ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー

二 オクトーバー・レイン ③

 こちらからは見えないが、露天を眺めていたバナナサンが指を宙にさまよわせる。ウインドウで何か操作をしたようだ、と理解した瞬間に店先に並んでいた食材が全て消える。

 ぎょっとするオクトーバーの前で、バナナサンは平然と歩き出た。背後の店員NPCは心なしか達成感の滲んだ笑顔で挨拶をすると、売り物のなくなった店を閉め始めた。


「視点を逆にしてみましょう。ホワイト・コースト・カジノの経営者はなぜ、遺物級武器を景品にしたのでしょうか」

「金儲け」


 即答してから、オクトーバーは引っかかりを覚える。

 誰もが欲しがる武器がカジノの景品として出されたのならば、目的はその武器を求めるプレイヤーから金を巻き上げることである。そう考えるのが順当だ。


「いや、けど……なら、一日に買えるチップの枚数を制限しているのが変だな?」

「はい。仮にユルドを集めるという目的を設定されているのならば、矛盾しています」

「じゃあ目的が違うんだろ。そうだな。カジノを盛り上げたい人が、張り切ってすごい景品を用意してみたとか。チップの翌日への持ち越し禁止って辺りも、つまり遊ばずに景品ゲットを防ぐための方策だろ?」

「かなり肌感覚の話になってしまいますが……それはあり得ません」


 バナナサンの革靴のかかとがカッと硬質な音を立てた。


「プレイヤー自身の技量を除けば、基本的にプレイヤーのステータスには再現性があります。誰かの強さは、別の誰かも手にできるわけです。その原則のわずかな例外が伝説級武器や、遺物級武器です。これはオクトーバーさんが想像されるよりも重い意味を持ちます」

「誰よりも強くなりたいから、手放すリスクを発生させるなんてあり得ない?」

「その通りです。少し前にとあるプレイヤーが史上最強のソードスキルの伝授を告知したことがありましたが、その時の騒ぎはカラーアップ・パーティーの比ではありませんでした」


 その時のことを思い出すように、バナナサンは少しだけ黙った。それから彼女は一度首を振って、話を続ける。


「最悪数枚のチップを元手に遺物級武器を持っていかれるリスクが発生することをプレイヤーが許容するでしょうか? 答えは否です」

「肌感覚はわからないけど、一旦そういうものとして飲み込んでおくよ」

「加えて遺物級武器の入手は難易度が高く、プレイヤーにはある程度のガチさが求められます。欲しければ取れる、プレイ歴が長ければ取れるというものでもありません。私はALOをサービス初日からやっていますが、それでも入手はできないでしょう」

「そんなに? というか、バナナサンはいわゆるガチ勢じゃないのか?」

「私の最も熟練度が高いスキルは《料理》で、二番目は《演奏》です」

「ゲーム詳しくなくても戦闘向きじゃないことはわかるな……」


 そういえばALO内では料理も食べられると聞いた。

 そのうち暇ができたら仮想世界での食事というものに挑戦してみたいものだ。


「ともかく、遺物級武器を入手できるようなガチ勢が、『カジノを盛り上げたいから』というだけの理由でそれを景品にするという想定はかなり無理があります」

「人からもらう……ってのもなしか。他人に対して譲り渡す動機がないって話だもんな」


 少しずつ理解が追いついてくる。ゲーム内の論理に基づいて見た場合、カジノの景品に遺物級武器があるのは奇妙な事態らしい。

 道理が引っ込んだならば、それは往々にして無理が通ったということだ。


「ゲーム内で理屈が通らないのなら、何かが起きたのは現実の方か」

「はい。これが遺物級武器を秘蔵していたリアルの知人から単に譲り受けただけという話ならばいいのです。しかしより起こり得る入手手段を考えるならば、それはリアル・マネー・トレードか、あるいは直接的接触を含む説得などになるでしょう」

リアルマネートレード?」

「ゲーム内のアイテムを現実の通貨で取引することです。もちろん、これは規約違反の行為であり、露見した場合にはBANなどの措置が執られます」


 ゲーム内アイテムの相場はわからないが、禁止行為をやらせるとなれば、それなりの金額を積み上げないと売り手に頷かせることはできないだろう。

 そして問題の本質はRMTが行われたか否かではない。


「……仮にここまでの推測が正しいとして、その目的はなんだ?」


 無茶をしてまで遺物級武器を手に入れたのだとしたら、その上でやることがカジノの景品にするだけであるはずがない。


「ご理解いただけましたか。つまり、カラーアップ・パーティーはどこをどうとっても……そう、間尺に合わないのです」


 街の中央に位置する大噴水へと到着する。巨大な噴水が夕日の下で赤くきらめく光景は、ここが仮想世界であることを忘れてしまうほどにきれいだった。


「この噴水にはコインを投げると願い事が叶うといういわれがあります」


 ストレージを開いて二枚のコインを実体化させたバナナサンが、無造作な素振りで一枚を噴水に向かって投げる。明星のようにきらりと輝いたそれは、すぐに水の中に沈んで見えなくなった。それからもう一枚をオクトーバーへと差し出してくる。


「改めてお願いします。カラーアップ・パーティーの裏にある陰謀の解明にご協力ください」


 オクトーバーは受け取ったコインをほとんど無意識に手の中で転がそうとする。

 しかし意に反して、コインはつるりと滑って地面へと落ちた。


「……あれっ?」


 コインロールに失敗するのなど、いつ以来だろうか。思わずまじまじと自分の手を見つめてしまう。それからコインを拾って、もう一度。しかし今度は地面に落ちる前にキャッチできたものの、やはりコインは不格好に跳ねるばかりで、まともに転がせもしなかった。


「…………」


 どうなっているのだろうか?

 内心で首を傾げながら、手癖で転がさないようにコインをぎゅっと握り込む。


「まぁ、今のところ、陰謀については状況証拠ばかりだね。確実にあるとは言い切れないし、だからその目的が見つけるとも約束はできない」

「はい。陰謀がないとわかるのなら、それもそれで構いません」

「けど陰謀があってくれた方が俺にとって嬉しいから、あるっていう前提でいこう」

「嬉しい、とは?」

「俺はタイタンズ・ネイルが欲しいけど元手にできる資金がない。だから陰謀があるって前提で話を進めれば、君から調査のためって名目でお金をもらえる」

「なるほど。実のところ、私も陰謀はあるのだろうと決めつけています。特に明確な根拠はありませんが」

「似たもの同士だ。協力しやすくて助かるよ」


 オクトーバーは小さく笑って噴水に向き直る。


「じゃあ、陰謀が見つかることを祈って!」


 そしてコインを噴水へと放り投げた。

 

 それから十分後、オクトーバーはウォルプータ・グランドカジノにいた。

 NPCによって運営されている、この街最大のカジノである。さすがというべきか、その規模はプレイヤーショップとしてのカジノの比ではない。外から見ればまるで宮殿のよう、中に入ればいくつテーブルがあるのかもわからないほどだった。


「いわれたので案内しましたが、いいのですか? ここは特にカラーアップ・パーティーとは関係のない場所ですが」

「いいんだよ。今のところ、俺はこの世界のことをあんまりにも知らなすぎる」


 オクトーバーとバナナサンがいるのは、カジノ内に設けられたイブニングバーの一席である。すり鉢状に作られたフロアをよく見下ろせるように作られたそこからは、フロアの最下層がよく見える。

 巨大な檻によって囲まれた闘技場が。