扉の外

第1章 ⑦

 生徒のほとんどは、和泉の行動に疑問を持ったようだった。何故なぜそんな意味のない行動をしたのだと考えているのだ。

 その後、生徒たちから残りのダイヤの十ポイントを、クラブカードに交換してくれと意見が出た。和泉いずみはそれらの意見に素直に従い、再びカードをのりゆき以外の三十人に分けた。

 当初ぎこちなかった生徒たちの表情は回復している。カードをむ者、食料や生活用品を購入する者、様々だ。

 また、意外なことに、カードをもらっていない紀之に気づいて、生徒たちは食料を分けてくれた。あめだまやフィルムに包まれたビスケットなどが、紀之のシートに積まれる。


「よかったじゃないか。これで絶食の心配はなくなった」


 壁に寄りかかりながらむろが言った。


「氷室が言ってくれたんだろ」


 紀之が言うと、氷室はにやっとした。


「まあ、クラスメイトで助け合うのは当然だからな。例え、その腕輪を外したってさ」

「いいこと言うじゃないか。和泉に聞かせてやりたいよ」

「あの態度はないよな。もともとゆうずうの利かないタイプだったけどさ」


 和泉は画面を調べることにきたのか、今度はシートを確認している。


「それにしても、いつまでこうしてるんだろ」


 氷室はパックのドリンクを飲みながらため息をいている。氷室は先ほどまでずっとトイレに閉じこもっていた。やはりストレスを感じているのだろう。

 紀之は氷室から渡されたパックを飲んでみると、スポーツドリンクのような酸味の効いた味がした。


「メニューが多すぎるよな。あれだけそろっているってことは、それだけ閉じ込められるってことじゃないか?」


 食べ物だけでも百種類ほどもある。紀之は先ほどにもらった缶詰を食べてみたが、濃い目の味付けでまずまずだった。食べ終わった缶はつぶして、壁のダストシュートから捨てた。

 ダストシュートがそのまま外につながっている可能性も考え入念に調べたのだが、先は薄暗く何も見えなかった。分かったことはゴミがダストシュートから直接宇宙空間に捨てられ、この部屋の空気がなくなってしまう、との心配はないこと程度だ。


「メニューには睡眠薬なんかもあったよ」

「ここじゃ、眠ることぐらいしかやることがないか」


 紀之はうんざりとそう言ったが、それは間違いだった。

 しばらくした後に、シートにもクラブカードが使えることが判明したのだ。

 シートに備え付けのヘルメットをかぶると、映画を見たり音楽を聴いたりゲームをすることができる。

 しかし、紀之はそのシートの機能を使うことはできなかった。カードは氷室から一枚もらったのだが、使えなかったのだ。理由は腕輪のようだった。腕輪を着けていない人間には、シートのシステムが反応しないのだ。のりゆきにとって、シートはただの椅子でしかなくなる。また、販売機も反応しないことが確認できた。腕輪をしている人間しかカードは使えないのだ。

 十二時間後、部屋に強烈なブザー音が鳴り響き、二回目の収入の時間になった。

 画面の操作は同じく和泉いずみが担当したが、生徒たちからは、今度はすべてクラブカードに代えてくれとの声が出た。

 和泉は万が一のためにダイヤのポイントをめておくことを提言したのだが、反対意見に従い全部カードに変換して紀之以外の生徒に平等に配った。

 生徒たちはすでに現実を受け入れていた。

 カードで食料や生活用品を買い、シートを操作して時間をつぶす。当初、男女同じ部屋でえんりよがあったが、シャワーを使用する生徒も出始めた。

 支給のカードは三十枚。十二時間で三十枚は不便のない生活が送れることが分かった。を感じることのない量の食料を得ることができ、シートに寝ながら映画を見たりゲームをする。

