ブギーポップ・クルシファイ リミットグレイの妖精逆説

Color 4 限界の灰色 -limit gray- ①

『人の想いというものはすれ違って当然であって、一致していると感じているときは、いずれ来る破綻への可能性がさらに高まっている』

──霧間誠一〈十字架上のアイロニー〉


 わたしが宮下藤花と親しくなって、そして理解したことは、どうして高校の方で彼女との接触がなかったのか、という理由だった。藤花は、皆からうとんじられていたのだ。

 そして鈍感なわたしは、そのことにまったく気づかずに、彼女を排除したコミュニティの中でのほほんと学園生活を送っていたのである。これに思い至ったとき、さすがにわたしは、かなりの自己けんさいなまれて、相当に落ち込んでしまった。

 しかしもちろん、藤花にあれこれと無神経なことなど訊くわけにもいかないので、なんとなく周囲の人に、それとなく探りを入れてみると、藤花が仲間外れになっているのは、竹田啓司という三年生と交際しているから、ということ──ただそれだけらしい。


(竹田って人のことは、噂で何度か聞いたことがある……確かデザイナー志望とかなんとかで、進学しない、って話で、それで珍しがられているって認識だったけど……)


 それも甘ちゃんの感覚で、竹田啓司ははっきりと、周囲から毛嫌いされている形跡があるのがわかった。嫉妬されているのだ。才能もあって、成績も決して悪くないのに皆と違って受験ではない自分の道を選んでいて、それが妬ましい──後輩の彼女もいるのがますます憎らしい、そういう感じのようだ。そして三年生がそう思っている、というのがなんとなく二年生にまででんしてきて、藤花も巻き込まれている……そんな風に考えを整理したところで、わたしは信頼する風紀委員長の、新刻けいに相談することにした。


