妖精の物理学 ―PHysics PHenomenon PHantom―
一章「神戸グラビティバウンド──Reverse city──」 ⑧
「
「そうですね。ただ昔からそうだったんで、おかしいって言われてもよく分からないというか」
「僕を含む君以外の人たちには、単なる一人劇としか認識されていないよ」
「カナエさまぁ……、わたしのことは無視してください……お願いします……うぅ、えっぐ……」
「……いやでも絶対に否定し切れないんじゃないすか? こっちとしても、ないとされているものを出せなんて言われても証明できないというか。なんちゃらの証明とかありましたよね?」
「それは悪魔の証明だよ。確かに
「すいません言ってる意味がよく分からないです」
「じゃあ仮にこうしてみよう」
そう言うと講師はキーホルダー付きの財布を取り出し、キーホルダーを目線と同じ位置まで持ち上げる。
赤のドレスを身に
それはあの伝説的な
「僕がこのレプちゃんとお
「うわー……」
カナエを含む全クラスメイトがドン引きしていた。
「さて
「すいませんちょっと無理です」
「ちなみに僕を見てどう思ったかね?」
「率直に言って気持ち悪いと思いました」
「それが君に抱く他者の感情だよ」
カナエは何も反論することができなかった。
+++++
「カナエさまをバカにするなんてっ! こんのっ! 潰れろっ!
──ドギャギャギャギャギュイーン! グリュ。ガスッ。ゴスッ。
調理場から、怨念の
「ちょっとノゾミ先生! レヴィ一体何やってるんですか!」
首から上を何かに覆われたカナエの視界は真っ暗だった。
「フルーツティーを作っている」
「フルーツティーってこんな凶暴な調理音しませんよね!」
「果物を圧搾すればより糖度は高くなる。レヴィ君だって
「どちらかと言えばこれ物理的に気を
カナエとレヴィは校内の旧実験室にいた。
現在は授業に使われていない校舎の端の実験室を、物理学の講師であるノゾミは
以前は室内に並べられていた実験テーブルは、部屋の中央に一つ見える限りであり、その周りには用途不明の実験器具が所狭しと設置されている。
カナエはその中の一つであるトンネルを輪切りにしたような装置──ノゾミがどこからか仕入れてきて改造を施した小型MRI──に頭を突っ込み、脳内データをスキャンされていた。
「ストレスを
「この機械ってそんなことまで分かるんすか!?」
「ワタシを誰だと思っている? 教室で話し相手が見つかったと思ったらすぐに見放されたな?」
「隠し事できないすね。ノゾミ先生は天才科学者です。……講師と
「随分とナイーブになっているね……ちなみに職員室で
「俺の関心と純情を返せ!」
「──カナエさまぁ! ノゾミさん! 昼食の準備ができましたっ!」
ノゾミにはレヴィの言葉は鳴き声にしか聞こえないが、そのニュアンスは伝わったようだ。
「ふむ。こちらもちょうどスキャンが終了したよ」
プシューと空気の抜ける音と共に、寝台がスライドして暗闇が晴れた。
小型MRIの上には、白と黒のフリルエプロンを着けたレヴィが座っている。
レヴィは下を通るカナエを見て
「パンツ見えてるぞ」
「カナエさまになら見られてもいいですよっ」
「色目送られても
「カナエさまのいけずっ!」
カナエは興味なさげな視線で姿勢を正すレヴィを見届けていると、ふと視界が陰った。
寝台の横にノゾミが並び立っていた。
整った目鼻立ちはどこか
カナエが乗せられた寝台の高さは、ちょうどノゾミのお
下へとはみ出したノゾミの胸部は、カナエの顎にかすかに触れていた。
うつむき加減で、眼下のカナエに
「──食べるぞ」
「何をッ!?」
寝台とノゾミに挟まれたカナエの顔は
「昼食をだが」
「意味深なことしないでくださいマジ困ります」
「はてさて、どうやら脳波がいやらしく乱れているぞ」
「いやらしくって何ですか! てかもうスキャンしてないでしょうが」
「さてはこの線形はスケ・ベータ波だな?」
「新しい脳波を作るな!」
床から立ち上がるカナエを見て、ノゾミはくっくっくと
「すまないね。童貞を
「俺がいつそんなこと言いました?」
「君は昔、同性の友達すらできたことがないとボヤいていたじゃないか。ましてや異性なんて」
「ぐっは」
──ゴスッ、ゴスッ。
小型MRIに座っていたレヴィが、不機嫌そうに足場にかかとをぶつける。
「ノゾミさんはズルいですっ! なんでわたしには無反応なんですかぁ!」
「レヴィ君は一体何に怒っているのかね? それが仮に
「分かってて言ってません?」
「ノゾミさんの
「通じないからって言いたい放題だなオイ」
「カナエ君はお人形サイズに欲情しない健全な人間に生まれたのだよ。良かったね、レヴィ君」
「良くないですっ! なんでカナエさまは変態に生まれなかったんですかぁ!」
「誤解を招く発言をやめろ!」
「わたしは知っているんですよっ! カナエさまが目を盗んでは横目でノゾミさんのおっきな胸をじりじりと観測していることをっ!」
「誰情報だよそれ!」
「ノゾミさんから教えてもらいました! 女は男のえろい視線に鋭いなんとかだとっ!」
「男子高校生の条件反射なんだから許してくれよ……って、え?」
カナエはレヴィの言葉に引っかかりを覚えた。
「いやちょっと待て、ノゾミさんから聞きましたってどういうことだよ?」
聞く、という行為は会話の成立を意味する。
レヴィとノゾミは同じく「しまった」とでも言いたげな表情を浮かべる。
やがて観念したかのように、ノゾミは白衣から携帯を取り出した。
「一応、ワタシとレヴィ君で会話は成立している。こっそりテストに付き合ってもらっていた。このアプリは試作段階だから、カナエ君には完成してから教えるつもりだったんだがね」
数時間前の教室で、妖精言語『ストレンジコード』を解読することは誰にもできないと断言され、カナエは否定された。
それをあっさりと
「ごめんなさいっ! つい、うっかり漏らしてしまいました」
「今の言葉を日本語に変換して音声再生すると」
『申し訳ありません。我慢するつもりが、思わず失禁してしまいました』
「思いっきり変換ミスってんぞ!」
「もうお漏らしなんてしていませんっ!」
『三ヶ月ほど前まで時々していました』
「なるほどねえ」
「うわあああああああああああああん!」
ノゾミは実験台に近づくと、カナエの向かいに腰掛けた。
縮こまり
「ゲロ
「それ余計喉渇きそう……」



