ブギーポップ・クルシファイ リミットグレイの妖精逆説
Color 3 妄想の青色 -delusional blue- ②
「え? そっちを? テスト?」
「そう。府名井さんとしては、大して力を感じないシステムにわざわざ自分が参加する意味があるかどうか、それを考えている。遠回りなんじゃないか、って。あなたたちを率いて、そのまま自分が世界の頂点に立つ方が速いんじゃないか、って──そう思っている。だからこの前だって、あなたたちにそこまで明確な指示は出さなかったんじゃない? せいぜいあの哀れな生け贄の少女──なんつったっけ、宮本だっけ、宮坂だっけ──とにかくあの娘を
「…………」
芽依は唇をつぐんだ。話が難しくてよくわからないこともあったが、彼女にはそれよりも、ずっと引っかかっていることがあった。
「……あの、先生」
「雨宮でいいよ。今は講師でも生徒でもないし」
「……雨宮さん、あなたには、その──ほんとに視えないんですか、プルハ・メルハが」
「ええ──あなたたちもまた、特別な存在なのよ。誰にでも妖精は視えるわけじゃない。それは選ばれた素質を持っていることの証明」
雨宮はずっと、真剣な表情を崩さない。
「府名井さんは確かにすごいけど、でもあなただって普通の人間じゃない──もしかすると、あなたは妖精がただ視えるだけじゃなくて、そいつらを操ることができるようになる、かもよ──?」
「私、が──」
*
焼津芽依が、府名井柚純に〝その話〟をされたのは今から二週間ほど前のことになる。
急に成績が急降下して、進路指導でも志望校のランクを下げた方がいいんじゃないか、とも言われて、すっかり混乱していたそのときに、彼女たちは現れたのだった。
最初に遭遇したのは、古嶋俊輝だった。芽依が落ち込んで、教室の隅でうなだれていると、古嶋が友人たちと雑談しているのが聞こえてきたのだ。
「……いや、そいつは違うよ。別に成績が悪くなったのは、君のせいじゃないと思うけどね。だって勉強をサボったりしていた訳でもないんだろう?」
芽依は自分のことを言われているような気がして、はっと顔を上げた。古嶋は彼女に背を向けたまま、さらに、
「自分ではどうしようもないことってのは、歴然と存在するんだから、すべてを気のせいだって思い込むのは、それはそれでマズいと思うけどな」
と続けた。芽依はますます気になって、古嶋の次の言葉を待つ。しかしここで相手の方が、
「や、やっぱり俺も欲しいよ。おまえから頼んでくれよ」
と古嶋にすがってきたので、眉をひそめる。
(欲しい、って──何を?)
芽依が訝しんでいると、古嶋は立ち上がって、
「ちょうどいい──彼女は今、自習室にいる。一緒に行ってみよう」
と連れだって、二人で歩き出していった。
芽依はあわてて、彼らの後を追った。二人揃って予約が要るはずの個別自習室に入っていく。
中でなにやら話をしているのが漏れ聞こえてくるが、内容まではわからない。そしてふいに、急に静かになる。
その沈黙がしばらく続く。芽依がイライラし始めたところで、ふいに、
「──うわあっ!」
という悲鳴のような声が聞こえてきた。そして続いて、
「──お、おお……」
という納得した風の
すごく晴れやかな表情になっていて、ひねこびたところが
前に立っていた芽依と真っ向から出くわしたというのに、驚いた様子もなく、彼女の横を通り過ぎていった──胸元で両手を組み合わせて、その中に何かを握りしめながら。
(な──)
芽依が啞然としていると、いつのまにか自習室の扉のところに古嶋が立っていて、彼女のことを見つめている。
「あ……」
絶句している彼女に、古嶋はくいっ、と顎をしゃくって見せて、中に入るように無言で指示した。
芽依は促されるままに、室内に入っていく。
目の前の席に座っていたのは、府名井柚純である。彼女は芽依の反応を待たずに、いきなり、
