ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー
一 カラーアップ・パーティー ①
蓬田遥といつどうやって出会ったのか、啓司は覚えていない。
もちろん、推測することはできる。彼女は啓司の中学校時代の友人である蓬田彼方の妹であるからだ。クラスで知り合って以来、彼方とは不思議と馬が合い、彼の家に遊びに行くまでにそれほど長い時間はかからなかった。
だから遥と初めて会ったのもその際になるのだろう。だが今となっては中学生の頃の記憶はセピア色で、細部はぼやけて消えてしまっている。遥との出会いの具体的な経緯も、そうして擦り切れていってしまったものの一つだ。
友人と勉強したり遊んだりしている時にうろちょろとまとわりついてくる、騒がしくて手がかかって、可愛らしい小さな生き物。
啓司にとって遥とはそういう印象の存在である。いつから知り合いなのかはわからないが、知り合っていない頃の方が思い出せないくらいには、自然と傍にいる少女だった。
あれから随分と時が経ち、啓司は中学生ではなくなった。今の彼は一度は渡米してギャンブラーを志し、そして夢半ばで帰ってきたたこ焼き屋だ。
遥にいわれてVRMMOをすることになった翌日、啓司は電化製品店へときていた。
ALOを始めるのならば必要なものがそれなりにある。具体的に何がいるのかを啓司はあまり理解していないが、その辺りは経験者である遥に話を聞けることになっている。
店の入り口で周囲を見回す。
啓司が成長したように、遥もまた子供ではなくなった。少なくとも鬼ごっこやおままごとで喜ぶような子供では。
現在の遥を人混みから探すのは簡単だ。明るい金色に染められた髪。肩や腹を露出したビビッドな色合いの服装。そうした要素はどうしたって目立つ。身長が大して伸びていないので視界に入りづらい点は困りものだが、有り体にいえば派手なギャルを探せばいい。
そこまで考えてから、啓司は小さくため息をこぼした。
この間、うっかり遥の前で「ギャル」という表現を使ったら、「おじさん臭い」と非難されたのを思い出したのだ。
目に痛いほどの金色は、今日はサービスカウンターで見つかった。二月ということもありさすがに傍らにはコートがあるが、それでも頑なに露出は保っている。後ろ姿に向かって歩み寄ると、遥と女性店員の会話がかすかに聞こえてくる。
「今はこちらのプランへのお乗り換えがお得でして――」
「あの、えっと……その……」
「このオプションをつけていただければ半年間の割引が――」
「うぅ……あの……だ、大丈夫です……」
「ではお得な付属品についてご案内させてください! 是非お手にとっていただければ!」
「その……あの……じゃあ……」
にこやかな店員と、蚊の鳴くような声で答える遥。
このまま放っておくと何を買わされるかわかったものじゃない。啓司は帽子を被り直してから、大股に近づいて遥の肩越しに覗き込んだ。
「何やってんのさ、君」
「お、おじさん……!」
弾かれたように遥が顔を上げる。
猫のようなぱっちりとしたツリ目が印象的な顔立ちである。造りが全体的に幼いからか、いつも通りに不機嫌そうな表情でも今のように怯えていても、どこかかわいらしさがつきまとう。そんな少女だ。
どうも機種変をしようとしていたらしい。店員にあれこれと勧められて、その気迫に遥はすっかり気圧されてしまっている。
女性店員が啓司を見上げてくる。短く刈り込んだ坊主頭は飲食店に勤務するに当たって適切かつ楽な髪型を選んだだけだったが、上背があるせいで威圧的に見えてしまうことも多い。啓司はできるだけ人当たりのよい表情を店員に向けた。
どう見てもティーンエイジャーのギャルと、野球帽をかぶった二十代の成人男性。店員はその関係性を推し量るように少し黙って、すぐに一番順当な想像を口にした。
「ご家族の方ですか? 新規プランのおすすめをさせていただいておりまして」
「まぁ、そんなものです」
啓司は躊躇なくうなずく。
「ちょっと見せてもらいますね。……うわ、遥。君、通話を格安にするプランとか組んでどうするのさ。どうせアプリでしか連絡しないでしょ」
提示されていた画面にざっと目を通し、不要そうなオプションを弾いていく。判断のつかない部分では遥に話を振ったが、彼女の返事は首を縦に振るか横に振るかくらいだった。
数分後、遥は新しくした端末をその手に握っていた。
サービスカウンターを離れて歩き出すこと少し。手元の端末と啓司の顔を順繰りに眺めて、最終的に遥が選んだ表情はむくれ顔だった。
「おじさんが遅いせいで無駄に苦労したんだけど!」
おまけのように小さな拳が脇腹に当たる。遥としては真面目に叩いたのかもしれないが、コート越しでは当たったことすらわからないような軽い一撃だった。
「別に俺も遅刻はしてないんだけどな」
「というか、おじさん、いつの間に僕の家族になったわけ!?」
その元気を他人にも向けられれば、機種変の契約程度であんなにオロオロすることもないだろうに。
そう思いはするが、別に口に出しはしなかった。
「ほら、行くよ! ALOを買いに行かなきゃ!」
「はしゃがないでよ、中学生。大人はそんなに元気じゃないんだ」
「中学生って呼ばないで!」
大股で進んでいく遥を、啓司は普通の歩幅で追いかけていく。
階を上がってゲームなどが扱われているフロアへ。普段こないフロアは妙に新鮮に感じられるが、遥にとっては慣れた場所らしい。遥は案内板などを見ることすらなく、VR関連のゲームがまとまっているブースへと進んでいった。
「これがALOか」
パステルカラーを基調にした、妖精が飛び交うパッケージを手に取る。遥の話を聞いた感じ発売は随分前のはずだが、かなり目につく位置に置いてあった。それだけ人気を維持しているタイトルということなのだろう。
「どんなゲームなんだっけ?」
「漠然とした質問だなー。というか、ゲーム素人おじさんにどう説明すればいいかな……」
む、と遥は大げさに口をへの字にしてみせる。
「とりあえずVRMMOなの。つまりたくさんのプレイヤーが一つのサーバーに集まって、同じ世界でプレイする。リリースはザ・シード公表前だけど、コンバートできるから今はザ・シード系タイトルって見られることが多いかなー……って話をしてもわかんないよね?」
「わからん。後、VRはわかるけど、MMOって何の略?」
「知らない。それでALOはみんなが色んな種族の妖精になるゲーム。種族ごとの違いはあるけどみんな羽が生えてて空を飛ぶことができる」
「ふーん。ほのぼの系?」
「いや、全然。メインコンテンツはバチバチの殺し合い」
あんまり急に殺伐とした言葉が出てきたので、一瞬冗談なのかと思った。しかし遥の顔は至って真面目だった。
「ゲーム内のコンテンツは色々あるけど、そのうちの一つは種族間の戦争だよ。ゲーム中の目的とかは省くけど、種族同士が対立して、自分たちの種族を一位にするために争い合う。そういう感じにゲーム全体がデザインされてるの」
「俺、そんな世界になじめるかな……。というか種族間で争ってるなら、俺も遥に種族を合わせるべきだよな?」
「えー、いいよ、別に。おじさん、どうせ雑魚だし」
他の客が棚を見ようとしているのに気づいてか、ぷらりと遥が歩き出す。棚の隙間を縫って進み、対応ハードであるアミュスフィアなどが売られているブースへ。
「それにみんなが真面目に戦争してるわけでもないしね。普通に色んな種族で仲良くフィールドを探検したり、まったり過ごしてる層もいるよ」
「遥はどういうプレイヤーなんだ?」
「なんでもやる、かな。戦えるなら大体なんでも」



