扉の外

第1章 ③

 しかし、生徒は和泉の行動にあんしたかのようだ。張り詰めた空気がほんの少しだけゆるむ。リモコンロボットは、だれかが操作をしなければ前に進むこともできない。そんな意思のないブリキのロボットの集団なのだ、このクラスは。


「とりあえず、前に集まりましょう」


 和泉がクラスメイトを呼び寄せる。生徒たちは素直に従い、画面の前の開いたスペースへと集合する。

 紀之も集団の後ろに進み、そばのシートに腰をかけた。クッションが効いていて座り心地がよい。見ると、ひじけにはコントローラーなどの機器、背もたれの上にはフルフェイスのヘルメットのようなものがついている。

 ほかの生徒は和泉の前に集合し、ゆかに体育座りのかつこうで待機していた。和泉はチラッと紀之を見てから口を開いた。


「まずは、話の時系列を整えるわ。何故なぜ、私たちがここにいるか、少しでも覚えている人はいる?」


 生徒たちはそろって首を振る。しかし、断片的な言葉が発せられ、徐々に情報がまとまっていった。

 まず、本来はここに来るはずはなく、夏休みの修学旅行で北海道に行くはずだったこと。空港までのバスに乗り、その中で何故か健康診断をうけたこと。記憶はそこまでだったと整理された。


「そうね、きっとその健康診断で、薬とか打たれたのかもしれない。たかだか北海道なのに、他にもバスでの移動中にって変だったものね。みんな、まだふらふらするでしょ。だから、時間だってあれからそんなにっていないかもしれないわ」

「どこなんだよ、ここは?」


 男子生徒が声をあげた。


「それが問題ね。出口も開かなかったし、ここはほぼ密室。あの……ソフィアが言ったように、ここは宇宙船だと思う?」


 和泉いずみの言葉に、のりゆきは軽く吹き出した。

 和泉は、一瞬紀之をにらみつけてから口を開いた。


「私の考えを言うと、可能性は低いと思うわ。あの戦争うんぬんも含めてね。世界的にテロ活動とかが活発化して不安定ではあるけど、現実的に核戦争はちょっと飛躍しすぎてる」

「そりゃそうだろ」


 紀之は手前の男子生徒と視線を合わせて軽口をたたいた。ごういんな世界戦略をとるアメリカについじゆうしている日本も、最近はテロのターゲットとなり小規模の爆弾騒ぎなどがあった。しかし、それは紀之にとってニュース映像の向こう側の現実のように思えた。


「でも、この設備は大げさ過ぎる。ソフィアの話もうなずけるの。私たちの命をつなぐようなシステムがそろっているように感じる」


 和泉は紀之を無視して考えを述べる。


「宇宙船ってことか?」


 だれかの言葉に和泉は首を振る。


「宇宙船でないにしても、シェルターのようなものではあるわ。ここは地下かもしれないし、がんじようなビルの中かもしれない。でも、それは今のところは分からない」


 紀之はどきりとした。確かにここはシェルターだ。宇宙船はうそでも、戦争が起きた可能性は考えられる。クラスごとシェルターになんをさせたのだ。


「後ろの扉にはトイレもシャワー室もあったわ。シャワー室は水は出なかったけど。そして、この画面の横に自動販売機のような機器がついているでしょ。きっと食料はそこから配給されるのよ」


 確かに画面の横にはそんな機械があった。薄暗くてよく見えないが、ずらりとボタンが並んでおり、取り出し口のようなものが下についている。

 紀之はポケットを探ったが、当然のように財布はなかった。あってもコインは使えないのだろうが。


「配給のやり方はまだ分からない。ソフィアの言うとおりなら、十二時になったら動きがあるはず」

「そいつの言うとおりにしろって言うのか」


 誰かが言い、場が少々混乱し始める。


「待てよ、とりあえず様子を見るべきだろ」


 発言したのはむろこうという生徒だった。勉強は中くらいだが、三年が引退した陸上部でキャプテンを引き継いだはずだ。


「あのソフィアっていうキャラクターだって、なかなかチャーミングじゃないか」


 氷室は周りの生徒におどけて見せた。氷室のそんな表情に、生徒は少しだけ緊張を解いた。しかし、和泉いずみは声のトーンを落として言う。


「ソフィアは人工知能だって言っていたけど、そのしんは分からないわ。人間がソフィアというクッションを置いて、私たちに指示を送っているだけかもしれない」

「それより、あいつは、おれたちをここに押し込めて何をするつもりなんだ?」


 生徒のひとりが発言した。


「分からないわ。本当に戦争が起きたか、これから起こす予定があって、このシェルターのような場所に入れられた可能性も否定できない」

「じゃあ、あのハゲは? 教師がいたほうがまとまるじゃん。それに、何で俺たちがシェルターに?」


 むろが言ったハゲとは、四組の担任のことだ。クラスの全員がここにいるのに、教師の姿はない。


「私たちがシェルターに入れられた真意は分からないけど、年齢的にはとうだと思うの。としを取りすぎていると、シェルターに入れびさせるメリットは少ない。でも、若すぎる人間は、パニックにおちいったり知識も少ないでしょ。あと、あのハ……わかまつ先生がいないのは──私たちは平等であるべきだからじゃないかしら」


 平等とは、ソフィアも言っていた。この世界も皆平等だと。


「密室の生活を考えてみて。限られた物資しかないせまい世界。例えばひとりだけ別の種類の人間がいたら、その人間が富をひとめするかもしれない。だから、シェルターでは同じ種類の人間だけを押し込める。ここはかくされたコミュニティーだわ」

「じゃあ、ここは本当にシェルターなのか。しばらくここで過ごすことになるよな」


 氷室の言葉に、周囲の生徒も緊張をする。


「それは、ソフィアの言葉を信じた場合だから。実は私たちを驚かせようとしているだけかもしれないわ」

「で、どうする? 何か意見はないのか」


 氷室が周囲の生徒に意見を求めたが、だれも返事をしなかった。生徒たちはじっと和泉を見つめる。


「じゃあ、とりあえず待機ということにしましょう。まあ、ちょっとしたイベントよね。気楽にいきましょう」


 和泉は軽いトーンで言い笑ってみせた。


鹿じゃないのか」


 のりゆきはそんなのうてんな和泉を見てつぶやいた。まるで合宿のノリだ。

 それにこれだけ話し合って出た結論が待機。現状維持。結論の先延ばしでしかないのだ。

 しかし、クラスメイトの表情は先ほどよりやわらいでいた。こんなくだらない話し合いが、気休めになったのだ。状況が変化したわけではないはずだが。

 生徒たちは再びいくつかの集団にわかれて室内に散った。それぞれ、リクライニングシートに座ったり、結論の出ることのないだろう話し合いをしたりと様々だ。

 のりゆきはシートから立ちあがると、再び室内の観察を始めた。

 まずは画面横に設置してある機械に目をやる。そこにはたくさんのボタンがある。食料セットA、食料セットB、缶詰、カップラーメン、キャンディー、睡眠薬、缶コーラ、石鹼、綿棒、紙の下着、などざっと百種類以上。コインの投入口はない。代わりにへいを入れるかのような投入口がある。機器の下部には、取り出し口がある。種類の多い自動販売機のようだ。

 次に紀之は画面を見た。ソフィアの姿はなく、中央にあのマップとトランプマークが表示されているだけだ。液晶画面の上には、アナログ掛け時計がある。その横には通気口のようなものがいくつも開いており、かすかに塩っぽい風が吹き込んできた。これだけの人数がいるので、空調機能はひつであるはずだ。

 再び画面を見る。五マス四方のマップがある。中央にはスペードマーク。