たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~
第3話 凛として美しく ②
しかし夜野はなにもこたえず、お皿を抱えて自分の部屋へと引きあげていった。
そんな感じで、会話することなく日々はすぎてゆき――。
「どうしよ~!!」
ついに前日の夜になり、俺は自分の部屋のベッドで転がって悶絶する。
夜野と仲直りできないのも問題だけど、もっと大きな問題があった。出会って以来、夜野はいつも、誰かに狙われている。ひとりでいるのは危険で誰かが一緒にいる必要があるように思えた。
どうやったら仲直りできるのか。勝手についていったら、もっと怒るだろうし……。
そんなふうに、自分の部屋で悶々としているときだった。
チャイムが鳴って、玄関にいってみると、八雲がいた。グループのなかで一番背の高い、ちょっとシャイな女の子。
「花ノ目さん、まやちゃんの部屋にいきましょう」
八雲はいった。
「ご存知のとおり、明日、まやちゃんは初めての現場です」
テレビ番組の収録で、歌唱力を見込まれ、ゲストで一曲、歌ってくるという企画だった。
「スタッフに知ってる人もいないので、内心では心細いはずです」
つまり、仲直りのきっかけとして、とてもよいシチュエーションだといっているのだ。
「八雲、ありがとう……」
俺は感動していう。
「八雲からはメンバーのなかで、唯一、協調性というものを感じるよ……」
「えへへ」
八雲は照れたように体を小さくする。
「私も、たまには花ノ目さんのお役に立ちたいですからね」
なんて、いうのだった。
「じゃあ、さっそくいきましょう。チャンスは今夜しかないんですから!」
ということで、俺は八雲につれられ、シェアハウスに入り、夜野の部屋の前までいく。
「まやちゃん、入っていい~?」
「いいよ~」
ふたりはいつもこんなテンションなのだろう。八雲が扉を開ける。すると――。
パジャマ姿の夜野が、大きなチョコミンパンダちゃんのぬいぐるみを抱きしめながら、床にぺたんと座っていた。
夜野は俺の姿をみるやいなや、チョコミンパンダちゃんをベッドに放り投げる。
「な、なによ!」
にらみつけて威嚇してくる夜野。
チョコミンパンダちゃん、想像以上にデカいじゃん、というツッコミはせずに、俺はいう。
「やっぱり明日、俺と一緒にいこう。初めての現場なんだろ」
しかし――。
「別にいい」
夜野は冷たい表情でいう。
「これから忙しくなって、こういうこと多くなるだろうし、それに、明日はそらのちゃんの引率でしょ? 花ノ目はそっちいって。私は花ノ目いなくて全然平気だから」
「まやちゃん……」
八雲も、夜野のかたくなな態度におろおろしてしまう。
そこで俺は、最後にひとつ残していた、とっておきの仲直りの方法を差しだす。
空のタッパーだ。
「ありがとう。全部食べた。チンジャオロース、すごく美味しかったよ」
誠意を込めて伝えると、夜野の表情が一瞬、明るくなる。しかし――。
「でも…………てるじゃん」
「え?」
「捨てるじゃん……」
夜野は、きっ、と俺をにらみつけていう、
「やさしくしたあとで、結局、私のこと捨てるじゃん! そうやって、惚れさせて、もてあそんで、でも新しい、かわいい女の子がいたら、私のこといらなくなって、捨てるじゃん! 遊ぶだけ遊んで、最後は捨てるじゃん!」
「え、えぇ~!?」
「でてって、でてってよ~!!」
そういって、夜野は俺たちを部屋から追いだしたのだった。
俺と八雲は廊下に立ち尽くす。
「あの……花ノ目さん……」
八雲が遠慮がちにきいてくる。
「まやちゃんを……遊ぶだけ遊んで捨てたんですか?」
俺は肩をすくめる。
「風評被害がすごいよ、ホントに」
◇
