ブギーポップ・クルシファイ リミットグレイの妖精逆説

Color 5 妖精の茜色 -fairy red- ①

『鏡に映った己と対話しようと試みるとき、人は必ず、等身大の自分よりも背伸びをしているが、その意味を深く考えることはない』

──霧間誠一〈十字架上のアイロニー〉


 霧間凪がその情報を得たのは、予備校をやめた一人の男子生徒への聞き込みからだった。


「この前、変なグループディスカッションの模試があって、そこで一人の女子生徒が異様に吊し上げられていたんですよね……」

「異様?」

「なんか最初から、その娘だけを集中砲火しろ、みたいな感じになってて。俺、途中で気持ち悪くなって倒れちゃって。それで模試は中止になって」

「その娘の名前は?」

「宮下……なんとか」

「宮下藤花、か?」

「ええ。たしかそんな名前でした。で、その模試のときだけじゃなくて、その娘ってなんか普段からみんなに狙われていて、ちまちま嫌味言われたりしてるみたいです。で、その原因は宮下の彼氏の方が憎まれていて、そのとばっちりで」

「どういうことだ?」

「あの予備校で変に影響力のある生徒がいるんですよ。で、そいつが宮下の彼氏を恨んでいるらしくて──」


 話は要領を得ず、無駄な脱線も多かったが、要は黒幕的な存在がいて、そいつは竹田啓司を逆恨みしているらしい、ということのようだった。この男子生徒自身はその黒幕とは会ったことがないという。気になっている女子にそそのかされただけだ、と言い張っていた。


(どうする、まずは事の真偽を確かめるべきか──だとしたら竹田啓司に話を聞く必要があるが……)


 なにかが引っかかっている。どうも工作の臭いがする。あの男子生徒の証言は、あれほどあやふやなのに、ただ一点、宮下の彼氏、ということだけが明瞭なのが怪しい。あの男子がまだ謎の〝妖精〟の支配下にある可能性は否定できない以上、これは何かの罠かも知れない。

 しかし──だとしたら、これは逆にチャンスでもある。


(元凶の正体を突きとめるためには、相手に手を出させる方が手っ取り早いな──)


 そこで凪は、あえて竹田啓司との接触を目立つ形でやることにした。深陽学園の内部で、衆人環視の中、堂々と彼のいる教室を訪ねて、大きな声で廊下に呼び出した。


「な、なんですか、霧間さん」


 竹田啓司は面食らっていた。無理もない。これが二人の初めての一対一の接触だったからだ。凪の方は宮下藤花の関係者である竹田のことをそれなりに知っているが、彼の方はただ、学校一の不良生徒であるぐらいしか認識がないだろう。


「ああ、悪いな。タメ口で。としは同じだからいいだろ?」

「い、いやそんなことはどうでもいいですけど──」

「話ってのは、実はあんたのことじゃない。宮下藤花のことだ」


 彼女がそう切り出すと、竹田の顔色が変わり、


「ど、どういうことだ?」

「予備校行ってるよな、彼女」

「ああ、そうらしいが──」

「どうもそこでいじめられてるらしい。で、その原因はあんたらしい」

「な、なんだって?」


 竹田は身を乗り出してきて、凪の両肩を摑んだ。


「どういうことなんだ? なんで藤花が──」


 握ってくる力はかなり強かったが、凪は払うこともせず、


「落ち着け──確証は取れていない話だ。いじめというのもハッキリはしてない」


 と言うと、竹田ははっと我に返って、あわてて身体を離して、


「あ、ああ──すまない……つい」

「宮下藤花はいつから予備校に?」

「ええと、二学期になってから、かな……いや夏期講習だったか。ごめん、彼女の話をちゃんと聞いてなかったかも」

「いや、いい。それで──本題だが。竹田さん、このリストの中に、おぼえのある名前はあるか?」


 と凪は携帯端末に一覧表を表示して、手渡す。そこには予備校生徒や関係者の名が並んでいる。


「え、えと──」


 竹田は焦りながら、名簿をなぞっていく。そして一分と経たないうちに、


「あれ──この名前って……」


 とその指が止まった。


「どうした?」


 凪の問いに、彼は、


「この……〝古嶋俊輝〟って……この前会った、あの古嶋くんか?」


 と答えた。


「知り合いなのか」

「いや、連絡先も知らないけど……二、三ヶ月前に仕事で、頑張っている高校生を取材する、ってのがあって、そこでちょっとだけ、話したことがあって──」

「どういうヤツなんだ?」

「難病を克服して、元気になって、今は色んなボランティアとか社会活動とかに積極的に取り組んでいる、立派な子って話で──」


 

