ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー
一 カラーアップ・パーティー ③
ぐるりと辺りを見回せば、周囲一帯が高い外壁によって囲まれているのがわかる。外壁沿いに建てられた尖塔のてっぺんでは篝火が高々と燃え、耳を澄ませばその炎が空気を焦がす音も聞こえてきそうだ。
幅の広い通りは舗装されておらず、踏みしめているのは粒の細かい砂。通りの両脇には無数の露天が立ち並び、様々な商品のにおいが渾然一体となって辺りを満たしている。
そのすべてが真に迫っていた。
正直な感想をいえば『仮想世界というものを舐めていた』ということになるのだろう。現実同然のゲームの世界も珍しくなくなった。そう聞いてはいたが、しかし実感はしていなかった。こうして実際に立ってみるとわかる。現実と全く同様の感覚刺激ではないが、それは決して劣っているというだけの意味ではなく、確かにここはもう一つの世界なのだと。
「そりゃ遥もハマるわけだよなー」
事前に聞いていた話によれば、ここはサラマンダー領の首都ガタンであるはずだ。
新規プレイヤーはゲームを開始する際、アカウント作成で選択した種族のホームタウンへと送られる。初期の種族としてサラマンダーを選んだのだから、つまりここはサラマンダーのホームタウンである。
ゲーム的な有利不利は正直よくわからない。しかし九種族の中で現在最大勢力という辺りが気に入った。それに今、目的地であるアインクラッドを目指すのならばサラマンダー領から行くのがいいらしい。
「……そういえば『今』ってどういう意味だろうな?」
アインクラッドは城であると聞いている。なら『今』も何も、城に一番近い領地というのは決まっていないだろうか?
とにかく歩き出して、誰かに聞いてみるべきだろう。そう思って最初の一歩を踏み出そうとしたところで、不意に背後から声をかけられた。
「へーい、そこなお兄さん! ちょっと時間あるー?」
振り返った先にいたのは一人の女性プレイヤーだった。
第一印象は、毛玉である。
明るいピンク色の髪が地面につきそうなところまで伸びている。伸び放題の前髪に覆われてしまって、顔立ちはほとんど見て取れない。着ているものもオーバーサイズという言葉でも足りないほどダボダボのツーピースドレスであるため、ぱっと見は人間という感じがしなかった。布と毛の塊が勝手に歩き出したみたいだ。
それと、その背中から生えた半透明の羽。
確かプレイヤーは全員妖精なんだっけ。自分が声をかけられたのか確かめるついでに周囲を見回してみれば、通りを行き交う人々もみんな同じような羽が生えていた。大多数である赤系統の色はサラマンダーで、時折混じっている他の色は別な種族の妖精なのだろう。
とにかく、声をかけられたのは自分で間違いなさそうだった。
「俺ですか?」
「そうそう。いやー、厳ついね、いい体してんねー」
他人が近づいてきたことでわかったが、やけに自分の身長が高い。女性プレイヤーはこちらに視線を合わせるために、かなりキツい角度で首を上に向けている。現実でもそれなりに背が高い方だが、そこからさらに頭一つ分は大きいだろう。地面との距離感が普段とはずれていて、妙に不安定さを感じてしまう。
そういえばキャラクターを作成した時点で、外見はランダムに決定されると聞いていた。鏡がないので見えないが、身長だけでなく顔も変わっているのだろう。
「そんなに厳ついんですか、俺」
「そだねー。海外のアクション映画で悪役として出てきそう。見た目で似合う武器を選ぶならガトリングガンって感じかな」
「この世界、ガトリングガンとかあるんですか?」
「ないよ」
ケタケタと女性は笑いながら、こちらの全身を眺め回す。
「さて、私が見たところ君は初心者だ。というか本当に今始めたところ?」
「さっき初回登録してました」
「それに多分、あんまりVRMMO慣れもしてないよね? こっちも初めて?」
「まぁそうですけど……わかるものなんですか?」
「ネトゲに慣れてる人はあんまり敬語とか使わないよ。そういうキャラ作りしてない限りはね。あ、私はメフメト。気軽にメフメトちゃんって呼んでね!」
巴啓司……と名乗りかけて気づく。今、この世界で使うべきなのはその名前じゃない。ついさっき登録した名前がある。
突然キャラクターネームの登録を求められ、事前に何にも考えてこなかった結果、選んだのは一番見慣れた単語だった。
「俺はオクトーバーです。……じゃなかった。オクトーバーだ」
うっかり本名をいわないよう、巴啓司――オクトーバーは改めて名前を意識し直す。
「それでメフメトちゃんはなんか用事でもあるのか?」
「お、ちゃん付けに照れたりしないんだね。大変グッド。それで私の用件はね――」
前髪越しに、メフメトの視線がじっとこちらに向けられているのがわかる。
「――オクトーバーくん。私から装備をもらう気はない?」
「うん?」
まさかこの後、壺とか買わされるのか?
そうオクトーバーは問いかけようとしたが、しかしそれよりも前にメフメトは大げさな素振りで首を振った。
「あっ、いやいや、わかる! これがゲーマーとして無粋なのはわかる! 一番リソースに乏しい序盤を必死にやりくりするのは、ゲームのおいしいところの一つだよね!」
「あー、そうなのか……?」
「けどALOはゲームとしては割とハード寄りだから、初心者の支援がちょーっと足りてないんだよね! 詰むってほどじゃないけど、最新コンテンツの噂を聞いて参加したプレイヤーがそこに追いつくには結構かかるっていうか……ね、わかるでしょ?」
うんうん、と腕組みをしてうなずき、メフメトは勝手に話を進める。
「だから私みたいなヌルめのゲーマーとしては、初心者に色々プレゼントしたくなっちゃうんだよね。もちろん、ゲームバランスをぶっ壊すようなめちゃ強装備は渡さないけど、序盤を楽にして、ある程度ゲームサイクルに乗っかりやすくなるようなほどほどの装備はさ!」
正直にいうと、メフメトの発言の意味はあまりわからなかった。ゲーマーの視点から色々語っているのはわかるが、オクトーバーは特にゲームについて造詣が深くはない。
とりあえずわかったところだけを整理する。
「初心者がもらえるとちょっとうれしいくらいの装備をくれる、って話か?」
「そうそう! 無理強いはしないよ、そこを楽しみたい人もいるしね! けどゲームの最前線に早く追いつきたいなら、お手伝いできるなって!」
オクトーバーは帽子の鍔を触ろうと手を持ち上げてから、それを被っていたのが現実世界であることを思い出した。
空を切った手を曖昧に下ろす。
「うーん……君にそうやって奢ってもらう理由がないからなぁ」
「ありゃ、思った以上にもしかしてゲーム慣れしてない?」
メフメトは首を傾げると、不意に自分たちが通りの真ん中で話し込んでいることに気づいたらしい。彼女に手招きをされ、二人そろって近くの建物のそばへと寄る。
「初心者に渡すくらいの装備なんて、ある程度やり込んだプレイヤーからすれば『奢った』なんて範疇にすら入らないよ。低ステータスの装備なんて大したお金にならないし、売るのも手間だから、倉庫で大量に眠らせてるもの」
「渡しても問題ないって話なのはなんとなくわかった。でもそれって積極的に渡す利益があるって話ではないよね」
「本当に慎重だなぁ。まぁ、メフメトちゃんとしても君に装備を渡すことで、それ相応の利益は得たいよ。つまり、君の冒険の話を聞かせて欲しいの!」
そこまでいって、またメフメトはパタパタと両手を振ってみせる。



