たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~
第3話 凛として美しく ①
カプセルプラネットの人気はどんどん高まっていく。
デビューしたばかりなのに、計算された仕掛けや宣伝もなく、ありのままの感性で、すごい速さでかけあがっていく。
それはとても清々しくて、みていて気持ちのいいものだった。
芽野社長は、けっこうテキトーにグループ名をつけたらしんだけど、夜野たちはたしかに、空に浮かんだ、特別な輝きだった。
でも、それはステージの上だけの話で、日常では、やはり超ポンコツだった。
俺の夏休みは、みんなのお世話で過ぎていく。虫を追いまわし、布団で綱引きをして、DIYも手伝って、方向音痴の首根っこをつかんで引率する。
一方で、夜野は全然、手がかからなかった。
凛として美しい、パーフェクトなセンター。
グループの象徴。
そう思って、油断していた。でも、完全無欠の人間なんているわけがなくて、当然、夜野にも弱点があり、それが明らかになった。
きっかけは、俺が夜野をめちゃくちゃに泣かせてしまったことだ。
◇
仕事のない、オフの日のことだ。よく晴れた日で、妹が荷造り紐で段ボールを縛って、玄関先にだしていた。
「明日は古紙回収だから、忘れないように外にだしておくんだ~」
賢い妹はいう。
「雨、降らないみたいだし」
俺は太陽が輝いているのをみて、自分の部屋に戻り、押し入れの奥にしまっていた古いマンガの山と、中学のときにハマっていた覆面シンガー、レオの個人製作グッズが入った袋を引っ張りだしてきて、玄関先、妹が置いた段ボールのとなりに置く。
そんな作業をしている俺をみながら、妹がいう。
「お兄ちゃん、惑星のマネージャーとしての意識高まってきたね」
惑星というのは、ファンのあいだで流行りはじめた、カプセルプラネットの略称だ。
「それでさ」
妹はとてもフラットなテンションでいう。
「まやちゃんとはいつ付き合うの?」
「いきなり凄いこというじゃん」
「まやちゃん、超かわいいんだよ。寝るときは、おっきなパンダのぬいぐるみを抱きしめて眠るんだよ」
「チョコミントパンダ?」
「知ってるんだ」
「アイドルマネージャーだからな」
「ほぼ、お世話係だけどね」
そういえば、と妹はいう。
「私の周りにもチョコミントパンダを好きな女の子たちがいるけど、みんな愛が重くて、独占欲が強い子たちばかりだな」
「その情報、あんま知りたくなかったな」
いずれにせよ――。
「俺と夜野が付き合うことはないって。アイドルに恋愛はご法度で、そういうスキャンダルを起こさないための、アイドル永久不滅計画なんだから」
「だよね。私、カプセルプラネットになにかあったら、イヤなんだ」
妹は、珍しく、寂しそうな表情でいう。
「カプセルプラネットがでてくるまでにさ、私が追いかけてたアイドルグループが、たてつづけに解散しちゃったんだよね」
最近、いくつかのグループが、人気がではじめたところで、理由も公表されず、連続で解散になってしまったらしい。
「理由不明ってのは、なんかきな臭い感じがするな」
アイドルマネージャーとして、気にかけておいたほうがいいかもしれない。
ほとんど、お世話係だけど。
「応援してた子たちがいなくなって、私、すごくかなしかったんだ」
妹はしょんぼりしたあとで、顔をあげていう。
「だから、まやちゃんがいくらお兄ちゃんのこと好きでも、絶対、へにゃへにゃになっちゃダメだからね。カプセルプラネットは、恋愛スキャンダルなんて起こしちゃいけないんだから」
「わかってるって」
なんてやりとりをしていると、妹が、「あ」と声をあげる。
「まやちゃんだ」
みれば、シェアハウスの玄関の扉が開き、その隙間から夜野がこちらの様子をうかがっていた。Tシャツにジャージのラフな格好で、顔も隠してない。プライベートの夜野だ。
夜野はしばらくもじもじしていたが、やがて意を決したように姿をあらわし、ずんずんと、こちらに歩いてくる。そして俺たちの前までやってきて、例のごとく顔を真っ赤にしながら、胸の前で握りしめていたタッパーを突きだしてきた。
「花ノ目、こ、こ、ここここここ、これ――」
でも、そのときだった。
ふいに夜野の視線が横にそれた。
荷造り紐で縛られた段ボール、古いマンガの山、そして袋に入ったレオのグッズ。
夜野がそれをみて――。
表情がこわばったかと思うと、みるみるうちに険しくなっていく。心なしか、周囲の温度が低くなったように感じる。
そして、夜野は今まできいたこともないような、冷たい声でいった。
「なにそれ」
失望した、とでもいうような目で俺をみる。
「花ノ目、そうなんだ。そういうやつだったんだ」
そのあとで、悔しそうな顔になって、いう。
「新しい女の子がいればいいんだ。かわいい女の子がいっぱいいれば、もういらなくなっちゃうんだ……」
明らかに、夜野は怒っていた。いつものように、じゃれるようなやつじゃない。心の深いところから、怒って、そして悲しんでいる。
「花ノ目のこと、もう好きじゃない。全然、好きじゃない」
そして――。
「花ノ目なんて大っ嫌い!!」
そういってタッパーを俺に投げつけ、シェアハウスに駆けこんでいった。
あまりの出来事に、俺と妹は顔をみあわせ、なにもいえない。
なぜなら――。
「まやちゃん、泣いてた……」
俺は投げつけられたタッパーをみる。
なかに入っていたのは、手作りの、チンジャオロースだった。
夜野って、意外とクラシックだと思う。
◇
「ちょっと~!!」
芽野社長が声を荒らげる。
ある日、オフィスでのことだ。
「まやが、目を腫らして現場にきたんだけど! あれ、一晩中泣いてたんじゃない? それで、引率は芽野社長がいいっていわれて、私が現場にいってるんだけど!」
そうなのだ。
『花ノ目は他の四人をみてあげて。私には、花ノ目とかいらないから』
夜野はそういって、俺に近づいてこなくなった。
「一体、なにがあったの?」
芽野社にきかれて、俺はありのままを話す。
「知らないうちに惚れられて、知らないうちにフラれました」
「そうなんでしょうけど!」
夜野はステージやカメラの前ではいつもどおりに振る舞っている。しかし、それ以外の場面では、ずっと遠くをみていたり、机に伏せたりしているらしい。
「美味しいもの食べさせたり、私もいろいろ手を尽くしたんだけどね」
どれも効果がないらしい。
「なんとか、まやを元気にしてちょうだい。頭なでたりして、ちょっとくらい恋心を利用してもいいから!」
「そういうのは、あとでよくないと思いますよ!」
いずれにせよ、グループのセンターに元気がないのは大きな問題だ。
それで、俺は夜野と仲直りしようと、お菓子で釣ろうとしたり、チョコミンパンダちゃんのぬいぐるみでおびき寄せようとしたりするんだけど、夜野は断固花ノ目拒否の構えをとっており、野生動物のように警戒していて取りつく島もない。
夜野はお世話が必要ないから、避けられてしまうと、関わりがもてなくなってしまう。
逃げる夜野と、追う花ノ目。
そんな日々がつづいた、ある日のことだ。芽野社長から連絡があった。
「来週の水曜日なんだけど、私がいけないから、花ノ目くんがまやについていってあげてちょうだい。初めての現場は、心細いだろうから、必ず誰かがいくようにしてきたのよ」
それで、俺はシェアハウスのリビングにゆき、ご飯を食べている夜野に話しかける。
「芽野社長がついていけない日、俺が一緒にいくよ」
「…………」



