ブギーポップ・クルシファイ リミットグレイの妖精逆説
Color 2 幻影の銀色 -phantom silver- ③
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芽依たちを帰らせて、府名井柚純はひとり予備校に戻ってきた。古嶋俊輝とあらためて今後の打ち合わせをする必要があるからだ。
(考えてみれば、私にはそこまで末真和子に固執する必要はないんだ──あいつの屁理屈に関しては、あの雨宮美津子も馬鹿にしてるみたいな雰囲気もあったし──少しムキになりすぎていたかもな)
彼女がそんなことを思いながら、いつも古嶋との密談に使っている自習室の使用許可を取ろうと受付に行くと、既に使用中だと言われた。
ぴくっ、と柚純の眉が引きつる。実はすでに、その自習室は彼女たちの専用になっている。能力による精神支配の応用で、関係者たちは無意識のうちにその部屋を他の者たちに貸さないようにされている。ということは今、部屋を使っているのは、
(古嶋──雨宮美津子と何を話している……?)
嫌な感じがした。自分の知らないところで、あれこれと勝手に話が進められているのは不快だった。しかし今は、あの二人の話が終わるのを待つしかなく、柚純はフライパンの上で炒られるスクランブルエッグのような気分で、皆で共用する方の、大きな自習室の方へと時間つぶしに向かった。
いつもなら大勢の生徒たちが無言で黙々と勉強しているそのフロアが、この日は妙にがらん、と空いていた。目に入る人間は──隅に座っている一人だけだった。
そして──そいつはどう見ても、生徒ではなかった。
「…………」
柚純は茫然としていた。そいつに対してどういう印象を持ったらいいのか、まったく判断ができなかったからだ。強いて印象を挙げろと言われても、頭に浮かぶのは、
(……銀色、だなあ……)
という薄ぼんやりとした曖昧な感覚だけだった。
だがそんなはずはないのだ。その男はすらりと背が高く、人目を引く整った目鼻立ちをしていて、そして肩まで届こうかという銀色に染まった長髪にしていたからだ。
役者かモデルか、とでも言わないと説明がつかないような外見をしている……しかしそれでも、柚純はその男に対して、特に強烈な印象を持つことができない。空気を意識し続けることが難しいように。
彼女がぼーっ、とそいつを見つめていると、その銀色の男は、少し顔を上げて、
「これは……君の忘れ物かな?」
と訊いてきた。その指先には一包みのキャンディードロップが摘ままれていた。
「い、いいえ──」
「ここに置かれていたんだが──誰のモノかな、って思ってね」
男の声は穏やかで淡々としていて、一切の害意がない。
「お菓子を食べながら勉強する人も多いから──一応、自習室は飲食禁止なんだけど、みんな別に守らないから」
「そういうものか。ルールは存在しているが、完全に支配されている訳ではなく、適当に逸脱して、その中で調整を続けている──興味深い」
銀色の男はうっすらと微笑んでいる。その様子はあまりにも自然で、柚純はつい受け入れてしまいそうになるが、さすがに、
「あの──部外者ですよね。館内は立ち入り禁止のはずですけど。入館証もないみたいだし」
と注意する。すると男は、
「私が入っても、誰も気にしないからね」
と不思議なことを言った。柚純もつい納得してしまいそうになるが、それでも、
「でも、そんな派手な髪の毛にしてるんだから、みんな気にするんじゃないの」
と言い返してみる。しかし男は、
「君が私のことを区別できるのは、君が純度が高くて誤魔化しの少ない人間だからだよ。誰にも君の心の中にあるキャビネッセンスを奪うことができない──だから、私のこともこの姿で見える」
と、さらに訳のわからないことを言った。
(…………)
ここでやっと、柚純は目の前の男が非日常の領域に属していることに思い至った。
(どうする──まず〈ローリング・アンザェティ〉で攻撃してみようか。一対一だし、精神を支配するのは難しくないはず──でも)
