて」
「分かった」
「あと、もう一つ。これはとても重要なことなんだけど。本当に信用の問題だから、あなたを信じているから、こうするのよ?」
ちらちらと上目遣いをして、言うのを躊躇うような仕草に鼓動が跳ねる。もしかしなくても雲雀の容姿は美人だ。だがこんな彼女は美しいというよりも、可愛い。
こんな表情が見られるなら、真夏の狂気だって、決して悪くないと思うくらいには。
「何だよ改まって」
「──私がダイブしている間、変なことしないでね」
悪魔も凍える微笑でそう言うや否や、雲雀の身体がぐらりと傾いだ。
将臣が面食らっている間に、テーブルにやんわりと突っ伏して、それきりまるで動かない。尻尾のように髪が垂れた背中はまるでアスリートが全力疾走でもしているかのように浅い間隔で上下しているが、本人の寝顔(?)はいたって平穏。もちろん呼吸が止まったわけでもない。本人が宣言していた通り、これがダイブしている、という状態なのだろう。
見た目には、古文の授業中に戦略的爆睡を決め込む啓示や日向ぼっこ中のかすかの居眠り姿と何も変わらないように見える。この程度を根拠に精神界とやらを証明するには、やや難儀なものではないか。それとも、他に『そうである』証明が出てくるのだろうか。
それともう一つ、将臣にとっては男の沽券的にどうしようもない問題がある。
「カップルでファミレスに来てて、彼女に爆睡される彼氏って傍目にはどうなのかね。普通……じゃないだろうな、たぶん」
もしかしてこの羞恥プレイを見通しての、『あなたを信じている』発言なのだろうか。
貴家雲雀。文字通りさすがの女である。
これが学校の休み時間なら瞬きでもしてれば過ぎるものだが、ただその場に居るというだけで十分という時間は意外に長い。この状態の雲雀を置いてトイレに行くのも何なので、ジャケットだけかけてやった後は黙って眺めているしかないのだが、本人がダイブとやらで何をしているかは不明な上に、その外側の世界である将臣とファミレスには何の変化もないのだ。
仕方なくスマホでニュースアプリでも立ち上げて流し読みを始める。『デキる男は時事ネタに強いんよ』という日向の謎の煽り文句により渋々入れたアプリだったが、こうした時間潰しには格好のツールである。
曰く、今年の夏の流行ファッションは〝シノビ〟! 和装束であの子への忠誠心を示せ!
曰く、謎の人体傷害事件発生。白昼堂々の悲劇に、FBI超能力捜査官が挑む一部始終。
曰く、絶品スイーツ! シロップオンシロップで、胸焼けするくらい甘々な夏を!
曰く、罹患者増加中のCCD。その発生傾向と臨床薬を医療大病院研究者が提示。
曰く、あれから一年。あの事件の後を追え。未解決事件ファイル第二弾。交通事故編。
曰く、曰く、曰く────
ニュースというよりゴシップ誌のネタコラムみたいなのも混じっているが、二つ目のトピックの事件現場のうちの一つは何とここ、沓名市──の隣、葉佩市である。確か啓示とかすかがその辺に住んでいたはずなので、あまり他人事でもない。今度噂でも聞いてみようかと思うが、超能力捜査官に任せておけばきっと大丈夫だろう。何と言っても超能力だ。雲雀の言う精神界よりは現実的なのかもしれないし、少なくとも将臣が出しゃばる理由はない。
次のスイーツ画像は、これはもうダイレクトに胃を炙るような甘味テロで、ホットケーキがシロップの風呂を満喫しているようなものだった。女子といえばスイーツなのだから、雲雀もそれなりに嗜むかも……と期待したのがアホらしくなる。彼女の糖尿を促進する彼氏になどなるわけにもいかない。却下。