「あなたの悩みって、無駄よ」
と断定してきた。これが初めての会話にしては、色々と前提をすっ飛ばしてきた。しかしこれに対して芽依は困惑することなく、
「そ……そうなの?」
と即座に訊き返していた。柚純はうなずいて、
「わかるよ、なんだか空回りしているような気がしてしかたないんでしょ? でも原因が思い当たらないから、変な感じばかり増えていく。どうしてだと思う?」
「い、いや──」
「あなた、その理由を知りたい?」
「そ、そんなの当然でしょ」
「でも、わかっちゃったらもう、元には戻れないけど」
突き放すように言われて、芽依はどきりとした。しかしすぐに、
「べ、別に戻れなくたっていいよ。不安なままでいるより、よっぽどマシでしょ。そうでしょ」
と言った。すると柚純はうっすらと微笑んで、数枚のカードの束を取り出した。
それらを伏せた状態で、机の上に並べる。
「…………?」
芽依が戸惑っていると、柚純は、
「あなたが選んで」
と両手を広げる。どうやらカードの中から一枚を取るように言われているようだ。
「…………」
芽依は少し迷ったが、結局自分に一番近いところに置かれていたカードに手を伸ばした。
するとそのとき、ふいに横から、
〝おいおい、安直だなあ〟
〝手近ですませるタイプかよ〟
〝こういうヤツって、結局なんでも楽な方を選ぶんだよなあ〟
〝先は見えたな〟
という会話が聞こえた……気がした。
ぎょっとなって振り向くと、そこには妖精たちがいて、くすくすと笑っている。
「な──」
戦慄する芽依に、柚純が静かな調子で、
「そいつらは〈プルハ・メルハ〉っていうの。人間の〝弱気〟に寄ってきて〝ツキ〟を吸い取ってしまう実に忌々しい存在よ──あなたに混乱をもたらしている元凶。そいつらはあなたに迷いを押しつけてくる。これまではその存在に気がつかなかったけれど──あなたが、今〝選択〟しようとしたところで、認識できるようになった──さあ、気にしないで、あなたの決断を貫くのよ」
「え──」
「さあ……!」
柚純に強い口調で導かれるまま、芽依は反射的に一番手近のカードを手に取って、表にめくった。
そこにはこう書かれている。
『美しいだけの世界は、君には向いていない』
意味がわからないが、妙に生々しく胸に響いてくる文言だった。そして彼女がそのカードを手にした途端に、妖精たちが少し後ずさって、
〝うげえ、鬱陶しいもんを持ちやがったな〟
〝くせえんだよな、アレは〟
〝せっかく善意で教えてやろうってのに、馬鹿な娘だな〟
ひそひそ言いながら後退していき、そして空間に溶け込むようにして消えてしまう。
「…………」
茫然としている芽依に、柚純が、
「それを持っている間は、あなたには無駄な迷いは近寄ってこない──この包みに入れておくといいよ」
と、小さな布の包みを渡してきた。カードを入れると、それはちょうどお守りのような形になる。
さっき部屋から出てきた男子が大事に抱えていたものがなんだったのか、芽依はここで理解していた。
「あ、ありがとう──」
彼女がお礼を言いかけたところで、それまで無言で側に立っていた古嶋俊輝が、
「ただし──それを持ち続けたかったら、僕らにちょっとばかり協力してもらうことになるがね」
と口を挟んできた。芽依がびくっ、と彼の方を向くと、柚純が笑いながら、
「いやいや、そんなに深刻な話でもないって──ただちょっとだけ、私らみたいに特別な立場になった者たちで力を合わせようって、ただそれだけの話──一緒にやりたいでしょ、あなたも」
と諭すように言う。芽依は訳もわからずに、
「そ、そうですね──もちろん、やりたいです」
とうなずいていた。頭の隅にいつもこびりついていた不安が、今はすっきりと消えている──それが芽依にとっては何よりも大きな事実だった。



