ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー

一 カラーアップ・パーティー ⑥

 実際のカジノには普通バニーガールはいない。かつてその無情な現実を知った時には中々落胆したものだ。まさかカジノとバニーガールという古典的なイメージの組み合わせを、今になって体験することになるとは思わなかった。

 思わず視線が引き寄せられそうになるが、後回しにして周囲の確認をする。どうやらチップへの交換はテーブルごとではなく、換金所で一律に行うようになっているらしい。

 オクトーバーは換金所へと向かい、これまたバニーガール姿のNPCへと話しかける。すぐに取引用の画面が提示される。


「チップが一枚百ユルド。購入上限が一日当たり百枚。チップ所持数は日付ごとに更新で、翌日以降への持ち越しはなし……ふぅん、色々変わってるなぁ」


 問いかけてもNPCは曖昧な笑みを浮かべるばかりだった。ともかくとして、メフメトからもらっていた一万ユルドを全てチップに変える。上限ぴったりな金額を渡してきたところを見るに、メフメトもカラーアップ・パーティーに挑戦したことがあったのかもしれない。

 換金所の奥には景品が展示されていた。システム的に必要なのかはわからないが、立派な鉄格子の向こう側、見るからに高級そうな武器や防具が並んでいる。各賞品の下には丁寧に名前まで掲示されているので、目的のものがどれかは簡単にわかった。

 タイタンズ・ネイルはひどく歪な斧だった。

 ゲーム内の分類は両手斧になるのだろうか。特徴的なのは扁平な形をした、鈍く輝く刃である。まるで人間の親指の爪を巨大化したようなデザイン。その刃を支える束も、無数の管が絡み合ったような奇怪な形状をしている。

 素材は金属だというのに、妙に生物じみた印象を与えてくるその斧に、オクトーバーは端的な感想を漏らす。


「趣味わるー……」


 まぁ、遥の趣味がどうであろうと関係ない。

 掲げられているような目玉賞品を交換しようと思えば、必要なチップは一万枚以上が相場のようだ。一人が一日に買えるチップは百枚。人海戦術で目玉景品を手に入れようとすれば百人以上を動員する必要があり……なるほど、誰もその手を取らないわけである。

 目玉賞品以外の交換対象もたくさんあり、そちらはもっと安いようだが。武器から消耗品、家具などまでそちらの品揃えもかなり豊富に見える。

 ともかく方針ははっきりした。チップの所持枚数が日ごとにリセットされる以上、毎日地道にチップを増やすことはできないので、手元の百枚を百倍以上に増やすしかない。

 ためらうことなくオクトーバーはちょうど空いたテーブルへと座った。

 行われていたゲームはドロー・ポーカーらしい。

 先に席へと着いていたプレイヤー達の歓迎の言葉に、オクトーバーは適度な笑顔で応える。それから着ていたミリタリージャケットを脱ぎ椅子の背へ。サングラスも外してポケットへと押し込む。

 そして両腕を肘までまくって、チップを丁寧に並べ直した。

 しばらくギャンブルからは遠ざかっていたし、かつてギャンブルで生計を立てていた頃もポーカーを専門とはしていなかった。しかしここにいるのは現実では普通の生活を営むプレイヤーであり、いってしまえば素人だ。

 全員に勝ってチップを回収。それをひたすら繰り返していけば、一万枚くらいはそう遠くないうちに達成できるだろう。

 ディーラーが配るカードを待ちながら、オクトーバーは不敵に微笑んだ。


「さあ、始めようか」


 

 その一時間後、オクトーバーの手元には一枚のチップも残っていなかった。


「あ、あれぇ……?」


 頬を冷や汗が伝うのを感じる。

 チップが残っていない理由はこの上なく明確だ。ここまでの一時間、オクトーバーが負けに負け続けたからである。

 もちろん、それは『負けることを布石にする』みたいなかっこいい戦略ではない。勝つ気で勝負に挑み、そして負けた。その繰り返しの果てにすっからかんになりかけの財布と、同席するプレイヤーたちから向けられる生暖かい笑みがあった。

