ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー

二 オクトーバー・レイン ⑥

 ぶすっとした表情で端末をいじっていた遥が、視線だけをこちらに向けてくる。


「そういえばおじさん、ALO以外のタイトルに興味はないの? やってみたいジャンルとかタイトルがあるなら、多分少しくらいはわかるけど」

「うーん、そういわれてもなぁ……」


 ALOをやっているのはあくまで遥に頼まれたからで、VRMMOに対して興味があったかといわれれば怪しいところだ。しかしここで何のタイトルも上げなければきっと遥は機嫌が悪くなるだろう。明らかにそういった表情をしている。

 少し考えて、不意に浮かんだゲームタイトルを啓司は口にした。


「……『ビザンツ帝国』かな」


 口にしてからそのタイトルをどこで目にしたんだっけと内心で首を傾げる。


「は? おじさん、それどこで聞いたの?」

「えーと……あぁ、さっきの動画のコメント欄。それにALOの中で掲示板に貼られたりしていたっけな」


 視界の端にずっと、その名前が映っていたのだ。


『ビザンツ帝国』というタイトルがどういうゲームなのかは知らないが、あちこちで宣伝らしき文言を見かけていた。だからなんとなく記憶に残っていたのだろう。

 多く広告が打たれているということはすごいタイトルに違いない。

 そんな風に啓司は朴訥と考えていたが、しかし遥のリアクションはここ最近では一番というくらいに深いため息だった。


「あのねぇ、おじさん。関係ないゲームのコメント欄にマルチポストされてる宣伝なんて、ろくなゲームじゃないに決まってるじゃん」

「ということは、遥は知ってるのか。ビザンツ帝国っていうゲーム」

「あれはなんていうか……ゲームっていうか……うーん、まぁ、見た方が早いと思うよ。あの滑ったプロモーションみたいなやつ」

「もしかして酷いゲームなのか?」

「……まぁ、気になるならリンク踏んでみればいいじゃん。別にウイルスとかではないから、その辺は心配しなくていいよ」


 そうとだけ答えて遥は端末に視線を戻す。

 よくわからないが、まぁ、何も答えないよりは機嫌はマシそうなのでよしとしておこう。端末を取られて手持ち無沙汰なので、自分の分のたこ焼きを口に運ぶ。中学生の頃からずっと食べてきた味が、今日も変わらずに舌を喜ばせてくれる。


「そういえばおじ様ってアメリカに住んでいらしたんでしたっけ? 英語の勉強を少し見てくださると嬉しいのですけれど」

「あ、そうだ、そうじゃん! 店員さん、アタシも頼むわ!」


 結局、遥の友達のその発言によって、啓司の休憩時間は急遽行われた勉強会に費やされることになった。

 


『ようこそ、ビザンツ帝国へ!』


 全く飾り気のないUIに、明朝体でその文字列が浮かんでいた。

 その日の夜、ALOにログインする前にふと思い立ち、啓司はビザンツ帝国へと寄っていた。ALOのステータスを引き継ぐのならばコンバートする必要があるが、面倒なので新しいアカウントである。

 必然的に今はオクトーバーのアバターとも違う外見をしているはずなのだが、それを確かめる術はなさそうだった。


「……なんだこれ?」


 啓司が立っているのは、一辺が十メートルほどの立方体の内側である。見えるのは真っ白な平面だけであり、少し歩けばすぐに壁に当たる。

 色々試してみた結論として、これがVRMMO『ビザンツ帝国』の全てだった。

 ここは初期設定のためのステージや、小さな隔離されたマップなどではない。この十メートル四方がこのゲームの全マップであるらしい。ここ以外にどこにも行ける場所などなく、そしてこの空間に自分以外の何が現れることもない。もちろん、何らかのクエストやイベントが始まることはないし、そもそもそういったコンテンツがあるのかすら怪しい。

 他のプレイヤーの姿が見えないのは、多分、ログインした一人一人にこうした空間が用意される仕組みなのだろう。まさか啓司一人しか同時ログインしていないとは思えないし、この面積ではよほどの過疎でない限りはすぐに物理的に埋まってしまう。


「なるほど、これはゲームと呼べるかも怪しいな。同時に他のプレイヤーが存在しないなら、そもそもMMOの定義を満たしてないんじゃないか?」


 仕事を終えた後、遥にもう少し詳しく話を聞いた。このゲームへのリンクがあちこちの掲示板にマルチポストされ始めたすぐ後は、怖いもの見たさでログインする人もそれなりにいたらしい。しかし結局誰もここにゲームらしいコンテンツを見つけ出すことはできなかった。

 あるのは白い部屋と、そしてメニューウインドウのみ。

 ウインドウを開けばそこには『HP』や『攻撃力』といったいくつかのステータスが並んでいるが、しかしそれを使うべき先が一切見つからない。

 課金のタブがしっかりと存在し、課金することでステータスを上昇させられるという仕様はしっかり存在しているのが笑いどころだろうか。

 最終的にVRMMO界隈の多くの人はこの『ビザンツ帝国』を滑ったプロモーションか、失敗した広告戦略だと見なしたらしい。実際、それも致し方ないような有様だ。啓司はウインドウをあちこちいじってみる。


「他のゲームとコンバートできるってことは、ザ・シードのパッケージが使われてるはず。ザ・シードに使用料はないはずだけど、このゲーム自体のサーバー費はある。こんな虚無のゲームに課金する人はいないはずだから、運営しているだけでマイナスなんじゃないか?」


 ではビザンツ帝国の目的はなんだろうか?

 そんな風に思考が流れたのはきっと、最近似た構造の問題で頭を悩ませていたからだ。


「……なんか、疑問の構造がカラーアップ・パーティーと似てるな」


 確実に発生しているコストと、見えてこないリターン。

 目的が確かに存在しているはずなのに、採算の合うような答えが見つからない。


「ここでステータスを課金によってすごく高くして、よそのゲームで無双する? いや、コンバートで反映されるのはステータスの絶対値じゃなく、傾向のはず」


 こつこつと爪先で床を打ち付ける。

 物理演算がしっかりしているのは、ザ・シードのおかげだろう。


「傾向をいじれること自体が目的で、物理職を魔法職とかに切り替えられるとか? いや、それにしてはステータスが乱雑か」


 HPや攻撃力といった基本的なものしか並んでいないステータス欄を眺める。

 これでは熟練度がメインとなるALOには対応できないだろう。VRMMOの多様性はステータスの多様性にもつながっていると聞く。任意のビルドを組み直す目的なら、ステータスの細かさが足りていないだろう。


「というか、ビルドの組み直しが目的ならステータスを下げる方の課金要素もいるよな。それが見当たらないってことは、これも違いそうか」


 数分の間、啓司はぼんやりとビザンツ帝国にたたずみ、この空間を作った誰かがどんな目的を持っていたのかを想像しようとした。

 しかしそれらしく語ってみせたところで、所詮はここ数日でつけた付け焼き刃の知識である。想像するにも限界がある。

 最終的に出した結論は、これまでにここにきた多くのプレイヤーと同じものだった。


「まぁ、ネタで作ったのかな」


 

 その扉を前にして、オクトーバーは少し開けるのをためらった。

 ホワイト・コースト・カジノにつながる裏口の扉である。半端に手を伸ばした姿勢で固まったからだろう。隣に立っていたバナナサンが首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「いや、カジノの裏に入るのって初めてだからさ」


 オクトーバーは現実でそれなりにカジノで活動してきたが、そのほとんどはあくまで一介のギャンブラーとしてだ。従業員のみに許された場所には入った経験がない。