ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー
二 オクトーバー・レイン ⑧
彼は優雅な仕草で燕尾服の裾を払ってから、テーブルの上で手を組み合わせた。
「初めまして。僕はファザー・グース。ここのディーラーだよ」
カラーアップ・パーティーは凄腕を雇っている、と以前聞いたことを思い出す。
ここには何人も卓越したディーラーが所属しており、目玉景品を目的としているプレイヤーを片っ端から返り討ちにしているのだとか。
つまり目の前の闇妖精族の男もそのうちの一人なのだろう。
「オクトーバー。急に頼んじゃったけど、仕事の時間はいいのかな?」
「うちは勤務時間自由が売りでね。いつ入ってもいいし、いつ帰ってもいいんだ」
「あぁ、それでバナナサンもあんな感じなんだ」
たまに演奏しに行っているのはわかっていたが、シフトなどの具体的な決まりはないらしい。それでよく仕事が回るものだと思うが、考えてみればディーラーもピアニストも、その他の仕事も、NPCが行うことができる。
むしろ人を雇っている方が道楽に近いのだろうか。
その疑問を読み取ったわけでもないだろうが、ファザー・グースが肩をすくめる。
「チョコバナナサンデーくんには助けられているよ。彼女がいてくれるとお客様たちも喜んでくれてね」
「あんまり詳しくないんだけど、NPCでも演奏はしてくれるだろ?」
「ああ。けれどそれはALOの音楽アーカイブに登録されているものに限られるよ。つまりこのゲーム自体が権利を持っているか、権利フリーの音楽などだね」
へえ、と頷いてから、疑問を覚える。
バナナサンが演奏する曲に、オクトーバーは聞き覚えがあった。ALOを始めて数日経つが、さすがに曲にまではなじみがない。
「その点、チョコバナナサンデーくんは素晴らしい。彼女はマニュアル操作で様々な音楽を、卓越した技量で演奏してくれる」
「あぁ、聞き覚えがあるのは、現実の方で聞いたことがあるからか」
「今流れているのは最近ヒットチャートを総なめにしている人気バンドの曲だね。タイトルを挙げるのはやめておこう。権利者に怒られるかもしれないしね」
おどけたようにファザー・グースは眉を持ち上げてみせた。
オクトーバーはあまり音楽を聴く趣味がない。この曲はどこで聞いたのだっけ。そう疑問に思うが、こういうのは大体は遥由来で覚えたものである。
「あれだけの演奏技術を持っていて、なおかつ見た目も優れた女性プレイヤーは希少だよ。……あ、見た目への言及はオフレコで。セクハラになってしまう」
「自分で美少女とかいってたし、喜ぶ気もするけどな」
バナナサンがどうしてカラーアップ・パーティーに潜り込めたのかも、これで判明した。つまり相手の方から喜んで雇ってくれたのだろう。
シャッフルをし、カードをめくる。
話している間も無意識に手が動き続ける。その動きに目を留めたのだろう。ファザー・グースがオクトーバーの手元のトランプを指し示した。
「そのシャッフルは何をしているのかな? ディーラー志望かい?」
単なる暇つぶし。
そうごまかしを口にしかけて、しかし考えを変える。オクトーバーは挑発的に口元を曲げてみせた。
「いや、イカサマができれば目玉景品も取れるんじゃないかって練習中なんだ」
ファザー・グースは想像したようなリアクションをどれも見せなかった。
彼はただいい質問をした生徒に対するように、柔らかく頷いた。
「確かに。その発想はあってしかるべきだよね」
「……意外だな。ディーラーとしては怒るべきじゃないか?」
「あらゆる手段を駆使するのがゲーマーで、僕はディーラー以前にゲーマーということだよ。けどイカサマはあまりおすすめしないな」
「そうなのか?」
「ALOにはイカサマ防止システムがあるからね。ALOには元々カジノがなかったって話は知っているかい?」
ひょい、とファザー・グースが手を差し出してくる。仕草で求められるままに、オクトーバーはトランプを彼へと渡した。
「カジノはなかったけど、この世界には魔法があった。だから運営は大慌てで色々なイカサマ対策を講じる必要があったんだ」
「イカサマ対策ねぇ、例えばどんな?」
「カジノ内での魔法の一切の禁止。完全なディスペル空間なんてこれまでなかったのに、急に出てきた辺りに運営の慌てぶりが現れてるよね」
ファザー・グースが慣れた手つきでトランプを操り始める。
「それに……さっきもいったイカサマ防止システム。具体的にいうと、常にギャンブルはシステム的に監視されていて、イカサマを検知すると即座にペナルティが発生するんだ」
「……あぁ、それで」
「それで?」
「みんなサングラスとか上着とかを着けっぱなしだと思ってたんだ」
オクトーバーは自身の目元をとんとんと叩いてみせる。
現実のカジノではそうしたものは外しておくのがマナーだ。それはお互いにイカサマを疑われないように、という前提によって発生したルールである。
しかしALO内では誰もが好きな格好でギャンブルをしている。
人やNPCの目ではなく、形のないシステムによって監視がなされているのならば、現実とは違うマナーが適用されるのも当然の話である。
「カジノが始まった最初の頃は、みんななんとかして伏せられたカードを見ようとしたものだよ。結構巧妙な方法がいくつも考案された。けど残念ながらそういった行為をしたみんな、色んなペナルティを食らうことになってしまった」
「システム的に監視されているから?」
「そう。イカサマ防止システムは『伏せられたカードの表を見たかどうか』を直接的に検知する。もちろん、その他の様々なルール違反もね。残念ながら回避方法はない」
「なんだ、残念だな。いいアイデアだと思ったのに」
事前に定義されたイカサマがシステムによって検知されるならば、確かにイカサマのしようがない。理屈上、この世界のギャンブルに不正はないということになる。
「ありがとう。トランプ、返すよ」
結局、ファザー・グースはトランプを交ぜるだけで満足したらしい。ひょいとこちらへ差し出してくる。
オクトーバーは受け取ろうと右手を伸ばして、しかしその右手をがしりとつかまれた。
「それと、僕はあなたに興味があるんだ」
トランプを間に挟んで、黒い指が驚くほどの強さで絡みついてくる。オクトーバーは仮想の背中に仮想の冷や汗が伝うのを感じた。
「えっと、なんだかわからないけど、光栄だな?」
「チョコバナナサンデーくん、彼女は何かを隠しているよね。ただ単に働きにきたっていう風じゃない。明らかに他の目的を持って動いている。そういう目をしている」
心に浮かびかけた動揺を、オクトーバーは即座に打ち消した。
意図的に考えないようにするのは、ギャンブラーとしての生活で身についた特技の一つだ。表面上の顔を取り繕うのではなく、それを生む感情自体を消す。
「さあ、知らないな。フレンド登録したからって親友になれるわけじゃないしね」
「それであなたはチョコバナナサンデーくんがここへと呼んだ。あなたはここに何をしにきたのかな? 何を目的としているのかな?」
カラーアップ・パーティーの目的をいぶかしんでいることは知られてはならない。
バナナサンの見立てによればそこには悪意があり、そしてディーラーであるということはこのファザー・グースは悪意を振るう側の人間のはずだ。
オクトーバーは平然と微笑む。
「だからカジノの観察と、イカサマの練習だよ」
「ふぅん、そう」
眼鏡のレンズ越しに、真っ赤な瞳がこちらを見つめてくる。
「あなたは嘘をつくのが上手だね」
「やめてくれよ。俺は知り合いの子供に『嘘はいけません』って教えてきたんだから」



