ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー

一 カラーアップ・パーティー ④

「あ、誤解したらごめんね! 私が興味あるのは君の冒険の話! 君自身に興味があるわけじゃないからその辺は間違わないで! 結婚とかは申し込まないで!」

「……君が親切なのは理解しているつもりなんだけど、ごめん。もうちょっとかみ砕いて話してくれると助かる」

「えっとねー、つまりメフメトちゃんはロビー勢なのだよ。毎日バリバリ戦ったりクエストこなしたりせずに、街でだらだら人とお話をしたりするのが好きなプレイヤー」


 それってALOでやる意味があるのか? 会話専用のアプリケーションなんて探せばいくらでも見つかるのでは?

 疑問は浮かぶが、口に出しはしなかった。そういう楽しみ方もあるのだろう、くらいで飲み込んでおくことにする。


「で、そんな私からすると初心者っていうのはすごく、なんていうか、栄養価が高いわけ。君はこれからALOの色んなコンテンツに触れていく。私たちが見慣れちゃった風景もストーリーもキャラクターも、君からしたらすべてが新鮮でしょ?」

「ゲームの感想を聞きたい。だから恩を売っておきたい。なるほど」

「悪い言い方をするなー。でも実際そう。別に具体的な義務にするわけでもないけどね。フレンド登録して、街で見かけた時にでも挨拶してくれればオッケー!」


 びし、と両手の人差し指をメフメトがこちらに向けてきた……のだろう。

 長すぎる袖で覆われてしまっているので判然としないが。


「というわけで私が興味あるのは君の冒険の話! 君じゃない。オーケー?」

「やけにその違いにこだわるね」

「まー、メフメトちゃん、女性プレイヤーだからね。下手な誤解をされたら一分ごとに求婚メッセージが届いてメッセージボックスが爆発しちゃうよ」


 ふぅん、とオクトーバーは曖昧にうなずいた。想像はつくが実感は伴わないので、特に何をいうべきとも思えない。

 とりあえず、相手のスタンスはわかった。冒険の話を聞くという利益を目的としている分だけ、理解がしやすくて助かる。


「俺、知り合いに頼まれて目的があってイベントに参加しにきただけだから、長くは続けないかもしれないけどいいか?」

「へぇ、何が具体的な目的があるんだ? いいねー、大変グッド。そういう人って珍しいし、むしろ是非フレンドになって欲しいかも!」


 左手を振って、メフメトがウインドウを開く。


「じゃ、メフメトちゃんがプレゼントをあげましょー!」


 

 建物のガラスに反射させて、自分の格好を確認する。

 ゴツゴツと筋肉質な体の上に乗っているのは、真四角に近い形状をしたごつい頭部。真っ赤な髪の毛は角刈りに整えられ、目元は板ガムみたいに小さなサングラスで覆われている。

 革製の鎧で全身を守っているが、それよりも目立つのは真っ赤なミリタリージャケットじみた外套だ。分厚い生地のそれはただでさえ巨大な肉体を、さらに一回りは大きく見せている。

