たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~
第3話 凛として美しく ③
反対側のベンチに、ホームレスに扮して夜野を狙ってきたおじさんがいて、胸倉つかんで投げとばして気絶させ、すぐにまたベンチに座らせる。
夜野が電車に乗り、先頭車両にいって、運転席をのぞきこんでテンションをあげる。
俺はそのとなりの車両で、夜野を狙ってやってきた四、五人の男とバトルして、夜野に気づかれないように片づけていく。
人数からして、夜野を狙う連中は、今日、勝負を決めにきているようだった。
最後の戦いは、収録スタジオへとつづく登り坂だった。
路肩に運送トラックが停まっていて、夜野がとおりすぎたところで、運転席から運送業者の制服に身を包んだ男がでてこようとした。
俺はドアに足の裏をあてて、男がでてこれないようにする。
すると、運送業者の格好の男は、ウィンドーをさげて、両足で蹴りを繰りだしながらとびだしてきた。
俺は顔面を蹴られて後ろに転がる。この一連で、初めて一発、もらってしまった。
立ちあがって対峙してみれば、男の顔つきはストイックな印象だった。
「あんたが大将って感じだな」
男はなにもこたえない。
「そういうの好きだぜ。俺も硬派だからさ」
俺は男の顔面を狙って拳を突きだす。男は俺の拳を両手で受けとめると、跳びあがって両足を俺の腕にかけ、反転して、俺は投げとばされる。受け身をとったところで、目の前に、男の膝蹴りが迫っている。腕を十字にして受け止めて、押し返す。相手がバランスを崩して、今度はこっちの番ってことで、攻勢にでる。
顔や腹、脛なんかを狙うけど、しっかりガードされる。
慣れていて、こういうことが仕事なんだって思う。やろうとしていることは十代の女の子をさらおうなんてとんでもない汚いことだけど、攻めも守りも、とてもきれいな動きだ。だから俺はラフにいく。相手の拳に肘をあわせて砕き、胸ぐらをつかんで頭突きをする。
相手はだんだん後ろにさがり、運送トラックが背中にきて、追い詰められたところで、流れるように懐からナイフを抜く。俺はその手をつかみ、トラックのドアを開けて、閉めて、手首を挟んでナイフを落とさせる。
最後は頭をつかんで、何度も車体に顔面を叩きつけて、決着がついた。
ちょうど、夜野が背後の殴りあいに気づかないまま坂をのぼりきって、スタジオの敷地へと入っていくところだった
俺は男を運送トラックの運転席に座らせ、ハンドルに手と顔をおいた。つかれて休んでいる運転手って感じだ。それにしても――。
「アイドルのマネージャーって、仕事多くてけっこう大変だな」
ひと息つきそうになるんだけど、俺がここまできたのは、悪いやつをぶっとばすのはただのオマケにすぎない。
青山さんから、今日、夜野がひとりで歌わなければいけないときいたとき、なぜか脳裏にイメージが浮かんできたのだ。
それは、小学生の姿をした夜野だった。
幼い夜野は、家でひとり、お母さんが帰ってくるのを待っている。日が暮れて、部屋が暗くなって、だんだん寂しくなってくる。それで、パソコンで歌の動画を再生する。
少し涙目になりながら、寂しさを紛らわせるために、流れてくる歌を一生懸命歌っている。
それは夜野が想像した、レオが歌をうまくなった理由のイメージなんだけど、なぜかそれが夜野と重なった。
ぬいぐるみを抱きしめて眠る夜野まや。
ひとりぼっちの夜野まや。
寂しがり屋の夜野まや。
そんな言葉が浮かんできて、そうなると、なんだか、俺はいてもたってもいられなくなって、そばにいなきゃいけない気がして、夜野を追いかけてきたのだった。
◇
スタジオの扉を静かにあけてみれば、ちょうど、夜野がマイクの前に立って、ひとりで歌おうとしているところだった。でも――。
