たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~
第3話 凛として美しく ⑤
それで、俺は夜野のかわいらしいスニーカーを手に持ちながら、夜野を背負う。
夜野はここぞとばかりに、俺にくっついてくる。
夜野って、やっぱり特別な女の子だ。背負っていると、夜野のかわいらしい感触がダイレクトに伝わってきて、それだけでなんだか幸せだった。
夜野は後ろから俺を強く抱きしめていう。
「花ノ目は、私のマネージャーなんだからね」
「そうだな」
「私だけのマネージャーだからね」
「みんなのマネージャーだけどな!」
そんな他愛のないやりとりをしたところで、夜野が大人しくなる。きっと、ひとりでマイクの前に立って、消耗したのだ。
それで、俺は黙って歩く。
風が吹いて、夏の夜の香りがして、虫が鳴きはじめる。心地よいつかれ。なんか、いつもどたばたしているけど、グループは上手くいっていて、とても素敵な日々だ。
こんな日々が、ずっとつづいてほしいな、って思う。
当然、主役は夜野たちなんだけど、楽しそうな夜野たちをみているとなんだか俺も嬉しくて、グループの快進撃は清々しいし、彼女たちにはこのまま、もっともっと進んでいってほしい。
なんて考えていると、しばらく歩いたところで、夜野がほとんどきこえないような、ともすればききのがしてしまいそうなほどの、小さな声でいった。
「花ノ目、ずっと私のファンでいてね」
俺は夜野をしっかり背負いなおしていう。
「俺にまかせろ」
◇
「よくやったわ」
小さなビルの一室、事務所のオフィスで、芽野社長がいう。
夜野をシェアハウスに送り届けたあと、事の顛末を芽野社長に報告したのだ。
「まやが元気になったのなら安心ね。でも、君が告白を断ったのは意外だったわ。てっきり、へにゃへにゃになってると思ってたから」
「…………」
「私はね、アイドル永久不滅計画のプランBも考えていたのよ」
「プランB?」
「君と、まやが付き合うこと。内部で付き合って、隠し通すことができたら、それはそれで恋愛スキャンダルは発生しないでしょ?」
「あの、俺の気持ちは?」
「まやの魅力を前にして、断れる男なんていないわ」
「俺は断りましたよ」
「ホントは付き合いたかったくせに」
「…………」
でもよかったわ、と芽野社長はいう。
「責任感の強いまやが、恋愛においては、地面に埋まった兵器みたいな女の子になるなんて想像もしてなかったから。いざとなったら中学生程度のお付き合いなら許そうと思ってたけど」
「中学生程度のお付き合い……」
「それもしないほうがいいわね。まや、ブレーキついてなさそうだし。アイドル永久不滅計画のためには、やっぱり、今のまま片想いが一番ね」
そのアイドル不滅計画なんですが、と俺はいう。
「夜野、楽譜持ってましたよ」
「え?」
芽野社長は、相合傘の下に『花ノ目くん』と『私』と落書きされた楽譜を拾い、それを夜野の楽譜だと判断した。でも、俺は仕事の空き時間に、楽譜について夜野にきいた。
「夜野は最初、自分が失くしたと思って、センターなのに、って恥ずかしくなって顔を赤くしていたらしいです」
あとから部屋でみつかって安心した、と夜野は語っていた。
「じゃあ、この楽譜の持ち主は別にいるってこと? それって……まやの他に、花ノ目くんのことを好きなメンバーがいるってことじゃない!」
ダメよ! と芽野社長は目をみひらいていう。
「グループのメンバーが、同じ相手を好きになる。それって、大変なことよ!」
「そうなんですか?」
「バチバチの感性で駆け抜けてる十代の女の子たちなのよ? 好きな相手を取りあって、ケンカにでもなったら、そのまま不協和音が生じて、下手したら解散よ!」