 今は最後まで手元に残していたなけなしのチップ一枚をオールインして、最後の賭けをしているところだ。

 手札はKのワンペア。

 勝負に出るのに最善の状態とはいえないが、それでも十分に勝ち目のある手札。

 そして、と対面に座っているプレイヤーへと目を向ける。他のプレイヤーは全員すでに勝負を下りているため、実質的に一対一の状態である。相手が向けてくる笑顔を、オクトーバーは慎重に観察する。

 明らかにブラフを張っている、とオクトーバーの観察眼は告げていた。相手の表情はまるっきり作り物で、手札にはろくな役が揃っていないだろう。

 だから勝てるはずだ。

 オールインをしている以上、今更降りる選択肢はないのだが、それでもオクトーバーはその判断の下でショウダウンを待ち――


「よっしゃあ! 勝った!」


 しかし、手札をお互いに見せ合った後、開催をあげたのは対面するプレイヤーの方だった。彼が開示した手札はツーペアで、オクトーバーのワンペアを上回っていた。


「……うーん」


 今日は一事が万事、こういった調子だった。相手の表情を読もうとすれば裏目に出て、こちらがはったりを仕掛けようとすれば見抜かれる。かつての経験を元にして戦おうとすればするほど、オクトーバーの元からチップは失われていった。

 まるでギャンブルの初心者だった頃に戻ったよう……というか、初心者だった頃ですらここまで悲惨な負け込み方はしたことがない。全てがちぐはぐで、どうにもかみ合っていない。

 オクトーバーは両腕をあげてみせる。

 動きはひょうきんだが、敗北感は心からのものだった。


「だーめだ! 今日はもう帰る!」


 どのみちチップももうないので、ギャンブルを続けることはできない。

 同席していたプレイヤーたちが投げかけてくるからかいの言葉やねぎらいの言葉を聞きながら席を立つ。

 そして椅子にかけっぱなしだった上着を手に取って、


「…………っ!?」


 直後、鳴り響いた警報にぎょっとした。

 何かトラブルでも起きたのかと慌てて首を巡らせる。が、店内に異常はない。それどころか耳を聾さんばかりに警報が鳴っているのに、誰もそれに驚いた様子を見せていない。

 その警報は自分にだけ聞こえているシステム的なものだ。

 オクトーバーがそう理解した時には、警備員らしい黒服のNPCが近づいてきていた。オクトーバーに劣らぬ厳つい様相の黒服が、見た目にふさわしい声音で告げてくる。


「お客様、そういった行為はご遠慮ください」


 そういったって、どういった?

 そんな質問を挟む暇はなかった。黒服は有無を言わせぬ速度でオクトーバーの襟首をつかみ、ずるずると店内を引きずっていく。客たちの囃し立てる声の中で店を横断し、最終的には裏口からポイと捨てられた。


「ぐえっ」


 生ゴミの袋みたいに裏路地に転がる。

 すぐに起き上がるべきだと頭ではわかっていたが、そんな気力も湧いてこなかった。誰も通らないのをいいことに、オクトーバーはぐだりと路上でうつ伏せになる。


「どーなってんだ……」


 一年あまりのブランクで、素人にも劣るほどギャンブルの腕が落ちてしまったのだろうか。いや、まさかそんなことはないはずだ。

 それに、最後急に放り出されたのは一体どういうわけだったのだろう。チップを全て失ったから、ではないはずだ。ゲームが終了した時点では警報は鳴らなかった。黒服がやってきたタイミングは、オクトーバーが上着を取ろうとしてからだった。


「……あ」


 そこまで考えてから気づく。

 手元に上着がない。転がったまま辺りを見回すが、やはり見当たらない。先ほど引きずられているうちに黒服によって回収されてしまったのだろうか。