ブギーポップ・クルシファイ リミットグレイの妖精逆説

Color 4 限界の灰色 -limit gray- ②

(えーと……これって……イタズラ?)


 まずそれを疑った。芽依の連れがそこらに隠れていて、わたしが変な話に対応しているのか面白がっているのではないか、という気がした。これもまた藤花に対する悪意の表れのひとつで、その友達であるわたしも笑いものにする目的なのではないか、と。だったらむしろ、それに乗ってやって、そいつらが姿を見せたときに対決する、という手もある。どんなに大人数だろうがかまうものか、という気持ちもある。


(──でも)


 そうではないのだとしたら──そちらの方が背筋の寒くなる認識だった。


「あのう──焼津さん、その妖精っていうのは、この学校で他に知ってる人とかいるのかな」


 そう訊くと、彼女は、


「いますけど、どっちかというと予備校の方が多いです。私もあっちでその存在を知りましたから」


 と応えた。やっぱり、と思いながら、もうひとつ、


「あのグループディスカッションのときに、いきなり怒鳴りだした彼──あの子にも妖精が見えていたの?」


 と訊くと、芽依はうなずいた。わたしは本格的に恐怖に駆られ始める。頭の中で霧間誠一の本〈VSイマジネーター〉の一節が浮かんできた。

 


『人は常に人生の中でより新鮮な〝裏切り〟を求めている。だから〝信じたいモノを信じる〟というのは微妙に誤りで、実際のところ皆はそれまでの退屈な人生を否定してくれる〝まさか、信じられない!〟と言えるモノをこそ信じてしまうし、信じたいのだ』


 

 妖精など常識で考えたら存在するわけがない。しかしそれをいくら言っても、焼津芽依のような人を説得することはできない。それに今、わたしにとっては彼女のマインドセラピーなど二の次であり、何より大切なのは藤花の救済だ。これはエゴイズムだが、しかしどうにもならない優先順位がある。


「あのさ……あの子が暴れ出したとき、小さい包みを落としていたんだけど、焼津さん、見た?」

「は、はい」

「あれってさ……あなたも持っていたりする?」


 わたしがそう訊くと、彼女の視線が不自然なほどに固定された状態で、即答で、


「いいえ、持っていませんけど」


 と応えた。

 このとき──ああ、この娘は噓もついている、と、わたしは確信した。



 末真和子が〝策〟に乗ってくれるかどうか、芽依は少し不安だったが、予想以上に彼女はこっちの話に乗ってきた。予想外であり、芽依は少し拍子抜けしていた。


(なんだ──博士とか言われているから、もっと疑ってくるかと思ったのに、割と単純なのかな)


 芽依がそう思ったところで、末真の背後の廊下の隅から、

〝いやいや、舐めない方がいいんじゃねーか?〟

〝少なくともこの〈博士〉さんは雨宮美津子とかよりも切れ者っぽいぜ?〟

 と妖精たちがこそこそ喋っているのが芽依の耳にも届いてくる。

 そう──今の彼女はもう、妖精たちの声が聞こえてくることにビクビクしない。


(そうだ──考えてみれば、この妖精たちが私の弱気を呼び寄せて〝迷い〟を生むのなら──その声と逆のことを選べばいいんだよね。簡単なことだった。声を気にしない、なんてのはそれこそ弱気な発想──逆に利用してやると思えば、他の者には聞こえない声が聞こえるってのは、大きなアドバンテージになる……!)


 だから今、妖精たちが末真和子を評価しているってことは、その逆で、


(こいつは怖れるに足りない……私でも充分に操ることができる……!)