芽野社長はそういったあとで、「いえ、ちょっと待って」といい、あごに手をあて、なにやら考えるように黙りこんでから、いう。
「でも、これは逆にチャンスかもしれないわ」
「逆に?」
「花ノ目くんに惚れているメンバーがふたりいるなら、そのどちらも、上手に片想いの状態をキープすれば、絶対に恋愛スキャンダルを起こさないメンバーがふたりになる」
「地面に埋まった兵器がふたつになったとしか思えないですね」
「まやの頭をなでなでしつつ、楽譜の持ち主の機嫌も損ねないよう、メンバー全員を平等に扱えば、より完全なアイドル永久不滅計画に近づくわね」
「なるほど、俺に火薬の上を歩けと」
「誰かひとりを相手にへにゃへにゃになったり、ひいきしちゃダメよ。絶対、トラブルになるから」
頼んだわよ、と芽野社長は俺の肩に手を置いていう。
「カプセルプラネットの未来は、花ノ目くんの我慢にかかっているわ!」
◇
芽野社長のオフィスをでたあと、考えながら歩く。
俺は、かわいい女の子を前にへにゃへにゃになるような男ではない。でも万が一、へにゃへにゃになってしまったら大変だ。グループのなかで色恋沙汰のトラブルが起きることがとてもまずいことは直感的にわかる。
正直、夜野みたいな女の子や、誰かはわからなくても、あのメンバーのひとりにも好かれるのって、すごく幸運で嬉しいことだ。ほんのちょっとだけ、青春してみたい気持ちはある。
でも、俺は頭が単純だから、みんなのお世話をしてるうちに、グループがうまくいくのをみたいって気持ちが強くなってるから、もし本当に俺のことを好いていてくれる子がいたとしても、芽野社長のいうアイドル永久不滅計画をやり遂げなきゃ、って思う。
だから、好かれて嬉しいからって、夜野ばかりにかまけてたりしちゃいけない。
「でも、メンバーを平等に扱うってのは、普通のことだよな」
それならなんとかなるか、と思いつつ、駅のホームまできたときだった。
「久しぶりですね、一徹さん」
グレーのスーツを着た、細身の男に声をかけられた。
山川小虎。
大熊と同じく、親父が頼りにしていた男で、今は広告代理店に勤めている。大熊の話だと、地方の潰れかけの遊園地のプロモーションばかりしているらしい。
「アイドルマネージャー、やってるらしいじゃないですか」
「お世話係だけどな」
「大熊にいわれて、ちょいと話をきいてまわってきましたよ。アイドルが連続で解散したってやつ」
妹がいっていた、カプセルプラネットがデビューする直前に、アイドルグループがたてつづけに数組解散したという出来事のことだ。
「どのグループもブレイク寸前だったみたいですね。しかもトラディショナルな芸能事務所所属じゃなくて、いずれも個人のプロデュースだったみたいです」
俺も芽野社長の手伝いをはじめて知ったんだけど、アイドルグループの立ち上げは個人でもできる時代になっているらしい。
「だから、解散したあとは業界を離れている人間が多くて、グループの関係者を追うのは難しかったですね」
それでもひとり、プロデューサーの立場にあった人に話をきけたらしい。
「話をきけたっていうより、メールで連絡とれただけですけどね。弱みを握られて脅された、解散するしかなかった、元メンバーには連絡しないでくれ。そんなシンプルな返信だけがきましたよ」
「相手からそういわれたら、小虎はもう詮索しないよな」
「無粋なことはするもんじゃありませんからね」
それに、と小虎はいう。
「アイドルを狙う悪いやつなんて、昔からある話じゃないですか。特に今でいえば、究極のインフルエンサーみたいなもんですから、誰だって利用したい」
きっと、アイドルに目をつけた悪いやつらが、次に狙いを定めたのがカプセルプラネットだったのだ。
「もしかしたら芽野社長って人は、ずっとグループを守るために戦ってるんじゃないですかね」
「え?」