 古嶋俊輝は、一通りの取材が終わって、写真撮影の準備のために待機している途中で、竹田啓司に話しかけてきた。


「竹田さんは大学生ですか?」

「いや、まだ高校生だけど──」

「あはは。だったら俺じゃなくて、あなたを取材すればよかったのに。手間が省けたでしょ」

「いや、僕は学校ではあんまり評判よくないから。進学しないヤツはこういう広報関係には向いていないし」

「ずいぶん正直に言いますね。余裕ですか」

「あるように見える?」

「見えますよ。すごい大人に見えます。言ってはなんですけど、あなたの師匠のデザイナー先生の方がよほど子供っぽいというか……」

「ああ、さっきの対談企画はゴメンね。かなり失礼だったよね。病気で寝込んでいるときは何を考えていたのか、とかしつけに訊くもんじゃなかったよね」

「まあ、本音では答えられませんよね」

「君が適当に流してくれてよかったよ。ありがとう」

「うまいことまとめておいてください。俺は推薦入学も考えてるんで」

「もちろん褒めまくる形になるから、大丈夫だよ」

「それなら安心だ──でも、竹田さんは俺みたいな計算高いヤツのことは軽蔑しますかね?」

「え? いや、そんなことはないけど」

「俺はしますね。自分のことを軽蔑している……くだらない人間だな、って感じてます。世間体ばかり取り繕って、文句を言われないためだけに努力してる」

「……まあ、それも向上心の表れと言えるかもね。今の自分に満足していないで、上を目指してるってことだろ?」

「よく言えばそうでしょうね。でも竹田さん、俺たちは何を目指せばいいんでしょうかね?」

「え?」

「なんか先がない気がしませんか。立派でもっともらしいことは全部、前時代の連中がさんくさいものに変えてしまって、俺たちはその中で、どうやって世の中の抜け穴を探すか、ズルして楽するか、みたいなことしか道が残されていない。違いますか?」

「難しいこと訊くね……でもさっき、師匠との話ではなんでそういうことは言わなかったのかな」

「言っても通じないでしょ、あの世代の人には。変に身構えられて、的外れなこと言われるだけだし」

「……手厳しいね。なんで僕には訊けるんだい」

「だから、竹田さんには余裕を感じるからですよ。彼女から言われたりしませんか、先輩は余裕ぶっこいていて嫌味だ、とか」

「……すごいね、君は。なんでわかるんだい」


 竹田がついそう返すと、古嶋は笑い出して、


「ああ、やっぱり決まった彼女とかいるんですね。そうじゃないかと思った。愛する人がちゃんといるから、そんな風に落ち着いていられるんですよね、きっと」


 と言った。竹田は引っかけられたことに気づいて、渋い顔になった。すぐに撮影が再開されたので、話はそれっきりになって、現場の解散後は竹田も古嶋のことはそのまま忘れてしまった。

 


「……で、古嶋俊輝があんたの彼女について気にしていた、ってことは間違いないな?」


 霧間凪が情報をまとめたが、竹田はまだ戸惑っていて、


「あれが気にしていた、ってことになるのかな? 彼は、僕が余裕あるとか言ってたけど、こっちからしたら向こうの方がゆうしやくしやくで何も怖い物はありません、って感じだったんだけど……」

「あんたにはわからないんだよ、ずっと寝たきりだったことがあるヤツの気持ちは」


 凪が、妙に実感ある突き放した調子で言ったので、竹田が「え」と眼を丸くしたところで、凪は、


「おい──心配かも知れないが、宮下藤花には今の話は内緒だぞ。オレと接触したことも、噂で広まるだろうが、適当に誤魔化せ。脅されたとかなんとか言っとけ」



刊行シリーズ

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