 芽依は、その興奮を隠しつつ、表面だけは萎縮した様子を演じつつ、


「それで、あのう──霧間凪っているじゃないですか。あいつが今、予備校の方にもちょっかい掛けてきていて、私も追いかけられたりしてるんですけど──」

「うん」

「どうも霧間凪って、宮下藤花の彼氏の竹田啓司ってヤツとうわしてるみたいで──それで、宮下のことが邪魔になって、妖精を差し向けているんじゃないか、って思うんです。私たちはその巻き添えになっているんです」


 芽依がそう言うと、末真は驚いた顔になり、


「ええ? そんな馬鹿な!」


 と大きな声を上げた。芽依が、しっ、と指を唇に当てて制すると、末真はドギマギしつつも、


「あ、ああ──ごめんなさい。でもそんなことってある? 霧間さんと、藤花の彼氏が──って、そんな無茶苦茶な」


 首を何度も左右に振っている。しかし芽依は、


「信じられませんか?」

「そりゃあ、まあ──」

「だったら、今からちょっとのぞいてきましょう。霧間凪は珍しく、今日は登校しているでしょう。きっと竹田啓司と密会するはずです」


 そう自信たっぷりに断言した。そして芽依は、訝しむ末真を連れて、三年生がいるフロアへと上がっていった。

 そして物陰に隠れて、竹田啓司のいるクラスの出入り口付近をこそこそと観察する。


「ち、ちょっと──大丈夫なの?」


 不安そうな末真に、芽依はうなずいて、


「来ます、必ず──」


 と言うと、果たして向こう側の階段から霧間凪が姿を現した。


「ええ?」


 と驚いている末真の肩を押さえつつ、芽依は、


「ほら──竹田啓司を呼び出しましたよ……」


 と末真の耳元で囁く。彼女たちに見られていることなど知らない竹田啓司と霧間凪は、なにやら深刻そうな顔で話をしている。

 


(どういうことなの……?)


 わたしはさすがに混乱していた。焼津芽依の言うことを信じるとか信じないとかではなく、わたしにとって予想外というか、認識外の状況が進行していて、まったく判断力が働いていない。


(だから恋愛とかホント苦手なんだって──でも藤花が泣くようなことは絶対に許せないし──ああもう、どうしよう?)


 混乱しているわたしに、芽依はさらに、


「知ってますか、霧間凪って留年してるんですよ。だから竹田啓司とは本当なら同学年で、おなどしなんです」


 と説明してくる。


「え? そんなはずないでしょ。入学式のときにちょっと騒ぎになってたじゃない。無断欠席の不良がいる、って。アレが炎の魔女だって噂になって」

「そうじゃなくて、中学生のときですよ。あいつ中学のときに一年くらい休学してるんです。何してたかわかったもんじゃないですよ」


 色々と説明されるが、わたしは動揺していて、判断がまったくできない。しかしそこで思い当たる節があった。


(そう言えば──かなり前に、凪が三年生の人と楽しそうに話しているのを遠くから見かけたことがあったっけ──)


 そのときの二人はとても打ち解けていて、確かに先輩後輩の関係には見えなかった。同世代の親友、という感じで、その三年女子の名前は──


(あ──)


 わたしの背筋に冷たいものが流れ落ちた。そうだ、あのひとだった……凪の親しかったあの人は、あの人も、そう言えば……。


「…………」


 わたしが絶句してしまった間にも、凪と竹田啓司は話し合っていて、そして気まずい雰囲気のうちに凪が背を向けて、その場から去って行く。

 芽依がまだ横でなにやら囁いてくるが、わたしの耳にはろくに入らず、


(……とにかく、確かめないと──)


 と決意が固まっていた。

 そして、わたしは芽依の方に振り返って、


「焼津さん──放課後になったら、一緒に予備校に行きましょう」

「え? でも今日は末真さんの受けてる講義はないはずでしょ──」

「いいから──話を聞かなきゃならない相手がいるから」

「誰ですか、それ?」

「雨宮美津子──あの講師に確かめないといけないことがあるのよ、わたしは」


 わたしは迷いなく断言しながら、藤花と一緒に下校する約束はキャンセルしなきゃな、と考えていた。この件の中で、竹田啓司がどこまで関与があるか不明だが、少なくとも藤花に話せることではないのは確かだった。

 


(なんだ、こいつ──?)