 なるほど、外国の映画で悪役をやっていそうな風貌である。

 今はアイテムストレージにしまい込んでいるが、これでもらったランスを両手で抱えてみせれば、ガトリングガンほどとはいわずともよく似合うことだろう。


「うんうん、完璧! パーフェクト! メフメトちゃんのセンスが光ってる!」

「これでステータス貧弱なのは逆に詐欺じゃないか?」

「いいんだよ、ゲームなんだから。ちんまい体で巨大な武器を振り回すのがロマンなら、逆に巨体で貧弱なのもロマンだって!」


 習った操作でウインドウを開き、もらった装備のステータスを確認する。

 確かに初期装備として持っていたものよりは一回りくらい強い印象だ。ただそれもある程度プレイした人から見れば、初期装備に毛が生えたくらいなのだろう。


「それでオクトーバーくんは何か目的があるんだっけ? 聞いたら教えてくれるやつ?」

「あぁ、それでちょうど聞きたかったんだけど……」


 オクトーバーは左右をひょいと軽く指さしてみせる。


「アインクラッド……っていうのはどっちかな?」

「…………」

「うん? えっと、この世界にあるんだよね、アインクラッドって場所」


 なぜかポカンとした様子のメフメトに、オクトーバーは面食らう。

 数秒間も固まってから、メフメトはけたたましい笑い声を立てた。


「あはははは! すごい、本当に何も知らないんだ! 貴重な素人だ!」

「えっ、なに。ここから遠い? 種族選択間違ったかな」

「違う違う! すぐにあそこを目指すなら、今は確かにサラマンダーになるべきだったよ! それにちょうど見えてくる頃かな」


 メフメトが半端に持ち上げられていたオクトーバーの右腕をつかむ。それから彼女は目指すべき正しい方向を示すために、ぐいとその腕を押した。

 オクトーバーの指が向けられた先は、真上だ。


「ほら、ちょうど見えてくるよ!」


 瞬間、一際強く吹いた風が上空の砂煙を払いのけた。その時までオクトーバーは、空にあるその影を単なる砂煙の濃淡だと認識していた。だが実際にはそれは巨大な構造物が地面に向かって投げかける、あまりに大きすぎる影だったのだ。

 そこに城が浮かんでいた。

 多分、それが彼女の中で常識になりすぎていたために、遥は説明を省いてしまったのだろう。城の場所を探す時に普通は空なんて見ない。

 対比物がないので遠近感が曖昧だが、横幅は数キロメートル以上……おそらくは十キロ近くもあるはずだ。地上からでは外観のほとんどは見て取れない。下部を構成する岩の塊が視線を遮ってしまっている。

 しかしそれでも城の持つ現実ではおよそあり得ない威容は、一目ではっきりと伝わってきた。ましてそれが空を飛んでいるのである。

 壮観でもあったし、奇観でもあった。


「……あれが、アインクラッド」

「あそこ行くんでしょ? ついでに案内するよ。ほら、左手をこうして」


 メフメトが示したジェスチャーに従って、左手を虚空で握る。そうするとスティック状のオブジェクトが自動的に現れた。

 同時にただ生えているだけだった背中の羽が広がり、ふわりとした浮遊感が体を包む。メフメトが右手をつかんで引っ張ると同時に、足先に感じていた地面が失われる。

 飛んでいる、と気づいたのは建物よりも高く上がってからのことだった。


「お、おぉぉぉ!」

「あはは! やっぱり初心者の初フライトはいいリアクションだよねー!」


 体がどんどん加速していく。一直線に目指しているのは、アインクラッドだ。視界の中で徐々に浮かぶ岩の塊が大きくなってくる。速度にも高さにも怯えを感じずに済んだのは、メフメトが手を引いてくれているおかげだろう。

 これが仮想の世界の出来事であることは理解していたが、それでも体一つで空を飛ぶという体験は否応なく心を浮き立たせた。最初、喉から漏れていたのは悲鳴だったはずだが、やがてそれは歓声に変わっていた。

 耳元でうなりを上げる風に負けないようオクトーバーは声を張り上げる。


「すごいな! これだけで色々買った元を取った気分だ!」


 オクトーバーは左手でスティックを握り締めているが、恐らく慣れたプレイヤーには不要なのだろう。メフメトは自由になっている左腕を大きく広げ、そして高らかに笑った。


「そりゃあいい! じゃあ、ここから先の素晴らしい体験は全部が利潤だね!」


 やがて高度を十分に稼いだのか、飛行の角度が緩やかになる。

 地面とほとんど水平に飛行すると足下に地面がないことをより実感させられた。心中に不安が湧き上がらないよう、強いて視線を下に向けないようにしながら問いかける。


「つまりアインクラッドは空を周回しているのか。だから『今はこの領地が近い』みたいな説明だったんだな」