ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー
一 カラーアップ・パーティー ⑤
「そうそう。……ん? この時期にアインクラッドを目指してて、何かのイベントのために始めたって……もしかして目当てはカラーアップ・パーティー?」
「『カラーアップ・パーティー』がカジノのイベントならそう」
「まさしくそれ。じゃあ目的地はアインクラッドの第7層だね。というか、カラーアップ・パーティーに参加するならお金が必要じゃない? 大丈夫?」
「ゲーム内のカジノだろ? 金が要るのか?」
「当然、リアル・マネーじゃないよ。けどゲーム内通貨――ユルドは要る。カジノで使うチップを買ったりするためにね」
「あー……そうなんだ」
遥はその辺のことを教えてはくれなかった。何か算段があったというわけではなく、多分何も考えていなかったのだろう。
後ろ向きに飛んでいたメフメトは、こちらの困り顔に気づいたらしい。
「あはは、安心して。後でいくらかユルドをあげるよ」
「……何から何まで悪いな」
「いいんだって。メフメトちゃんは初心者さんがゲームを楽しめるようにお手伝いするのが好きなんだから。それにあのイベントに君がどう対抗するのかも興味あるしね」
「そんなに難しいイベントなのか?」
「イベントの形式自体はすごくシンプル。期間限定でイベント会場になるカジノに、豪華な賞品が並びます! っていうだけ」
「皆様ふるってご参加ください、ってことだな」
「けどカラーアップ・パーティーのすごいところは、豪華な賞品がほんとに豪華だったところだね。だってラインナップに
「……遺物級武器?」
「サーバー当たりの本数の上限が決まっている武器。サーバー当たり一本の
ALOはかなり戦闘に重きを置いたゲームなんだっけ、と思い出す。やはりプレイヤーの興味は強い武器や防具に偏るのだろう。
「そりゃもう、たくさんのプレイヤーが目の色を変えて参加したわけさ」
「あらら。じゃあ俺の目的の武器ももうないかもなぁ」
「あ、それも大丈夫。カラーアップ・パーティーのすごいところの二つ目だけどね――」
恋愛の噂話をする学生みたいに熱っぽい口調で、メフメトが言葉を続ける。
「――たくさんある目玉賞品の一つも取られてないんだよ」
「……一つも?」
「そう! なんでも凄腕のディーラーとかをたくさん引き入れてるって噂で、色んな人が挑戦したけど、今のところ全員返り討ちにされちゃってるんだってさ!」
「へぇー……凄腕のディーラーねぇ……」
それでイベントが成り立つのだろうかと思うが、成り立つのだろう。それでもワンチャンスに賭けたくなるくらいに、賞品が魅力的ならば。
「オクトーバーくんは知り合いに頼まれたんだっけ? もしかしてギャンブルがめちゃ強だったり? リアルの正体は天才ギャンブラーだったり?」
あけすけな興味のにじんだ質問に、オクトーバーは声を立てて笑った。
「俺がもし天才ギャンブラーなら、ゲームなんてせずに今頃ラスベガスで大儲けしてるよ」
「あはは、だよねー!」
アインクラッド第七層、その主街区であるレウシオから歩いてしばらく。目的のイベントが行われている街であるウォルプータはそこにあった。
ここまでの案内をし、道中の敵も蹴散らしてくれたメフメトとはすでに別れた後である。「楽しい思い出話に期待しているぜ!」の言葉を残して、メフメトはすぐに帰っていった。きっとまたガタンで初心者を探しているのだろう。
ウォルプータの街はひどく瀟洒な造りをしていた。
傾斜地に建てられた街なのか、全体が緩やかな階段状になっている。そのため多くの家々が視界に収まるのだが、その全ての壁が白く美しい。夏を思わせるような強い日差しを反射する様は、まるで巨大なキャンバスのようだった。
明らかに人々の目を楽しませるために整備された街並みである――まぁ、厳密な話をすればゲーム内のオブジェクトの全ては人の目を楽しませるように作られているのだが。
気温は高いが先ほどまでいたガタンのような乾燥したものではなく、まさしく常夏といった感じだ。実際、遠方からはかすかに波の音が聞こえていた。街のどこかがビーチに面しているのだろうか。
「サンタバーバラとかこんなんだったっけ……」
昔、現実で立ち寄ったリゾート地を思いだし、それから街へと踏み込む。アインクラッド内では飛行できない設定らしいので、移動は徒歩だ。
門をくぐり、街を東西に貫く大通りを歩いて行けば、活気にあふれた人々の声が自然と耳に入る。呼び込みを行っているNPCの声も多いが、街を行き交うプレイヤーの数もかなりのもののように見える。
このまま通りをまっすぐ西へ進めば、宮殿のような建物――ウォルプータ・グランドカジノへと行き当たる。そこはウォルプータ最大のカジノであり、この街最大の観光名所だ。
しかし今日の目的地はそこではない。
オクトーバーは途中で道を左に逸れ、階段を下っていく。街の南側は商業街になっており、NPC経営の店以外にプレイヤーショップも多く軒を連ねている。小規模なカジノもいくつも存在しており、カラーアップ・パーティーの会場もまたそのうちの一つである。
ホワイト・コースト・カジノ。
元々の名前なのか、経営しているプレイヤーがつけたのかは知らないが、立地を考えれば実に安直な名前だった。見た目もただの屋敷といった感じで、そう目立つものではない。
しかしそのカジノの周りだけ、明らかに人通りの量が違う。やはりイベント期間中というのが大きいのだろう。これから店に入る人の顔に浮かぶ期待と不安、出てきた人の顔に浮かぶ悲喜こもごも。かつてギャンブラーとして活動していた頃には日常的に感じていた熱気が、街のその一角には満ちていた。
「………………」
大きく息を吸って、吐き出す。この動きが現実の肉体と同期しているのかはわからないが、とりあえず気は引き締められた。
遥の目当ての武器を取って、すぐに帰る。それだけだ。
「よし、行くか」
意気込みをシンプルに口にして、オクトーバーはカジノに足を踏み入れた。
人の波に乗って内部に入った瞬間、別の世界に入り込んだような気持ちになった。屋敷内は表通りの夏の熱気とは無縁で肌寒く、そして薄暗い。天井からはいくつかシャンデリアが垂れ下がっているが、おそらくは意図的に光量を少なめにされている。
壁や梁に沿って黒く光沢を持った布が張り巡らされているのは、室内を狭苦しく見せないための工夫だろうか。
ぱっと見た限り、このフロアに設けられているテーブル数は二十台くらい。床面積の割には詰め込まれているが、配置に気を遣っているのか圧迫感は薄い。
どのテーブルも盛況で、さらにゲームに参加せずに眺めている客も多い。肩をぶつけずに人の間を縫うのが難しいくらいの混み具合だ。
フロアの奥は舞台上になっており、そこには一台のグランドピアノが置かれていた。ピアノの前には一人のバニーガールが座っており、聞き覚えはあるが名前の思い出せない緩やかな曲を演奏している。
そこで気づいた。
バニーガールがいる。
舞台上だけではない。店内のあちこちをバニーガールの衣装に身を包んだ女性が歩いている。彼女たちが酔狂な客ではないのなら、ここの制服がバニーガールということなのだろう。
「うわー、バニーガールって本物を見るのは初めてだ」