翌日、青山さんと一緒に電車にゆられていた。ファッション誌の撮影を海の近くでおこなうため、ちょっとした遠征だった。途中で乗り換えもあるから、俺が引率しないと、下手をすれば、青山さんは上海を越えて、チベット、莫高窟くらいまでいってしまうかもしれない。
「まやのこと、心配?」
となりに座る青山さんがきく。
俺は、朝のことを思いだしていた。シェアハウスをでる時間が同じで、青山さんを待っていると、先に夜野がでてきた。
夜野は俺を無視して、そそくさと駅に向かおうとした。
「本当に、ついていかなくていいのか?」
俺がいうと、夜野は振り返っていった。
「花ノ目なんてキライ!」
そういって、背を向けて歩きだす。でも、少し進むと、また、振り返った。
「こなくていいからね!」
そしてまた前を向き、ちょっと歩いたあとで、またまた振り返った。
「全然、心細くなんてないんだから!」
夜野は少し進むたびにそんなことを繰り返した。
「絶対こないでよね!」
それは、角を曲がって姿がみえなくなるまでつづいた。あれって、実はきてほしいって気持ちの裏返しだよな~って思う。
「今ならまだ追いつけるんじゃない?」
青山さんが俺の気持ちを察していう。
「いいの?」
俺がきくと、青山さんはうなずいた。
「まや、今日の収録はアウェイだと思うんだよね」
歌の収録のときは、一般のお客さんもスタジオに入る。けれど、有名な男性アイドルグループが出演するため、お客さんはその男性アイドルのファンで埋め尽くされているはずだと、青山さんはいう。
「ほら、私たちって、売れるのがちょっとだけ速かったでしょ?」
そのため、なにも準備ができておらず、最近になってやっとグッズを作りはじめたところだった。当然、ファンクラブもまだなく、情報発信が弱く、テレビの観覧の情報もまったくファンに伝わっていないのだった。
「私は大丈夫。まやはセンターで、デビューのときからずっと、グループの看板としてがんばってきた。弱音も吐かずにね」
だから、いってあげて、と青山さんはいう。
「わかった」
「でも、今回だけだよ」
青山さんはいたずらっぽく笑う。
「私だってアイドルなんだから。今度からは、となりにいるときに、絶対、他の女の子のことなんて考えないでよね」
なんて、いうのだった。
◇
次の駅で降りて、反対方向にむかう電車に乗れば、乗換えの駅で夜野に追いついた。
なぜ簡単に追いつけたかというと、夜野が駅の構内にあるパン屋のショーウィンドーをのぞきこんで涎を垂らしていたからだ。
そして、そんな夜野は、しっかりと怪しい男に跡をつけられていた。スーツを着た男が、駅の雑踏のなか、立ちどまって夜野をずっとみている。サラリーマンを装っているけど、スーツの下の獰猛な気配を消しきれていない。
俺はそれとなくパン屋に入り、夜野にも、サラリーマン風の男の視界にも入らないようにパンを買いながら、それとなく周囲の様子をうかがう。
やがて、夜野が時計をみて、電車に乗るため、その場から動きだす。
男がその後を追おうとしたところで、俺は駆けよって肩をつかんだ。
「夜野をさらおうとしてる連中のお仲間だろ?」
声をかけた瞬間、男は俺の腕をつかんでひねりあげようとする。俺は買ったばかりのフランスパンを、男の口のなかに突っ込んで声をだせないようにしたところで、ボディーブローを叩きこむ。男がその場に崩れ落ちて、お腹をすかせたサラリーマンが思わず駅の構内に座りこみ、柱にもたれながらフランスパンをリコーダーのように持って食べはじめる絵が完成する。
「よし普通!」
俺は夜野の後を追う。
そこからは、夜野によってくる怪しい奴らをやっつけつづけた。
夜野が駅のホームのベンチに座って、スマホゲームをしながら電車がくるのを待つ。



