ブギーポップ・クルシファイ リミットグレイの妖精逆説
Color 3 妄想の青色 -delusional blue- ⑤
そして、
どういうこと、と柚純は動揺した。勉強も手につかず、夜も眠れなかった。
そして──一週間後、やっと百合原美奈子は予備校に顔を出した。
そのことを聞いて、全然別の講義に出なければならなかったのに、柚純はいても立ってもいられずに、彼女のところへと駆けつけた。しかし──
(……え?)
廊下を歩いているその人影を見て、柚純の脚が強張った。全身がぎしっ、と硬直した。
彼女は背中を向けている……その姿は、確かに彼女のそれと同じだった。同じなのだが……でも、
(だ、誰だ……?)
柚純にはその背中が、百合原美奈子の背中には見えなかった。彼女が想いを込めて見つめていた、その背中ではなかった。
「…………」
柚純が愕然として立ちすくんでいると、その〝彼女〟が何気なく振り返って、見つめ返してきた。
その顔は、確かに整っている……彫刻のように端正である……が、しかし、
(な、なんだ──こいつは……)
柚純の顔面は
「なに、あんた──私に用でもあるの」
とキツい声で話しかけてきた。それは間違いなく百合原美奈子の声だったが、でも……。
「あ、あああ……」
柚純がぶるぶると震えていると、その〝彼女〟の横に立っていた男子生徒が、
「ああ──この娘は府名井柚純さんだよ。この予備校のナンバー2だ。君の次だな」
と口を挟んできた。そいつは妙に存在感が希薄で、それまでそこにいたことさえ気がつかなかった。
「ああ、そうなの? でも
と〝彼女〟は少し口を
「その娘の胸元の入館証と、掲示板に貼られている成績表を比べただけだよ」
と答えると〝彼女〟は、ああ、と顔を明るくさせて、
「なあんだ、そういうことか。だったら良いわ。ふうん、そっか──ナンバー2さん、私のことが気になる?」
と、柚純に馴れ馴れしく顔を近づけてきた。
「あ、あああ、あ──」
「ねえ、よかったらさ──今度カラオケにでも一緒に行かない? 仲良くしましょうよ──ねえ?」
と言って、そして──ぺろり、と舌で唇を湿らせながら、柚純のことを頭から爪先まで見回した。
もはや──限界だった。
柚純は声にならない声を上げながら、二人に背を向けて、全力でその場から逃げ出した。
予備校からも飛び出して、街の大通りも駆け抜けていく。人混みをかき分けるというよりも、ほとんど皆を突き飛ばすようにして走って行く。ほとんど呼吸もしないで、手脚をひたすらに振り回しまくって、そして耐えきれなくなって、糸の切れた操り人形のように、路上にへたり込んだ。
「…………」
全身ががくがくと
今のは……いったい何だったのか。
百合原美奈子であって、百合原美奈子でない〝あれ〟はどういう存在なのか。それとも、最初から何もかもが思い込みの妄想で、柚純がこれまで信じてきて、精神の
焦げくさい──。
その感覚だけが、ふいに柚純の認識に突き刺さってきた。
四方八方、街中のありとあらゆるところから──焦げついた異臭がしてくる。それは人のいるところなら例外なく発せられていて、今にも青白い炎が舞い上がりそうな気配がする。
「い……?」
柚純は顔を引きつらせながら、ぎくしゃくと顔を上げた。
そこでやっと、自分の周囲に人だかりができていることを知った。それはそうだろう。奇声を発して人を押しのけながら走っていた女子高生が突然路上に座り込んでいたら、誰だってなんだろうと思う。しかしそのときの柚純には、そいつらの好奇の視線など、まったく気にならなかった。恥ずかしいとか、そういう常識的な発想は微塵も浮かばず、その代わりに思っていたのは、
(こいつら……一人残らず、なんて焦げくさいんだろう……ぶすぶす燃えかけているのに、誰もそれに気づいていないのか)
そう考えたときには、もう──彼女は、
「ふうっ──」
と、その〝火熾し〟を実行していた。無意識のうちに、その動作を選択していた。
その途端──周囲の人間たちはみな〝不安〟のオーバーロードを起こして、停止する。
柚純はその中で、ふらふらと立ち上がり、その場から去って行く。まだ身体はがくがく震えていたが、その眼には光が戻りつつあった。ただし、それは
こうして──府名井柚純は能力にめざめた。
家に帰ると、緊張が切れたせいか高熱を出して、三日間も寝込んでしまった。悪夢にうなされていたような気もするし、何も思い煩わずにぐっすりと睡眠に落ちていたような気もする。四日目の朝になって、ぱっちりと覚醒して、起き上がったときには──もう府名井柚純はこれまでとは別人になっていた。
予備校に行ったが、もうそこには百合原美奈子はいなかった。いきなり家も引っ越して、どこに行ったかは誰も知らなかった。しかしもう柚純は、そのことに気を取られるのはやめようと思った。
(私は──そうだ、私はもう、自分が不安になることはないんだ。不安になるのは他のヤツらだけだ──私はそれを操る方で、二度とあんな気持ちになることはないんだ)
古嶋俊輝の野心に乗ってやって、統和機構の中でそれなりの地位に就いたとしても、もうそれで心が動くことはないだろう。
*
だから──今だってこんなことで、怯んでいる場合ではない。
(そうよ──百合原美奈子の名前を聞いただけで、動揺なんかするはずがないのよ、今の私なら──)
柚純は自分にそう言い聞かせながら、目の前の少女──霧間凪対策の作戦を提案してきている焼津芽依をあらためて見つめ直す。
「それで──深陽学園がヤバいから、何だって言うの?」
問われて、芽依は自信ありげにうなずいて、
「炎の魔女と、末真博士──学園の有名人ふたりを、闘犬のように
「どうするつもり?」
「ほら、この前に吊し上げた間抜けがいるじゃないですか、宮下藤花。あいつって学園でも笑いものなんですけど、それって彼氏のせいなんですよね。



