たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~
第3話 凛として美しく ④
「だからあんま洗濯できないし、圧縮袋に保存して、たまに干してるんだよ。それでも、いつまでもつかわかんないな。ホント、安っぽくて。もう、本当に超安っぽい」
「安っぽいって何度もいう必要ないと思う! レオちゃんも、お母さんの前で転がって、無理やりお小遣いせびって、がんばってつくったんだと思う!」
「レオは夜野みたいに転がったりしないんじゃないかな~」
いずれにせよ――。
「俺、芽野社長を追い越して、惑星の一番のファンになるつもりだけどさ、それでも、レオのグッズは捨てられないよ」
ごめん、と俺は謝る。すると――。
「いいよ」
夜野はそういいながら、なんか俺のほうに傾いてくる。肩がぶつかるから、俺は半歩、すすすと横に移動するんだけど、なぜか夜野もついてきて、腕だけじゃなくて、手の甲も当たりはじめる。
「私、また花ノ目に助けられちゃった」
どうやら、夜野のピンチを助けたことで、とりあえず仲直りできたっぽい。でもそれ以上のことになっているようで、夜野は、もうとなりを歩くというより、寄り添っているといったほうがいいくらいで、さらに、小指で俺の指をひっかけようとしてくる。
これはさすがにわかる。
夜野、めっちゃ手つなぎたがってる。
でも、夜野はアイドルで、そんなことするのは完全に一線超えてるから、俺はとりあえずとぼけたふりをして歩きつづける。
すると、突然、夜野が立ちどまる。
「どうかした?」
振り返ってきくと、夜野は少し間を置いたあとで、とても冷静な表情で、信じられないほど普通にいった。
「私、花ノ目と付き合いたい」
「すごいラインの超え方してくるじゃん。速度と勢いがすごくて、俺、どう返していいかわからないよ」
「私、知ってるんだよ」
夜野は俺をみつめながらいう。
「花ノ目、かわいい女の子に弱いでしょ」
「生まれて初めていわれたな、そういうの。マジで」
「芽野社長と一緒に挨拶にきたとき、シェアハウスの外で『たかがアイドル』っていってた」
「きこえてたんだ」
「でも、初めて私の顔をみて、すぐにへにゃへにゃになってた」
「なってないよ、ホントに。俺、その辺の男とはちがうから」
「ふうん」
そういって、夜野は帽子とメガネをぽいぽいっ、と投げて、顔をみせる。
「ほら、目そらした。花ノ目、私が顔隠してるときしか、こっちみないじゃん。他の子たちと話してるときもそう。絶対、顔みないようにしてる。かわいい女の子に弱いからでしょ?」
「困るなあ、そういう根も葉もないこといわれるの。夜野だって、アイドルやってるから、わかるでしょ? ホント、困る」
「じゃあ、私のことちゃんとみてよ」
夜野が俺の前、ふれるかふれないかのところまで近づいてきて、上目づかいでみあげてくる。
俺は夜野の顔をみて――。
はぁぁぁ~、めっちゃかわいいぃぃ。手つなぎたいし付き合いたい。むしろ付き合いたいとばして今すぐキスして抱きしめたい。
「男の人ってね、私のことみると、みんな、キスして抱きしめたくなるんだって」
「…………」
「小さい頃からみんなそう。今だって、男の人は俳優さんだって、プロデューサーだって、奥さんとか恋人いても、みんなすごいアプローチしてくる」
夜野、自分のかわいさにめちゃくちゃ自覚的な女の子だった。そして――。
「いいよ」
夜野はいう。
「花ノ目なら、いいよ。男の人が私にしたくなること、していいよ。ぎゅ~ってしたり、キスしたり、なんでもしていいよ。私、花ノ目なら全部いい」
「夜野、大サービスしてくれるじゃん」
俺は軽口いってごまかそうとするんだけど、夜野はもう一歩、俺のほうに踏み込んでくる。
