妖精の物理学 ―PHysics PHenomenon PHantom―
一章「神戸グラビティバウンド──Reverse city──」 ⑦
生徒から茶化されて、カナエは自分が少し語りすぎていたことに気がつく。
「……
「あ、なんか、すいません!」
「すまない、嫌な言い回しをした僕が悪い。……実は僕も、
講師は柔らかな笑みを浮かべながら、教科書を手にとった。
「さて、長話をしてしまったかな。生徒諸君、待たせてすまなかった。授業を再開しようか」
カナエは
──なぜこんなに楽しい授業をサボっていたのか?
+++++
それからの一時間は、カナエの高校生活の授業の中で最も有意義なものと言えた。
「……少し脱線しすぎたね、授業に戻ろう。では、『おとぎの語り手』とも称される『Fairy Tale'r』、僕たちが携帯で使う制御アプリ『エフティ』は、『ストレンジコード』と呼ばれる特殊言語でプログラミングされている。この『ストレンジコード』とはそもそもどういうものかね、
またそいつに
「コアプログラムを記述する未知の言語です。ただ『ストレンジコード』自体、『エフティ』の発明から八年
「まさしく、『ストレンジコード』は今現在でも解析できない未知の言語だ。そして唯一の答えを知っていた
そうやって講師は右手の時計を見やる。時針は一〇時四〇分を指していた。
「もうこんなに
カナエ自身、ここまで時間の経過を実感できない授業は初めてだった。
大いに満足していた。
しかしカナエは、久しく感じた談論の楽しさによって、肝心なことを忘却していた。
なぜ、自らの選択で
──座学の次に、待ち受ける科目を。
「さて、座学はここまでだ。実習に取り掛かろう」
先ほどまで座学に一切の関心を示さなかった生徒たちは、実習の段階になっていきいきとしだした。
談笑しながら
幽体化によって収納された『
三〇にも及ぶ空間の揺らぎが発生する。
広がり合う波紋は結合と飛散を繰り返し、やがて生徒と同数の『
生徒たちは、ニヤニヤとカナエとレヴィを見つめる。
まるで何かを期待するように。
「さて、
そう言われたカナエは、──笑顔のまま固まっていた。
「あっ、と、その、えっと……」
「どうしたのかね? 『
はっとしたように、レヴィは目を見開いた。
何か言おうとする口を、必死に自らの手で塞ぐ。
「その、レヴィは……」
「センセー、その妖精なんもできないんすよ」
「そうっすよ。
生徒の飛ばす野次の一つ、「ポンコツ」という言葉にレヴィは肩をビクリとさせた。
少し前まで
講師は不審がるように首をすくめた。
「どういうことかね? 君の『
「…………」
カナエは無言を貫いた。
しかしその沈黙こそが、何よりの肯定だった。
「それはおかしいだろう。何せ、『
そんなものは存在しても意味がない、カナエには言外にそう聞こえた。
カナエは何かを言わんとして、口を開いては閉じる。
その口をパクパクとさせる仕草を面白がった生徒たちが、連なるようにカナエをからかった。
「あいつ金魚みてーだわ。餌でも待ってんのか?」
「急にしゃしゃり出て来たからねー。ざまあみろって感じ?」
「妖精がポンコツなら、本人もポンコツだよね──」
ざわめきの中、誰かが発した言葉に対して、レヴィは声を荒らげることを我慢できなかった。
「──カナエさまはポンコツじゃありませんっ!! ポンコツなのはわたしだけですっ!」
レヴィは怒鳴ったあと、無力感に
カナエは教室のざわめきを無視して、焼け溶けた制服の袖で濡れるレヴィの目元を拭った。
「カナエさまっ、くすぐったいです……」
「
レヴィはごしごしと頰を
「でもっ、わたしが何もできないせいでっ!」
「何もできないってなんだよ。紅茶
「わたしには『
「いらねーよそんなもん。友達が火吹いたり空間凍らせたりできないと絶交するのかよ?」
教室中の嘲笑はより高まった。
カナエを擁護しようとした講師でさえ……口をぽかんと開けて固まった。
講師はこれまでの好意的な対応とは打って変わって、理解できないものを見る目でカナエを見やった。
そして思わず尋ねてしまう。
「──君はいったい誰と話しているのかね?」
カナエはつい口が滑ってしまったとでも言いたげな、気まずそうな表情を浮かべた。
しばし頰を
「そこのレヴィと、話してました……」
講師は言葉を失っていた。
「センセーそういえば土曜日以外見ないよね」
「
「じゃあアイツのこと知らないのも仕方ないな」
「いやいや、知ってたらあんな親しげに話さないって」
「……どういうことですか?」
講師の問いに対して、一人の男子生徒が答えた。
「そいつ、妖精と会話できるとかいう頭おかしい変人ですよ」
次いで教室内の攻撃的な流れに合わせて、群れに
「いい加減お人形遊び卒業しろって」
ワンタッチ操作で携帯に録音されたカナエとレヴィのやり取りが、教室内に響き渡る。
カナエを除く他の人間に
──
その鳴き声は
音声録音に取り込まれたレヴィの激情は、異なる音階を行き来する不協和音となって再現される。
──何もできないってなんだよ。紅茶
再び
──いらねーよそんなもん。友達が火吹いたり空間凍らせたりできないと絶交するのかよ?
「……
「……はい」
悪意を振りまくクラスメイトのように、講師はカナエを責めることはなかった。
「それは興味深いことだ。本当にそうであれば、『
そして講師は、カナエを肯定するわけでもなかった。
「しかしね、『