夜野の様子がおかしかった。
不安げな表情で、視線も落ち着かない。マイクに口を近づけたと思ったら、すぐにその場から離してしまう。それで、スタッフの人が、マイクの高さを確認するんだけど、夜野は、申し訳なさそうに頭を下げている。
「なかなか、はじまりませんね」
「まやちゃん、どうしたんだろ?」
壁際にいるスタッフの人たちが、そんな会話をしている。
夜野はまたマイクに近づくんだけど、きれいな眉を八の字にして、やはり困ったような顔になり、なかなか歌う準備が整ったことを知らせるサインをだそうとしない。
歌のステージがあるから、スタジオには一般のお客さんも観覧に入っている。でも、みんな、次に歌う男性アイドルグループ目当ての女性ファンばかりだから、客席がだれはじめる。
「ひとりで歌うのはじめてだからかな?」
「これ、ちょっと厳しいんじゃない?」
そんな、声がきこえてくる。そして――。
現場にいる、少し地位の高そうなおじさんが、いった。
「歌うまいって話だったけど、まあ、所詮アイドルだよな」
俺はポケットから、最近、芽野社長が発注して、届いたばかりの公式ペンライトのサンプルを取りだす。電源を入れれば、それはミントグリーンの輝きを放つ。
手元で、小さく振った。
それは、本当に些細な、誰も気づかず、さざ波も立たないような、ほんの小さな応援の光。
でも、夜野は気づいた。
「大丈夫」
俺は、きこえなくても、届くと信じていう。
「きっと大丈夫」
夜野の目に火が入ったのがわかった。
背すじが伸びて。表情が引き締まる。
もう、ひとりぼっちで、不安にゆれる子供のような夜野じゃない。
凛として美しい、パーフェクトなセンターの夜野まやが、マイクの前にいた。
◇
「別に、寂しがり屋ってわけじゃないからね」
スタジオからの帰り道、夜野がいう。
近道するために、大きな公園のなかの道を歩いていた。
夕暮れどきで、街灯に明かりが灯りはじめる。
「ひとりの仕事でも、雑誌の撮影とか、そういうのは全然平気なんだけど、歌はやっぱり特別でさ」
夜野は俺のとなりを歩きながらいう。
「芽野社長とか、他のメンバーがいてくれたら平気なんだけど」
夜野はこれまで、初めての現場には芽野社長がいたり、グループのメンバーと一緒だった。
でも今回は完全アウェイのなか、ひとりで歌う状況だった。
「実はね、私、応援してくれる人がいないと、歌えないんだ」
それが、完全無欠に思えた、夜野の弱点だった。
「だって、こわいじゃん。歌っても、誰もきいてくれないかもしれない、誰にも届かないかもしれない。そう思うと、足がすくむ」
でも――。
「ひとりでいいんだ。ひとりでも私のこと応援してくれる人がいたら、私は歌える。私はそれを知っている」
「これからは大丈夫だよ」
俺はいう。
「惑星のファンはどんどん増えてるし、芽野社長、このあいだはファンクラブも名前をどうしようかって悩んでたから」
「うん」
「あと、俺もいる」
「…………うん」
夜野は少し黙ったあとで、いう。
「花ノ目が応援してたレオちゃんって子もさ、そうだったんじゃないかな。花ノ目しかきいてる人がいなかったけど、そのひとりがいたから歌えたっていうか」
俺はレオが活動していたときのことを思いだしていう。
「そうだといいな」
「でも、花ノ目は捨てちゃうんだね」
「え?」
「レオちゃんのグッズ。段ボールと一緒にならべてたじゃん。ゴミ袋に入れて」
「ああ、あれは天気が良かったから、干そうとしてただけだよ。あとゴミ袋じゃなくて、圧縮袋ね」
レオのグッズは普段、押し入れのなかにしまってある。そしてあの日は、虫がついたりしないように、干すために外にだしたのだった。
「レオのグッズってさ、CDはいいんだけど、Tシャツとかタオルは素材が安っぽくてさ」
「…………」