吐息があたる距離で、めっちゃ可愛い瞳でこっちみつめてくるし、いい香りするし、なんでもしていいっていわれると、意外と大きい胸も超重要な意味を持ってくる。
ここで夜野抱きしめてキスしたら、絶対、めっちゃ幸せだ。夜野って、抱き心地よさそうだし、なんでかわからないけど、無条件に俺のこと好いてくれてて、抱きしめてキスしたら、もっと好きになってくれそうで、そういうのって、すごく素敵だ。
でも――。
「うぉぉぉぉぉ! マネージャー魂~!!」
俺は己の衝動にうちかち、地面に投げ捨てられた帽子とメガネを拾って、夜野の顔と頭に装着する。そして肩に両手を置いていった。
「ダメだって、そういうの!」
「なんで? 花ノ目、かわいい子好きじゃん。へにゃへにゃになってるじゃん」
「いや、俺、かわいい子みてへにゃへにゃになるような男じゃないから」
「じゃあ、私と付き合わなくていいの?」
「それは――」
なんかすごくもったいない気がするけど、俺は断固たる決意でいう。
「いい! 俺、マネージャーだから!」
俺がいうと、夜野は驚いた顔をしたあとで、きっ、と俺をにらんでくる。
「え? なんで夜野が怒んの?」
「…………させた」
「ん?」
「花ノ目が好きにさせたんじゃん……」
「俺のせい?」
「花ノ目が好きにさせた! 惚れさせた! 私、初めて男の子好きになった! 初めて! そう、私の初めて! 私の初めてあげたんだから、責任ある! 責任とってよ! 責任!」
「いいかたよくないよ~!!」
公園の真ん中で、私の初めてあげた、責任取って、と騒ぎだす夜野。
「落ち着いて、落ち着いて!」
俺は荒ぶる夜野をなだめる。
「夜野、センターでがんばって、めっちゃグループのこと大切にしてるじゃん」
「……うん」
夜野が少し落ち着く。
「私、がんばってる。惑星のこと大切にしてる」
「歌うのも大好きだろ?」
「うん。私、歌うの大好き。歌えば、みんなとつながれるから。ひとりぼっちじゃない。だから、ステージにあげてくれた芽野社長と、一緒に歌ってくれるみんなのために、もっともっと歌おうって思ってる」
「じゃあ、恋愛はやっぱよくないよ」
いくら夜野やカプセルプラネットに人気があるとしても、やっぱアイドルで、まだ駆けだしなのだ。恋愛スキャンダルなんて起こしたら大ダメージで、なにもできなくなって、下手したら解散してしまうかもしれない。
「夜野はアイドルで、センターだろ」
「そうだった。忘れてた。私、アイドルでセンターなんだった」
「めっちゃ大事なこと忘れるじゃん」
それはさておき――。
「俺もカプセルプラネットのこと超好きになってるからさ、つまずいてほしくないんだよ。だから、こういうのはよくないって」
「たしかに……私はアイドルだから、みんなの期待を裏切っちゃいけない……」
「俺もさっきのことは忘れるからさ。ほら、いこ」
そういって、俺は歩きだそうとする。
でも、夜野はまだ立ちどまって、難しい顔をしている。
俺にはわかる。
夜野の頭のなかには、「私はアイドル」と「花ノ目、責任取れ」のふたつの感情があって、当然、アイドルの自覚が勝つんだけど、ふりあげたこぶしをどうおろそうか考えている。
そして夜野がとった選択は――。
「おんぶ」
「え?」
「歩きすぎた。もう歩けない。おんぶして」
「いや、全然歩いてないよ」
俺はいうんだけど、夜野は履いていたスニーカーを脱いでしまう。
「おんぶしてくれなかったら、ここで転がって駄々こねる!!」
「転がってなんとかしようとするの、よくないクセだと思うよ!」
「おんぶくらい、いいでしょ~!! おんぶ~!!」
このままだと夜野が本当にここで四肢を投げだして駄々っ子になりそうなので、俺は周囲に人がいないことを確認して、夜野の前にしゃがみこんだ。
「公園抜けるまでだけだからな!」



