ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー

二 オクトーバー・レイン ②

 昨日初めて挑戦した仮想世界のカジノでは、勝てるつもりで挑んだ勝負でぼろ負けして所持金を全て失った。どうして負けたのかはまだわからないが、現実のカジノで培ってきた技術はほとんど役に立たないらしい。

 しかもまだ詳細はわからないが、カラーアップ・パーティーの裏には何らかの陰謀があるとすら聞かされている。

 これから家に帰ってログインするつもりだが、正直何も目処は立っていない。

 そうした諸々はもちろん頭にあったが、こちらを見る遥の目には信頼感しか浮かんでおらず、ならば啓司にいえる返事は一つだけだった。


「もちろん、余裕だよ」


 

 二度目のALOは夕暮れだった。


「……あれ? 今は夜だよな?」


 待ち合わせ場所であるウォルプータの東門に寄りかかりながら空を見上げる。空――正確には第八層の床に当たる部分は、今は熟れたリンゴのような色に変わっていた。

 現実が既に夜も更けてきていることを考えると、かなりの時差だ。周囲のプレイヤーが気にしている風ではない以上、異常事態ではないようだが……と考えていたオクトーバーに、隣から声がかかった。


「ALO内の一日は十六時間周期です。これはログイン時間の限られるユーザーのプレイ体験が、特定の時間帯のみにならないようにという配慮とされています」


 いつの間にかすぐ傍まで近寄ってきていたようだ。チョコバナナサンデー――バナナサンと名乗った女性プレイヤーに、オクトーバーは挨拶を口にする。


「こんばんは。時間一つとってもよく考えられてるもんだね。それと、急な呼び出しに応じてくれてありがとう」


 仕事を終えて帰宅し、こうして合流するまでにかかった時間はわずか十分である。いつでも対応できるというバナナサンの言葉は誇張ではなかったらしい。


「いえ、私は協力してもらう立場ですから」


 そういってお辞儀をするバナナサンは、昨日と違う服装をしていた。

 ノリのきいた白いシャツと、タイトな黒いスラックス。黒い蝶ネクタイとベストも合わせているから、バーテンダーのコスプレに見える。


「あれ、今日はバニーガールじゃないんだ。残念」

「街では目立ちますので。強く希望されるなら着替えてきますが」

「いっておいてなんだけど、俺もバニーガールと街を歩く度胸はないなぁ」


 それに、と失礼にならない程度にバナナサンの全身を眺める。

 服装はユニセックスなものだが、タイトなデザインのせいで女性らしい体型がむしろ強調されていて……なんかいいね! とはさすがに口には出さなかった。


「では、歩きながら話しましょうか。私たちの目標について」


 時間帯がやや深夜に差し掛かっているが、辺りの人通りは昨日にも増して多い。ネットゲームにとってはむしろこれからの方がゴールデンタイムなのだろうか。

 すいすいとバナナサンが進んでいくが、これはどこを目指しているわけでもなさそうだ。単に人から話を聞かれないようにという理由で歩いているらしい。オクトーバーは半歩遅れてショートカットの頭を追いかける。


「改めてですが、オクトーバーさんはカラーアップ・パーティーの背後に隠された陰謀を解き明かす手伝いをしてくださるということでよいですか?」

「そもそも俺はその『陰謀』があるって根拠すら知らないんだけど」

「そうでした。……ふむ。どこから説明しましょうか。オクトーバーさんは目当てのアイテムがあるはずです。それの名前をお聞きしても?」

「タイタンズ・ネイルっていう両手斧だよ」

「……あれ?」


 オクトーバーが答えたアイテム名を聞いて、先を行くバナナサンが首を傾げた。何か間違ったことでもいったのかと不安になってしまう。


「私はてっきり、オクトーバーさんの目当ては遺物級武器かと思っていました」

「……遺物級武器ってなんだっけ?」

「サーバー当たりの上限本数が限られているとされている武器を指す俗語です。ただしサーバー当たり一本の伝説級武器はこの定義に含まれません」


 そうだ、そんな説明を昨日も聞いたはずだ。

 記憶を掘り返しながら、オクトーバーもまた疑問に行き当たる。


「あれ、タイタンズ・ネイルって遺物級武器じゃないのか?」


 事の発端、イベントへの参加を頼んできた時の遥の言葉を思い出す。


『すごく特別な武器なんだ』


 彼女は確かにそういっていて、だからあのカジノの景品の中で最も強い武器がタイタンズ・ネイルなのだと、勝手にそう納得してしまっていた。


「いえ、タイタンズ・ネイルの分類は古代級武器エンシェントウェポンです。その中でも特に強力なステータスを持つ一本ですが、古代級武具自体はユルドを費やせば理論上はいくらでも数をそろえられます。カラーアップ・パーティーの目玉景品の中ではかなり地味な方です」


 話を聞く限りタイタンズ・ネイルに『特別』なところはないように聞こえる。少なくともカラーアップ・パーティーで絶対に入手したいという理由が見当たらない。

 じゃあなぜ遥は自分に頼んできたのだろうか。

 脇に逸れかけたオクトーバーの思考を、バナナサンの声が引き戻す。


「すみません。『遺物級武器の名前が挙がるだろう』と予想して話の枕を振ったのが間違いでした。ともかく、私の話の要点はそこです」


 角を曲がるついでのようにバナナサンがこちらに視線を向けてくる。


「――景品に遺物級武器が存在する。だからその裏には陰謀があります」


 何の感情も浮かんでいない青色の視線を、オクトーバーは真っ向から見つめ返した。


「理屈がわからないな。どうしてそうなる?」


 またバナナサンが歩き出す。家々の影を辿るように歩くその後ろ姿は、ふとした拍子に見失ってしまいそうだ。


「前提として、ALOのカジノではチップを直接換金することはできません。なのでプレイヤーはユルドを増やすことではなく、純粋にアイテムの入手を目的としています」

「チップをアイテムに交換して、アイテムを売れば……ってみんな思いつくよな。それで金目当てでギャンブルするやつがいないってことは、効率が悪すぎるってことか」

「しかし同時に、貴重品がカジノの景品になることもあり得ません」

「それはまた、はっきりと言い切るね」

「はい。ここはゲームの中ですから」


 狭い路地の一角にぽつんと露天が設けられていた。天幕の下には何種類もの食材が並んでいる。ふわふわとした足取りで進んでいたバナナサンが、店先をのぞき込んだ。

 店名は現実のチェーン店のパロディのようだ。つまり店先に立っているのはNPCだが、これはプレイヤーが経営しているショップなのだろう。


「おおむねゲームの全てのアイテムは全てのプレイヤーに平等に入手機会が存在しています。期間限定イベントの報酬やクエストなどで取捨択一となるものなどは除きますが、本質的にALO内に貴重品は存在しないのです」

「あぁ、なるほど。景品がカジノのゲーム以外の時間や労力によって入手可能ならば、それは市場価値が大体決まってるって意味だもんな。そりゃ無制限に金を放り込んで取りに行く、なんて感じにはなりづらいよな」


 一攫千金を夢見る人々から無尽蔵に金を飲み込み続ける現実のカジノとは、全く逆の構図といってもいい。


「例外はウォルプータ・グランドカジノなどのNPC経営のカジノです。ああいった場所にはカジノの景品としてしか入手できないアイテムが存在しています。しかしそういった形での加熱も、プレイヤーショップとしてのカジノでは期待できません」

「けどそれはあくまで『おおむね』って話だろ? 現に遺物級武器なんてはっきりとした貴重品が、目玉景品として出品されてるんだから」

「それも本来はあり得ない話なのです」