ブギーポップ・クルシファイ リミットグレイの妖精逆説

Color 1 磔刑の黄色 -crucifixion yellow- ②

「人を選ぶ目がないんじゃないかな。簡単に悪い影響を受けてしまって、間違った方に進んでしまうとか」

「……あうあう、あう」


 藤花は反論しようとして、しかし勢いに飲まれて何も言い返せない。その様子を柚純が冷ややかに見つめていると──そこで異変が起きた。


「あの、すみません!」


 突然に鋭い声が室内を貫いたと思うと、柚純たちと同じように待機している席から、一人の少女が立ち上がって、声を上げながら挙手していた。

 皆が驚いて、その少女の方を見るが、彼女はその反応を無視して、ひたすらに上座に座っている講師たちの方を睨むように見ている。

 すると講師の一人、若い女が、


「はい、なんですか」


 とたずねた。少女は臆さずに、


「このグループディスカッションの試験の中には、見学者の意見を聞くところもあるといいますが──今、わたしが口を挟んでもよろしいでしょうか?」


 とハキハキした口調で言った。


「いいでしょう。まず自己紹介と、所属校を言ってください」


 と女講師が促すと、彼女はうなずいて、


「県立深陽学園二年の、すえかずです」


 と名乗った。



 このときのわたしは、まだ彼女の友人というわけじゃなかった。それまで学校で話したこともなかったと思う。だからこのときが、わたし、末真和子が宮下藤花に関わった最初の出来事になる。

 高校二年の秋も過ぎて、そろそろ冬期講習の募集が始まろうかという時期に、わたしがこの予備校に通い出したのは理由がある。進路相談の席でわたしが、とある大学の推薦入試に興味があるんですけど、と訊いたら、指導教諭から、


「残念だけど、あなたは成績がいくら良くても推薦の資格は取れないと思う」


 と、はっきり言われてしまったことがきっかけだった。なんで、と訊くのも野暮なくらいに、それはそれはきっぱりとした拒絶だったので、そうですか、と素直に引き下がったのだが──その推薦入試の際の、グループディスカッションという形式自体にはやっぱり、とても関心があったので、それに近い体験ができるところはないか、と探したら──この予備校で、その模擬試験が受けられるというので、参加したのである。

 しかし、そこでわたしが目撃したのは、このしょうもない個人の糾弾に終始しているだけの茶番だったのだ。

 あまり学校内のゴシップに詳しくないわたしでも、宮下藤花にまつわるうわさはいくつか耳に入ってきている。いわく、彼氏のデザイナー志望の先輩にのぼせていて、周囲を見下しているとか、信じられないくらいに適当な噓をついて、約束をすっぽかすことがあるとか、彼女が周囲から少し浮いてしまっているという事実があるのは間違いないようだった。

 しかしそれにしても、これはひどすぎる。前もって示し合わせていたとしか思えないほどの意思統一っぷりで、ひたすらに彼女をいたぶっているだけだ。


(なんなの、こいつら──)


 わたしはほとんど、反射的に立ち上がっていた。そして気がついたら、もう叫んでいた。


「あの、すみません!」


 言われた講師の方は、大して驚く様子もなく、わたしが対話に入りたい、というようなことを提案してもあっさりと、どうぞ、みたいに対応されたので、わたしは他の連中に向かって、まず、


「今のあなたたちの態度が、まぎれもなく〝思いやりに欠けて〟いますよね。ディベートの内容とは無関係の、その人の個人的な生活のアレコレまで邪推するなんて、あなたたちには人としての最低限の礼儀からして欠けているみたいですけど、そのことは自覚できていないんですか? 認識力が足りないんじゃないですか」


 と一息にまくし立てるように言った。みんなが啞然としているので、わたしはさらに、


「だいたいこのディスカッションの目的はあくまでも建設的な意見の交換で、それぞれが足りないものを提示し合って、その解消を目指すべきものであるはずです。おまえにはコレが足りないアレが足りないと攻撃するのは本末転倒です。まず、自分に何が足りないのか、を先に述べるのが筋です。それができていない時点でここに立つ資格はないのではないでしょうか」


 と続けた。何にも考えていなかったのに、言葉がやたらとするする出てくる。そんなわたしに男子が、


「い、いやちょっと待って。あのさ、そういうことじゃなくて──」


 そいつはなんだか、とても困惑した顔になっていた。そして奇妙なことに、視線の先が私の目や顔でなく、足下あたりに向いている。まるでそこに、見えない虫でもっているかのような目の動きをしている。


(ん──?)


