扉の外

第1章 ②

「食料やエネルギー配分についてですが、それはあなた方に決めていただきます。必要あるものを得てください。食料や水は、かつする心配はまずありません。それでは、配分のシステムをお教えします」


 画面の中央にトランプのハートマークが表示された。真っ赤なハートマークは、心臓のどうを表現しているかのようにしんしゆくを繰り返した。


「ハートマークはこの国の人間の数を表現します。先ほど伝えたとおり、あなた方の仕事はここにいることです。そこでほうしゆうとして、ひとりに一ポイント。要するにハートマークの数のポイントだけ収入を得ることができます。ポイント収入は、一日に二回、十二時です。時計の短針が一周するたびにです」


 のりゆきは反射的に腕を見た。いつもはめていたダイバーズウオッチはなかった。代わりにメタリックカラーの腕輪がはまっている。文字盤などはなく、アクセサリーのように見える。もちろん紀之の物ではない。

 画面の上を見ると、丸い掛け時計があり、三時十五分を指していた。ただし、それが午後か午前なのかは分からなかった。

 続いて画面に赤いダイヤのマークが表示される。ダイヤマークはキラキラと輝いている。


「その収入ポイントはダイヤマークで管理されます。要するにお金と考えてください」


 画面にはクラブとスペードのマークが表示。


「そのダイヤで購入できるのがクラブとスペードです。クラブは食料や娯楽などさいに分かれています。あなた方が快適に過ごすためのアイテムなどです。スペードはコミュニケーションに使用するカードです」


 トランプの図柄とリンクされているのかもしれない。ハートは心臓に例え、人間を表現。ダイヤは金を。クラブとスペードは何だったろうか。三つ葉ではないのだ。確かクラブはこん棒だ。畑を耕す道具。なので、食料などを表現しているということだろうか。


「そして、ここがあなた方の国と情報です」


 画面に表示されたのは妙な図だった。

 画面には五×五のマス目と、トランプの四つのマークが並んでいる。マス目には、青いスペードマークと、同じく青いカラーの丸がある。ソフィアの目と口は、画像に押しやられたかのように横に移動していた。


「まずは上のマップの説明からいたします。青い丸が、二年四組のあなた方の国の位置となります。青はあなた方の国のカラーなのです。そのななめ上に青いスペードがあるのを確認できますね。スペードは最初からひとつだけ配分されています」


 のりゆきはソフィアの説明を聞きながら、引っかかったことがあった。それが何であるかは、もうろうとする思考では分からない。ソフィアの説明も続いているので、それに集中する。


「収入について、十二時に行われると言いましたね。ただし、他の色のスペードが国を表現する丸の上に乗ると、収入はゼロとなりますので気をつけてください。マップ上のスペードは、一回の移動で三マス進むことができます。また、スペードはレーダー機能も備わっており、中心から五×五マスをさくてきできます」

「あれは何を言っているの?」


 がつぶやくように言った。意識がはっきりしてないのか、口調にメリハリがなかった。


「ゲームみたいなもんじゃないか」


 しかし、何のためにこの小さなマップがあるのか。マップに存在するのは、ひとつの国だけだ。


「スペードを動かすことのできるのは、一日二回です。十二時を越えるごとに動かすことができます。実際はタッチパネルであなた方が動かすのですが、例として私が動かしてみましょう」


 ソフィアはそう言い、マップのスペードを動かし丸の上に置いた。五×五マスのマップの中心で、丸とスペードが重なっている。


「このような感じになります。その後の細かい行動は、十二時となったら私がていねいにフォローしますのでご心配なく。それでは、最後に一番重要な作業をします。あなた方の左腕を見てください。ブレスレットがはまっていますね。それは、あなた方の生命を維持するための装置です。心音や体温データを受け取り、体に異常がないか確認するための道具です」


 ソフィアの目がきらりと光った。


「私に従う方は、ブレスレットを着けたままでいてください。強制ではありません。あなた方は自由です。ボタンを押してそのブレスレットを外すこともできるのです。しかし、一回外したら、着け直すことはできません。その場合、私のきよぜつするということになります」


 紀之はあの腕輪を見た。確かに手の甲側に小さなボタンがついている。

 わきの亜美を見ると、彼女も腕輪を見つめていた。ほかの生徒も、周囲の人間と顔を見合わせながらも、ボタンを押して腕輪を外す人間はいなかった。

 紀之は画面のソフィアを目にして、強烈な不快感を覚えた。

 ごうまんな言葉。同じだ、あの母親と同じだ。生活の面倒を見てやっているのだから私に従えと。私のありがたいお説教は一語もらさず聞き、なぐられても文句を言わず、手紙や電話もけんえつを受けろと。

 あのソフィアも傲慢な存在だ。

 同時にき上がる腕輪に対する強烈な不快感。それはにがい胃液とともに、腹からかけ上がってきた。

 気づくとのりゆきは腕輪を取り外していた。


「いいの?」


 が紀之をじっと見ている。


「ここが宇宙船なわけないだろ」


 紀之はべったりとした額の汗をぬぐった。

 頭をくらくらとさせながら視線を上げると、画面に変化があった。ハートマークの下に、三十と数値が表示されている。

 この四組の人数は三十一人だったはずだ。ということは、紀之以外の生徒は現状維持を選択したことになる。そんな現状に、ほんの少しだけ不安がつのる。

 くだらない感情などに流されず、他人と同じ行動を取ればよかったのでは?


「集計を取りました。三十人全員了解していただきました。あなた方は私が生命の保証をいたします。三十人は、これから平等にこの場所で快適に過ごしていただきます」


 ソフィアは平然と言った。

 すでにわくから外れているのだ、と、そう思った。三十人が全員なのだ。紀之はがいかんかすかな寒さを感じた。


「それでは十二時にお会いしましょう。それまでは自由にしていてください」


 ソフィアはそう言い画面から消えた。画面には、マップとトランプマークだけが残っている。

 室内はさらなる指示を待つように静まり返っていたが、じよじよにざわつき始めた。

 紀之は立ちあがり部屋の様子を見た。窓のない室内には、ずらりと大きいリクライニングシートが並んでいる。前方にはマップの表示された画面。画面は大きく黒板ほどの大きさか。画面の前には教卓などはない。

 室内後方には、いくつかの扉と、固まる生徒たちの姿がある。女子生徒は四グループほどに分かれ、男子はばらけつつも、端の方に集合していた。そんな中、室内を調べているらしい生徒の姿もある。

 紀之は頭を振った。徐々に意識がかくせいしていく。やはり、何か薬でも打たれ、ここに連れてこられたのかもしれない。

 紀之の感覚が回復すると共に、室内は騒がしくなった。生徒たちが言葉を交わし興奮してきたのだ。

 不安や疑問がうずき、室内はじよじよに混乱し始める。


「落ちついて、みんな」


 細い声にざわめきが止まった。見ると、画面の前にひとりの女子生徒が立っている。

 細いからだのシルエットは、和泉いずみれいのものだった。


「とにかく、話し合うことが先決だと思うわ」


 和泉はストレートの髪をさらりと振りながら言った。この状況で混乱している様子はない。和泉は先ほどまで室内の設備を確認していたようだった。


「やると思った」


 のりゆきはつぶやいた。彼女はいつでもクラスをまとめたがる優等生タイプだ。私を中心にまとまりましょう。勉強のできる私を中心に。そんな生徒だ。