どうにも気が進まない。怖いというより、本能的な忌避感があって、この男に手を出したくならない。だから無意識に対立を避けようとして、
「ここには何をしに来たの?」
と無難なことを訊いた。これに男は、
「友人を訪ねて来たんだが、見つからなくてね。少し前まで確かにこの辺にいたはずなんだが、どうも行き違いになったらしくて。もう、ここからいなくなったようなんだ」
と曖昧で、どうにでも受け取れるようなことを言った。ここで柚純は思い切って、
「──あの、もしかしてあなた、統和機構のひと? 関係者なのかな」
と質問していた。それならば取り入って、味方にしなければならないからだ。これに男は、
「さて。あのシステムは世界中の人間に、むしろ進化とは無関係であることを強制しようとするだろう? 私のことも、できるだけ関与しないように努めるんじゃないかな」
と、ますます意味不明のことを言うが、しかしこんな持って回ったことを言えるということは、
「ああ、やっぱりそうだ。あなた、統和機構の中でも、内部審査みたいなことしている人じゃない? 私を採点してるあいつらのことを、逆に調べているんでしょ?」
そんな気がする。それは柚純の中で、ほとんど確信に変わっていた。この男は、あの連中よりもずっと高いところに位置している存在に違いない。
男はうっすらと微笑んでいるだけで、これには応えない。しかし否定もしない。柚純はそのまま、
「あなたの名前は?」
と問いを重ねた。これに男は少し沈黙してから、
「私か、私は──」
ちら、と指先に挟んだままのキャンディードロップに目をやってから、ついでのように、
「飴屋、とでも呼ぶといい」
と軽い調子で言った。柚純は眉をひそめて、
「アメヤ? なんか雨宮と似すぎてない? 適当に言ってる?」
そう言われても、飴屋は穏やかに微笑んでいるだけだ。柚純は吐息をついて、
「まあいいか。別に本名なんてどうでもいいだろうから」
「君も、今の名と立場は仮のもので、本来はもっと別の在り方であるべきだ、と考えているんだね」
飴屋は柚純の眼をまっすぐに見つめながら言う。柚純はそれに何の圧力も感じず、素直に、
「そうね──もっともっと評価されるべきだ、とは思っているよね」
と応えていた。これに飴屋は、
「しかし君にある〝才能〟は、むしろ人々と君の距離を広げる作用しかないんじゃないかな。自分が思うままにできる相手に評価されて、それで君は楽しいのかな」
「……そこなんだよね。それで私は、自分の親とかには一切、能力使ってないしね。なんでもかんでも指示しなきゃならないってのも、ストレスなんだよね。だから古嶋の誘いに乗って、統和機構に加わってやる気持ちになったんだし」
柚純はつらつらと語ってから、なんでこんなことまで自分は喋っているのか、ちょっと不思議に感じた。だが飴屋がすかさず、
「君は自分で思っているよりも、ずっと重要な立場にいるんだよ。君に世界の命運が掛かっていると言ってもいい。だから統和機構の方でも、慎重になっている──」
と付け足してきた。柚純は眉をひそめて、
「私が? 重要? どういう意味?」
「君は世界の敵になるか、救世主になるか、その瀬戸際にいるということさ」
飴屋はあくまでも穏やかな調子を崩さずに言う。柚純は思わず笑って、
「私は、そこまで大それたことは考えていないよ。なに、そんなこと疑われてるの? 馬鹿馬鹿しい。私だってそこまで自惚れていないし、自分の能力の限界ぐらいわかっているって──」
手のひらを振りながら否定するが、これに飴屋は、
「君は、ね──君はわかっているだろうが、君の〝才能〟の方はどうかな。その辺の区別は、君たちが思っているよりも遙かに曖昧なんだよ──自他の境界線は」
と奇妙なことを言う。柚純はどうにも腑に落ちなかったが、それよりも、
「あのさ──さっき変なこと言ってたよね。キャビなんとか、って。奪えない、とかどうのって──あれって古嶋が私の〝お守り〟に混ぜてる、あの変な言葉の元ネタだったりするのかな?」