「なあに、あらたまって」


 敬はこの学校で一番背が低いのだが、誰よりも心が大きな人だ、とわたしは思っている。とても尊敬している。だから変な回り道はせずに、


「あのう、新刻さん……わたし最近、宮下藤花と仲良くしているんだけど」

「らしいね」

「新刻さんには、どんな風に話が届いてる?」

「…………」


 彼女は少し息を止めて、わたしのことをまっすぐに見つめてきた。こっちもまっすぐに見つめ返す。すると敬は、ふう、と息を吐いて、


「末真博士がオモチャを見つけた、みたいに言われているよ。面白がってる、って」

「どうして藤花って、そんなに馬鹿にされてるの? 彼氏のせいらしいって聞いてるけど」

「いや、竹田先輩は別に悪くなくて」


 敬はちょっとあわてたような態度になった。わたしはあれ、と思い、


「竹田って人と、新刻さんって知り合い?」

「うん……一応、先輩も風紀委員だから。三年だからほとんど活動してないけど。ホントにただただ、真面目なだけなんだけどね、あの人って」

「周囲との折り合いが悪いんでしょ?」

「そうなんだけど──マズいことに、もうそれを改善しなくてもいい立場なのよね、あの人。実際に学校も出席日数ギリギリしか来なくなってるし」

「受験しないのにサボってるの?」

「逆よ。もう既に事務所に所属して仕事してるのよ」

「デザイナー志望だっけ?」

「だからもう、実質プロなの。正直ね、私たちとはもうレベルが違うっていうか、学生気分じゃいないのよね、先輩は」


 敬はやけに竹田啓司という人に詳しいみたいだ。その理由も気になるけど、今のわたしにとって大事なのは、


「じゃあ藤花のことをかばってくれたりとか、全然期待できないんだ、そいつには」


 ということである。わたしの声に怒りが籠もっているのを察して、敬は焦って、


「い、いや末真さん? あの二人はあれで仲良くやってるんだから、外部からあれこれ口出ししない方が──」

「わかってる。直になんか言ったりしないわ。でもムカつくなあ──竹田は自分の彼女があんなことになってるの、知ってるの?」

「いやあの、呼び捨てはちょっと」

「この前、予備校でも藤花は吊し上げられてたし──よくないよ、なんか変な噂とか広められてる気がする。思い当たる節ないかな?」

「予備校? 宮下藤花って予備校行ってるの?」


 敬は驚いた顔になった。


「そんなに意外?」


 言ってはなんだが、藤花の成績はまあ、そこそこの並みであり、成績を上げるために予備校や塾に行っていても変でもない。敬は困ったように、


「いやその、そういうことでもなくて──予備校に何しに行ってんのかな、って……」

「だから勉強でしょ」

「いやまあ、そうなんだけど……宮下さんの方はそうかも知れないけど……」


 もごもごと歯切れが悪い。でもそんなことはどうでも良いので、わたしはたとえとして、


「あるじゃない、この学校っていうか、女子生徒の間で噂が広まっちゃうことって。あの例のブギーポップとかみたいな」


 そう言うと、敬はさらに焦って、


「ぶぶぶぶ、ブギーポップ?」


 と声を上げた。


「知らないかな? いやわたしも最近まで教えられていなかったんだけど、なんかあるのよ。学園を徘徊する死神だかなんだか、そういう無責任な都市伝説が。その人が一番美しいときに、それ以上醜くなる前に殺す、とかいうにもって感じのヤツが」

「あ、あー……あはは、そ、そうね……し、知らない……かもね」

「新刻さんは風紀委員長だから、みんなもくだらない話題振ってこないのかな。でもわたしは〝末真が知らないはずないでしょ〟みたいな感じで誰にも言われずに」

「そ、それはちょっと厳しいかもね。はは」


 敬は苦笑気味に顔を引きつらせていたが、ふいに真顔になって、


「あのう……もしかして、霧間さんが予備校の近くに来てた、みたいな話ってないかな」


 と逆に質問してきた。わたしはびっくりして、


「え? なんで知ってるの?」


 と訊き返すと、彼女も渋い顔になって、


「そっか……霧間さんも嗅ぎつけてるってことは、その予備校には気をつけた方がいいかもね」


 と真剣な口調で言った。わたしが絶句していると、敬は、


「末真さん──宮下さんと仲が良いのなら、彼女が唐突に、様子がおかしくなって変なことを言い出しても、ふざけてるのかな、とか疑わないで、素直に従った方がいいから。うん、絶対に」


 と真顔で断言してきた。

 

 ……わたしは困惑しながら、新刻敬と別れて廊下を歩いている。


(どういうことだろう……新刻さんも、凪が正義の味方だってことを知ってるみたいだけど。まあそれはあり得る話なんだけど。藤花に対しての、あの不思議な忠告はどういう意味なんだろう……)


 そんな風に考え込んでいると、ふいに背後から、


「──末真さん!」


 と声を掛けられて、びくっ、と振り返ると、そこに立っていたのは意外な人物──焼津芽依だった。


(そうだ、この娘も深陽学園の生徒だった……)


 予備校でしか会ったことがなかったから、ここで出くわすのはかなりの違和感があった。それにわたしはあのディベートで彼女たちとさんざん対立したので、正直気まずさと嫌悪感がある。

 しかしそんなわたしに対して、芽依は、


「末真さん、この間はすみませんでした。でもあれは仕方なかったんです。宮下さんを吊し上げろ、って脅されていて、嫌々ながらやっていたんです」


 と言ってきた。わたしは驚いて、


「どういうこと?」


 と彼女に詰め寄ってしまう。芽依はさらに、すみませんすみません、と何度も謝ってくるが、そんな謝罪など無意味なので、


「脅されていた、って……誰に?」


 と問う。芽依はビクビクしながらも、


「あの──変なこと言ってる、って思わないでくださいね?」


 と訊き返してきた。わたしはぎょっとしつつも、


「う、うん」


 とうなずく。よほど言いづらいのか、芽依は少し歯を食いしばらせてから、口を開く。


「妖精が言ってるんです」

「……は?」

「信じられないかも知れませんが、いるんです、悪い妖精プルハ・メルハが陰からひそひそとせせら笑いながら囁いてくるんです……」


 芽依は真顔である。わたしは彼女をまじまじと見つめる。彼女もわたしを見つめ返している。