ブギーポップ・クルシファイ リミットグレイの妖精逆説
Color 4 限界の灰色 -limit gray- ④
「しかし、ペイパーカット現象に深入りするつもりなら、私からは〝やめとけ〟と忠告させてもらうがな。おそらく統和機構では
と、ついでのように適当な調子で付け足してきた。
「……えらくハッキリと断定するのね」
「そろそろ機構内でも情報共有されるだろうから先に言っておくが、すでに〈
不思議なことを言い出した。敵わない、とするのに、それに対しての〝専門家〟とは? それに……
「準備、って……専用の合成人間でも造ったの?」
「だから、そういう連中では歯が立たない、と言っているんだ。そんな次元では対応できない。私だって素質に欠ける。これまでとは異なるまったく新しい感性が必要なんだよ」
釘斗博士は、めったに見せない表情をしている。興奮を隠そうとしていない。心底、その事象を面白がっているようだ。
「それって要するに──どういうこと?」
訳がわからず、雨宮が訝しげに問うと、釘斗博士は大笑いしながら、
「おいおい! 決まっているだろう? 相手は〝予告状〟を送りつけてくる〝怪盗〟なんだぞ? そうなったら対決するのは──〝刑事〟と〝探偵〟ってことになるのが当然だろうが?」
と愉快そうに、推理小説めいたことを芝居がかった大仰な調子で言った。
*
釘斗博士の診察の後にも、数名の科学者による検査や、様々な測定を終えたのは夕暮れを過ぎていた。
(……しかし、今すぐに手を引くというのも難しいな。少しちょっかいを出してしまった後だし──)
雨宮美津子は困惑しながら、預けておいた携帯端末に触れると、そこには焼津芽依からの着信が残されていた。
(なんだ──末真和子が私に会いたがっている、だって? どういうことだ?)
受信履歴は数時間前だ。現在はとっくに高校の授業が終わって、予備校に行っているはずの時刻になっている。
とりあえず、古嶋俊輝の方に連絡を入れてみる。
だが、応答がない。やむなく焼津芽依に直接コンタクトを取ろうとするが──こちらも反応がない。
(これは──どうなっている?)
雨宮美津子は、施設から自分で運転する車で離れながら、考える──。
まず、第一に押さえるべき点は、今回の任務はあくまでも府名井柚純の〝鑑定〟でしかない、ということだ。
彼女に期待されているのは柚純が統和機構にとって有益か無益か有害か無害か、その辺りを確かめればいいだけで、後は責任がない。
古嶋俊輝はあきらかに任務を利用して、逸脱行為に問われるようなところに首を突っ込んでいるが、これも正式に禁止されているわけではないから──今後は禁止になりそうなことを釘斗博士が言ってはいたが、今は──罪に問われるようなことではない。
そして雨宮自身は、古嶋の上司でも管理責任者でもないから、彼がどうなろうが知ったことではない。
だから──トラブルを避ける、という観点に限定すれば、雨宮がやるべきことは、今すぐに統和機構への報告をすませて、あの予備校には二度と近寄らない、ということになる。多少のマイナスになるかも知れないが、リスクを負うよりはダメージは少ないだろう。
(私が、ほんの
雨宮としては、あんな単純な催眠暗示など、ちょっとでも相手への疑念が生じれば解消されるだろうと監査の一環として、とりあえず芽依で試してみただけだが……それが変なところにまで波及してしまっているようだ。
しかし──それも知ったことではない、はずだ。
気にしなければいいだけだ。
(そう──何の関係もない──ただ、好きな作家が同じだというだけのこと……)
雨宮美津子は、子供の頃から霧間誠一の本を愛読してきた。
彼女の双子の妹である雨宮
(せっちゃんは霧間誠一と同じ位置にいるけれど、私はそこまで行けてはいない)
という事実だ。なんとなくだが、霧間誠一が生きていたら、自身の文章に対して同じような批判をしそうな気がする。
しかしそれはもはや永遠にできない、その霧間誠一は統和機構によって危険分子として処分されてしまっているのだから。
(そんな存在に惹かれている末真和子は……どうなんだろうか)
ずっと気になっている。だから言わなくてもいいことを彼女に忠告したり、わざわざ〝お守り〟を回収したりもした。その理由は雨宮自身にもわからない。
そして、その末真は今、雨宮に会いたがっているという……。
(どういう展開でそんな話になる? 焼津芽依がなにか吹き込んだの? 私はあの娘の、変なやる気のスイッチを押してしまったのかも知れない……でも)
それも知ったことではない。責任など感じる必要はない。我が身が大切だ。安全第一で、事なかれ主義で、白黒付けずに曖昧に灰色で誤魔化して、トラブルを避けて無難な道を選択するのが賢い生き方だ。
(そうとも──世の中なんてそんなものだ。霧間誠一だって、しょせんは未来のない、言い訳ばかりの存在で──ああっ、くそったれ!)
雨宮は心の中で怒鳴りながら、ハンドルを大きく切ってアクセルを踏んだ。
予備校にコースを取った。
(ふざけるな! だから私は、そんなことを思う自分が大っ嫌いなんだよ!)
声には出さず、無言で奥歯をギリギリ嚙みしめながら、雨宮は運転を続ける。誰から見られているわけでもないのに、その外面にはまったく動揺している様子はなく、内心でのみ嵐が渦巻いている。
(わかったよ! 話がしたいっていうなら、いくらでもしてやるよ! どうせ末真和子、あんただって追い詰められたら結局、尻尾巻いて逃げ出す弱虫の小娘にすぎないんだろ? それを見極めてやるよ──後は……知るか!)
彼女は眉をかすかにぴくぴくと痙攣させる以外は仮面のように凍りついた無表情のまま車を走らせて、郊外から市内中央部へと向かっていく。
しかし──激情は予備校に着いたときに、一瞬で覚めた。
職員用の駐車場に、見慣れないバイクが一台停められている。
(なんだ──あれは?)
それは見る者が見ればわかる、異様に使い込まれて、研ぎ澄まされた刀のように調整されているオフロードバイクだった。普通の道を走るために調整されているのではなく、といってレース用の時間限定仕様でもない、いわば〝実戦〟に対応するためのバイクだった。
(
彼女は警戒しながら、車を降りて、予備校の玄関へと向かう。時間的には今は講義中で、人の出入りは少ないはずである。
とりあえず受付の者に確認を取って、焼津芽依たちが来ているなら呼び出してしまおうか、と考えて屋内を覗き込んで──そこで身体が、ぎしっ、と強張る。
事務オフィスに直結している受付の向こうに職員たちが、皆──座ったまま気絶している。
そして──かすかに聞こえてくる、ごくごくわずかな音。意識しなければ、薄い耳鳴りにしか感じられないような、だが確かに存在する騒音。
(こ、こいつは──古嶋俊輝……いや合成人間オルフォンの〝攻撃〟──〈ヒス・バズ〉現象か……?!)
連絡がつかなくなっている連中は、今──この予備校に集まっていったい何をしているというのか?



