扉の外

第1章 ⑥

 和泉は、周囲に座る生徒に視線を送っている。細い体ながら、視線にはを言わさぬ自信が含まれているように感じる。


「まかせるよ、和泉さんにさ」


 むろが間を置いてから言った。ほかの生徒からは声は出ない。だこの状況に揺れている状態なのだ。


「じゃあ、しんちようにやるわね」


 和泉は画面に向き直りクラブをタッチ。クラブ配給画面の数字と向き合う。

 和泉はしばし考えた後、画面を向いて五の数値を打ち込み決定ボタンを押した。

 通常画面に戻ると、ダイヤが30から25に減っていた。さらにブザー音がして、画面の下の取り出し口にカードの束が落ちた。和泉はその束を手に取る。


「十枚の束が……十五束。合計百五十枚のカード」


 和泉いずみはカードを数えてから、生徒たちにカードの一枚を提示した。カードは大きくクラブのマークが表示されてあるだけのものだ。大きさは通常のトランプ程度。

 和泉はさらにダイヤを使い、もう一回百五十枚のカードを取り出した。ダイヤの残りは20。


「とりあえず使ってみましょう。ただじっとしているわけにはいかないし」


 そう言うと、和泉は十枚ずつをクラスメイトに配り始めた。和泉を含む三十人に十枚ずつ。紀之以外の三十人に。

 配り終わらないうちに、数人の生徒は立ちあがっていた。カードを受け取り、にやつきながら販売機の前へと向かう。

 のりゆきはそんな生徒の行動を横目に立ちあがる。画面の前に立っている和泉と目が合った。


「……これは君が選択したことだわ」


 和泉は、紀之が何も言わないうちに声を出した。


「平等じゃないのか?」

「平等よ。この国の国民はね」


 和泉はさらりと紀之のにくを受け流した。

 そんなやり取りを、近くにいた生徒は意味が分からず視線を向けている。


「なあ、それはないと思うぜ」


 事情を知っているむろがふたりの間に割って入る。


「でも、わくから外れつつ、他の人たちと同じ保証を受け取るのはどうかしら」

「でもなあ」

「これは私個人の意見じゃないの。千葉君にカードを渡すなら、クラスメイト全員の理解を得なければならないと思うわ。千葉君が事情を説明してね」

「じゃあ、皆に言って……」

「いいって、氷室。おれにはそんなカードは必要ない」


 紀之は氷室の言葉をさえぎった。

 ふと横を見ると、販売機の前で生徒たちが声をあげていた。カードをそうにゆうして、物品の購入に成功したようだ。

 紀之はそんな光景をあきれて見つめた。


「必要なものもあるでしょうから」


 振り向くと、和泉が自分のカードから数枚紀之に差し出している。


「いらない」


 紀之は強烈なけんかんを受け首を振った。そのカードは上の立場からのほどこしだ。優越感を得るための施しなのだ。


「いいのか?」


 むろもカードを数枚手に取り示す。


「いいって。最低限の食べ物も飲み物もあるようだしさ」

「そうか? それにしても、ちょっときついな彼女」


 氷室はシートの方向に少し歩いてからつぶやいた。


「このシェルターの支配者をってるんだよ。性格ブスが」

「でもさ、和泉いずみを好きなやつだっているんだよ」

だれだ、そのとくな奴は」

「ほら、和泉がクラス委員長になってから、副委員長に立候補したきくは、好きらしいぞ。か弱そうな雰囲気がいいとか言ってた」

「あの虚弱体質か。菊地は和泉のほんしようを知らないんだな」

「表向きは優等生だからな。教師もいちもく置いてるし」

「なあ、もしかしてこれが授業のいつかんで、教師たちがこっそりこっちをうかがっているのかもしれない。緊急時のシミュレーションで、点数なんかをつけるんだよ。あいつはそれを知っていて、ああしてクラスのまとめ役をかって出ている」

「それだったら、点数はいらないから早く出してくれって感じだよ」


 氷室は首をすくめてみせた。


「同感」


 のりゆきはそう言い、給水タンクへと近づき水を飲んだ。生ぬるく薬臭い水が唇をらした。紀之は顔をしかめたが、急激なのどかわきを感じてむさぼるように飲み続けた。

 紀之は顔を上げて隣のタンクを見た。あのゼリーの出るタンクだ。じやぐちをひねると、先ほどと同じくどろりとしたゼリー状の物体が垂れ落ちる。

 紀之はそれを手のひらで受けとめ蛇口を閉めた。まずはにおいをかいでみる。透明なゼリーでたくさんほうが入っている。匂いはない。恐る恐るめてみる。何かビニールを溶かしたような匂いが鼻を抜けていった。少し口に含んでみると、かすかなかんと酸味があることが分かった。き出すほどまずくはなかったので、紀之は手のひらにめたゼリーを飲み込む。ねっとりとした固まりが、喉を通りすぎていった。

 紀之は再び給水タンクで手を洗って、口をゆすぐように水を飲んだ。久々の食料を待ち望んでいたかのように胃がうねるのが分かった。これは現実感だ。現時点での紀之の状況をれいこくに表現したのだ。薬臭い水とゼリーで、生命をつないだこの状況。

 室内がざわめいていることに気づいて、紀之は顔を上げた。見ると、生徒たちはそれぞれ販売機で手に入れた食料などを見せ合っている。彼らたちの手の中の食料は、とてもキラキラとして見えた。

 紀之は重い気分で、室内後方のシートへと戻った。いつのまにか、それぞれのシートの場所は決定されていた。

 のりゆきの横のシートにはおおが座り、ビニールを破いていた。亜美は教室でも紀之の席の隣なのだ。微妙に教室での座席を再現しているこの部屋だった。


「はい」


 亜美が紀之に缶詰を放り投げた。


「何で?」

「カードもらってなかったでしょ」

「悪いな」

「しょうがないよ」


 亜美は紀之を向いて座り、仕方なさそうに表情をゆるめた。授業を聞いていなかった紀之にノートを見せたり、忘れ物を貸したりするときも同じセリフだった。

 缶詰を確認すると、アルミのような素材でできており、魚のマークがペイントされている。


「ツナ缶か?」

「私はセットのBを買ってみたの。パックのジュースと缶詰二つとビスケットとあめが入ってた。缶詰の種類はランダムみたい」


 紀之は販売機に視線を向けた。その周囲には、いまだに生徒たちの姿がある。買える商品を確認したり、お互いの物資を見せ合ったりしている。

 画面の前では、考え込んでいる和泉いずみの姿があった。


「試しにスペードを購入してみていいかしら」


 和泉はざわめいている生徒たちに声をかけた。周囲の生徒はあいまいにうなずいた。

 スペードの料金は十。ダイヤを十使用して、スペードをひとつ購入した。スペードの数値が2となった。

 さらに和泉はスペードマークをタッチする。するとウインドーが開き、収納スペードと表示されたスペードマークが出現。

 和泉はしばし考え、そのスペードをタッチする。今度は、移動、待機、との文字が表示された。和泉が移動の文字をタッチすると、マップ上のマス目がてんめつした。青い丸の位置を中心に三マスのスペース。移動場所に触れてください、と説明が現れた。

 和泉は、すでに青い丸の位置に重ねてあるスペードの隣をタッチする。マップ上で、スペードが二個並んだ形になる。また、マップが五×六に広がった。

 紀之はそんなマップを見ながら考えた。やはり、マップには見えない部分がたくさんある。スペードを中心に五マスの範囲が見えているだけなのだ。

 紀之は見えない部分をたんさくするべきだと思ったが、意見を飲み込んだ。自分は、この国の中で発言権を持っていないのだ。