 ふと見ると、ほとんどの生徒がヘルメットをかぶりシートに横になっていた。

 紀之はシートに横になりながらがいかんを感じていた。茶色い電灯のともる天井を見ながら、ぼんやりと考えをめぐらせる。

 何故なぜこんな場所にいるのか。いつまでここにいなければならないのか。疑問が無限にき出し、解答の出ない消化不良の状態で消えていき、また湧き出る。そんな繰り返しだった。

 紀之はシートから立ちあがり、画面の前に進んだ。画面にはマップとトランプマークがある。マークにタッチしてみたが反応せず。やはり、腕輪を持っていない人間は、操作することができないのだ。

 マップの上にある二つのスペードと、ここの場所を表現する青い丸。ソフィアは、この場所をひとつの国といった。この場所は、最も小さな国なのだ。

 しかし、その国の中で自分の存在は何なのだろう。紀之はそんなもやもやとした考えを振りまきながら薄暗い部屋を眺めた。

 現在の時刻は五時だった。午前か午後なのかは分からない。しかし、ほとんどの生徒がシートの上で静かにしている姿を見ると、午前五時である可能性が高いと感じる。

 紀之は首を振った。この時計の時刻さえ疑わしいではないか。五時であることを証明するすべもない。そもそも、ソフィアの言うとおりここが宇宙だとしたら、時刻の概念だってない。ただの区切りでしかないのだ。

 紀之は静まり返る室内を見て思った。何故、パニックにならないのか。何故、生徒はこの状況を受け入れるのか。

 この状況は、これまでの教育のたまものなのか。指示を受けて行動するよう教育された子供たち。他人と同調し、エリアの中で波風を立てないよう教えられる。指示を待ち、そのとおりに行動するだけ。

 何故なぜ外に出ようとしないのか。この空間に疑問を持ち、扉を開けて外に出ないのか。

 のりゆきはハンドルのついた扉を目にした。あそこから外に出ることは可能だとソフィアは言った。自由であると。

 しかし、外から開けることはできないとも説明された。ソフィアの言うとおり、もしも扉の外に何もなかったら。そして、扉がロックされたとしたら。

 はだかばくに放り出されたようなものだ。それは好奇心など完全に破壊するほどの圧迫感。真っ黒なタールのようなあくだ。


「外に出るつもりなの?」


 振り向くと、販売機の前に和泉いずみが立ってこちらを見ていた。


「出ないよ」

「外の様子を見てくるのも悪くないと思うわ。出ることのできるのは、ブレスレットを外した人間だけだから」

「で、何もない場所でねばいいってか」

にくを言っているんじゃないわ。君は現にブレスレットを外してしまったのだから、できることをするべきだわ。まず千葉君は一つ目の扉を開け、スペースに入り扉をロックする。ロックしないと次の扉は開かないと言っていたから。そして、二つ目の扉を開けて、閉まらないように何かをはさんでおく。そのまま外に出てたんさくをして戻ってくる。開いた二つ目の扉の中に入り、その扉をロックする。第一の扉は私がこちら側から開けてあげる。そうすれば、千葉君は戻ることができるわ」


 和泉の口調は冷静だった。


「モルモット代わりか?」


 紀之は和泉をにらんだ。


「そんなつもりはないわ。私はこの状況の打開策を考えているだけよ」

「じゃあ、おまえが出ていけよ。内側から扉を開ける役はおれがやってやる」

「そんな言い方はないと思うわ。ブレスレットを外したのは、千葉君の意思だった。責任はあなた自身にある」


 和泉は販売機を見つめ、紀之から視線をらした。紀之は強烈な不快感に和泉に詰め寄ろうとしたが、寸前で思いとどまった。暴力行為は禁止なのだ。ファウル行為に対してのばつを、自らが試す気にはなれない。

 和泉は販売機にカードをそうにゆうし、紙製の下着を購入していた。


「何か必要なものがあるのなら言って」


 和泉はちらりと紀之を見た。


「これを買ってくれ。それでどう使うか教えて欲しい」