ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー

二 オクトーバー・レイン ⑦

「カジノの裏に連れて行かれた人は結構見てきたけど……」

「連れて行かれた? 何か特別な招待でも受けたお知り合いが?」

「そうといえばそう。つまり悪いことをして『ちょっとお話』のために連れて行かれちゃったってことだけど」

「なるほど。ご安心ください。今日は単なる楽しい見学会です」


 そういってバナナサンが扉を開ける。

 きっかけはカラーアップ・パーティーの対策のために、カジノの様子をどこかから観察したいとバナナサンにいってみたことだ。

 ホワイト・コースト・カジノはプレイヤー運営のカジノで、バナナサンはそこの従業員である。バックヤードは通常、客は入れないが従業員の招待さえあれば入ることができる。


「へぇ、思ったよりも普通だな」


 というのが最初の感想だった。

 内装もほとんど表と変わらない。控え室らしいいくつかの部屋と、それをつなぐための廊下。そして二階へつながる階段が見えているだけだ。


「現実のカジノでは違うかもしれませんが、ここはゲーム内ですので。バックヤードはあくまでそう設定された空間に過ぎません。バックヤードで行うべき作業というのは、実際のところほとんど存在しないのです」

「なんだ、がっかりだな。何があるって期待してたわけでもないけど」


 オクトーバーが案内されたのは廊下の途中だ。そこには客席側からは見えづらい角度で窓が設けられており、それを見られるような位置に机と椅子も置かれている。

 ここがカジノとして作られた建物ならば、イカサマを監視するための場所というフレーバーなのだろうか。その割に誰も席に座っていないが。


「では私は着替えて仕事に行ってきます」


 挨拶をしてバナナサンが去っていく。

 そういえばカラーアップ・パーティーの目的をいぶかしんだとして、よくバナナサンはすぐに雇ってもらえたものである。元々演奏家としてALOで有名だったりしたのだろうか? いや、《演奏》スキルがある以上、演奏の腕自体は誰もが同じか?


「さて……」


 そろそろタイタンズ・ネイルを手に入れるに当たって、とっかかりくらいは得たいものだ。ついでにカラーアップ・パーティーの目的についても調べておきたい。便宜を図ってくれているバナナサンのためでもあるし、個人的に少し興味も湧いてきている。

 席に着き、ストレージからトランプを一組取り出す。観察ついでに、今の自分の手先の器用さがどれくらいかを調べておきたい。

 やはり、この前は久しぶりのカジノで少し舞い上がっていたのだろう。

 こうして改めて仮想世界のカジノを眺めてみれば、色々なことが目に入ってくる。どのテーブルでどんなゲームが行われているのか、というのも一つだ。


「お、レッドドッグやってんじゃん」


 基本的にオクトーバーは手順が単純なゲームを好む。

 だからレッドドッグと呼ばれるそのゲームもお気に入りの一つだ。

 オクトーバーが眺めている先で、まずはプレイヤーたちが一斉にベットを行う。それからディーラーが二枚のカードを――


「――あれ、変わったことしてんな?」


 それぞれのプレイヤーの前に、二枚ずつカードを伏せて配った。プレイヤーたちが一斉にそれらを表にする。

 啓司の知っているレッドドッグの手順では、ディーラーはテーブルで一組のカードを表にして配っていたはずだ。プレイヤーそれぞれの前にカードを配る、ローカルなルールなどが存在したのだろうか。


「まぁ、けど、それ以外は普通のレッドドッグだな」


 プレイヤーが考えることは簡単である。

 彼らの前には二枚のカードがあり、それぞれが数字を一つずつ持っている。レッドドッグではAは14として計算されるので、表れている数字は2から14のうちから二つだ。

 そして彼らの勝敗を決めるのは三枚目のカード。

 その数字が最初の二つの数字の間に入るかどうか、である。

 三枚目が配られる前に賭け金を増やすかの選択肢が与えられ、プレイヤーたちが各々の決断を下す。それから三枚目が各人の前に配られ、一斉に表に返された。

 プレイヤーたちがそれぞれの結末に対して声を上げる。

 快哉を上げるもの、頭を抱えるもの、ほとんど表情を動かさないもの。これまでオクトーバーが現実世界で何度となく見てきたカジノの風景。


「けど、ちょっとやっぱり、違うよな?」


 多分、その雰囲気の違いは実際に金を賭けているかどうかによるものだ。

 良くも悪くも、ここでかかっているのはあくまでゲーム内通貨である。現実世界でリアル・マネーがかかったギャンブルとは少し雰囲気が異なる……気がする。表情をうまく読めないので、そうであろうという推測の方が先に立つ形だが。

 トランプをひとまとめにし、一番上のカードをめくる。スペードのK。それを覚えてから、オクトーバーは無造作にシャッフルをした。体は自在に動くのに、指先には常にもどかしさがまとわりつく。現実と違う感覚が生み出す、ゴム手袋越しに触れているような違和感。

 シャッフルをぴたりと終えてから、オクトーバーはデッキのてっぺんを睨みつけた。


「スペードのK」


 そういってめくったが、しかしそこにあったのはハートの5だった。


「……やっぱり、無理かぁ」


 特定のカードを山札のてっぺんに持ってくるくらいは、そうした技術を磨いてこなかったオクトーバーでもできる余技だ。そのはずだった。

 しかし仮想世界では、その程度のことすら再現できそうにもない。


「この辺ができれば取れる手も増えるんだけど……いや、こっちは表情読みとは違って、少し練習すればいけるかな?」


 視線はフロアに、手はトランプに。シャッフルして、カードをめくり、時折取り落とし、またシャッフルをする。

 そうしている間にも思考はぐるぐると巡り続けている。タイタンズ・ネイルを手に入れる方法、カラーアップ・パーティーの目的、蓬田遥のこと。

 ピアノの前にバナナサンが座ったのだろう。演奏が一際情感を帯びる。NPCの自動演奏との具体的な違いはわからないが、彼女の奏でる音色は心をくすぐる響きを帯びている。

 そうして色々と考えていたせいか、誰かが近づいてきているのに気づいたのは、その人物がオクトーバーのいるテーブルをのぞき込んでからのことだった。


「やあ、こんにちは」


 そこにいたのは真っ黒なプレイヤーだった。

 確か、闇妖精族というのだったか。

 夜を溶かしたような暗い肌と、細い銀縁の眼鏡。長めの髪の毛をオールバックに撫でつけている見た目は、妖精というよりはおとぎ話に出てくる悪魔といった感じの様相だ。

 燕尾服がよく似合うスマートな体型のその男性プレイヤーは、白い歯をにっかりと見せながら笑っていた。


「見たことのない人だね。新しく入ってきた僕たちの仲間かな?」


 僕たち、と表現したからにはここの店員なのだろう。

 オクトーバーは人当たりのいい声を作って答える。


「いや、ごめんね。ただのお客。カジノの研究のためにどっかに席がないかなって話してたら、前からフレンドだったバナナサンがここに招待してくれんだ」

「あぁ、チョコバナナサンデーくんの友達か。そういうことなら邪魔しちゃったかな」


 そこで話を切ることもできただろうが、オクトーバーはあえてそうしなかった。黒い妖精が立ち去るよりも前に首を振る。


「どうせなら少し話を聞かせてもらえないか? カラーアップ・パーティーで景品を狙ってるんだけど、中々これが難しくて」


 男は少し目を見開いて、それからますます笑みを深くした。


「それで店員に話を聞くのか。いいね、すごく直接的な解決方法で、僕好みだ」


 対面になる席に男性が座る。