 わたしはここで、生徒たちの視線がみな同様に動いているのに気づいた。わたしではなく、その周囲に向いている。同じものを見ているかのように。


(なんだ──?)


 少しとまどっていると、そこに、


「あ、あの──あなたはどうやって、そんなに頭が良くなったんですか?」


 という素朴で、ちょっとマヌケな問いかけが飛んできた。

 びくっ、と振り向くと──その問いを発したのは、今の今まで責め立てられていた宮下藤花だった。

 彼女は、他の者たちとは違って、わたしのことをまっすぐに見つめてくる。


「──は?」


 わたしもマヌケな調子で、彼女に問い返してしまう。藤花はきらきらとした眼をそらさずに、


「だって──急に話に入ってきたのに、そんなに全部わかってるみたいな感じでたくさんしやべれて──うん、とってもすごいです!」


 無邪気に笑みを浮かべながら、黄色い歓声に乗せて素直そのものの感情をぶつけてきた。わたしはさらにとまどって、


「い、いやその、それはその、別に全部が全部わたしの考えって訳でもなくて、作家の言葉とかを借りちゃったりもしてて」

「たとえば? どんな人ですか?」

「それはその──きりせいいちとか……」


 と、わたしがその名を口にした瞬間だった。

 


「……ぷっ」


 

 と誰かが吹き出す音が響いた。さほど大きい声ではなかったが、わたしは妙にどきりとして、そっちを見た。

 笑ったのは、わたしにディスカッション参加を許可した、あの若い女性講師だった。彼女の胸元の名札には『あまみや』と書かれていた。



「ああ、ごめんなさい。まさか霧間誠一の名前が出るとは思わなかったから。ずいぶんとマニアックな趣味を持っているみたいね、末真和子さん?」


 その雨宮という講師が弁解風に言っているのを、焼津芽依はろくに聞いていなかった。それどころではなかった。


(宮下藤花に取り憑いていたプルハ・メルハが──末真和子に移っていく……)


 その様子が彼女には見えていた。彼女だけでなく、府名井柚純に感化された者たちには皆、その光景が見えていた。

 人間から〝ツキ〟を吸い取ってしまうやくびようがみどもが、標的を変えたようだった。

 

〝おいおい、こいつはとんだマヌケだな〟

〝自分からアタマ突っ込んできやがったぞ〟

〝よっぽど不幸になりたいとみえるな、このお嬢様は〟

〝きっと自分が幸せなことにうんざりしてるんだろうぜ〟

〝そんなに地獄ちしたいなら、お望み通りにしてやろうじゃないか〟

〝おめでたいオリコーさんが、アンラッキーの嵐に泣きわめくのが楽しみだな〟

〝ひっひっひっ〟

〝けっけっけっ〟

 

 嘲笑う声が響くが、その声は末真和子にはまったく聞こえていない。彼女は雨宮に言われて、眉をひそめつつ、


「ええと──何か問題でも?」


 と訊いたが、雨宮は笑ったまま、


「いいえ。でも本番の試験の時にはそういう固有名詞は出すのを控えた方がいいかもね。採点者が知らない名前だったりしたら、いらぬ反感を買ってしまうかもよ?」

「…………」

「まあ、今はいいでしょう。皆さん、続けて」


 と雨宮が促したが、他の生徒たちは口ごもってしまっていて、さっきまでの勢いがなくなっていた。その中で宮下藤花だけが、