たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~

第4話 みんな恋してる ①

 俺はなんのことかよくわからないんだけど、人さらいを稼業にしている業者が勝手に壊滅したらしく、そのおかげか、夜野のあとをつけてくる連中はいなくなった。

 その業者に依頼した黒幕がいるんだろうけど、とりあえず平和になって、高校のクラスメートたちが部活の夏合宿に励んだり、プールで遊んだりするなか、俺はアイドルたちのお世話に集中する。

 その週は、連日、五人まとめて練習スタジオに引率することが俺の仕事だった。

 新曲のリリースに向けて、振り付けのレッスンを受けるための、なんてことのない五人の日常なんだけど、不思議なことが起きた。

 まず、初日に練習スタジオに向かっているときのことだ。


「花ノ目、よくわかってるじゃん」


 赤星みくが、「ど~ん!」といいながら、じゃれるようにタックルしてくる。


「私のこと、そんなに好きだったんだ。へぇ~、へぇ~。それならそうといえばいいのに」


 さらに、歩きながら、俺の背中をつんつんしてくる。


「赤星、なんか、いつもより距離感近くない!?」

「私にさわられて嬉しいくせに。もっとさわってあげよっか。つん、つん」


 レッスンの休憩時間も、タオルで汗を拭きながら、俺のところにやってくる。


「ほら、花ノ目も喉乾いてるでしょ」


 なんていいながら、ペットボトルの水を差しだしてくる。


「こういうの、俺がやる側なんだけど」

「いいから、いいから。私がサービスしてあげてるんだから、花ノ目は喜んでればいいの」


 結局その日、赤星はずっとそんな調子で、なぜか俺にずっとサービスしてくれたのだった。

 けれど、翌日になると、俺をみるやいなや、じとっ、とした目でみたあとで、無言で蹴りをいれ、もう口もきいてくれない。


「え? どういうこと? 昨日のサービスは?」


 一方、二日目のその日は、なぜか月島さんが俺にやさしかった。

 例のごとく、朝起こしにいったときからそれは、はじまっていた。


「ふうん、私がいいんだ」


 月島さんは俺をみてそういうと、俺の首に白くて細い腕をまわし、ベッドに引っ張りこみ、耳元で囁いた。


「最初から素直にそういえばいいのに」

「あ、戸惑いと幸せで俺、混乱!」

「私、今日はがんばっちゃおうかな」


 そういって、ふんわりとした体で俺を軽く抱きしめたあと、いつもよりは少しだけ寝起きよく、朝の支度をした。そして――。


「お昼ご飯、一緒に食べようよ」


 レッスンの昼休み、仕出し弁当を持って俺のとなりにやってくる。そして、おかずを俺の弁当のうえにぽいぽい置くのだ。


「私、小食だからさ。花ノ目くん、食べちゃってよ」

「一体なんなんだ、このいきなりやさしくなる現象……」

「私、天使っていわれてるんだよ。知らないの?」

「俺、月島さんが天使っぽくないとこあるって知ってるから、ちょっとこわいよ!」


 なんてやっていると、スタジオのすみっこから、八雲が「次は私ですよね!?」とでもいうような、圧のある視線で俺をみつめている。一体なにを期待しているのか全然わからない。

 でも次の日、俺がまた五人を引率するためにシェアハウスにいくと、八雲は俺をみて満足そうにうなずいた。


「えへへ」


 照れ笑いしながら俺のとなりにぴょんとやってきて、肩でこづいてくる。


「よくわかってるじゃないですか。私、花ノ目さんのためにがんばりますね」


 なんていって、実際、スタジオでのダンスレッスンでは、八雲は普段よりも動きにキレがあった。そして練習終わりのことだ。


「花ノ目さんも一緒にストレッチしましょう」


 八雲が俺を床に座らせてくる。


「体が柔らかいほうが普段の生活でも疲れにくいといいますから」


 俺が足を開くと、八雲が背中を押してくれる。そこで、八雲が「あ」と声をあげる。


「す、すいません。私、汗だくなのにさわってしまって……」

「俺、そういうの気にしないよ」

「そうですか……じゃあ……私はやぶさかではないので……」


 八雲は照れた様子ながら、俺の背中に覆いかぶさってきて、俺は開脚して体を前に倒す格好になって――。


「いた、いたたたたたたっ!」

「我慢です。こうやって、体はやわらかくなっていくんです」


 ぎゅぅぅぅぅ、と俺にのしかかってくる八雲。

 八雲は俺より少し身長が高いから、かなりしっかり俺を潰してくる。レッスンの直後で、八雲の体の熱さが伝わってくるし、めっちゃ女の子の感触だし、横をみれば八雲のきれいな顔が吐息のあたる距離にあって、「えへへ」と頬を赤くしている。そして――。


「ちょっとだけ、サービスです」


 なんていって、さらに、ぎゅっ、と体を押しつけてきたのだった。

 日替わりで、メンバーたちがやる気をだして、俺にやさしくしてくれる。

 理由はわからない。でも、こうやって他のメンバーたちと、なんかちょっと親しい感じでスキンシップをとっていると、当然――。


「あの、夜野さん、ちょっと、やめてくんない?」


 練習スタジオからの帰り道のことだ。

 夜野が後ろから俺のかかとをめっちゃ踏んでくる。しかも当て勘すごくて、右、左と連続でかかとを踏むから、靴が両方とも脱げて、俺は靴下でアスファルトのうえに立つことになって、すごく間抜けな感じになる。


「もしかして怒ってる?」

「え、なに?」


 夜野は真顔でいう。


「なんで私が怒るの? 私が怒るようなこと、なにもないと思う。花ノ目がみんなと仲良くて、私は嬉しい。ホントに。うん、よかったね、ムネが大きいあやちゃんと一緒にストレッチできて。へにゃへにゃの花ノ目。ムネ」

「…………」


 俺は靴を履いて歩きだす。またすぐに夜野が、右、左、と踏んでくる。


「やっぱ怒ってるじゃん~!」

「怒ってないって。なんか、あたっちゃうだけ。偶然、たまたま」


 結局、俺は靴下を真っ黒にして家に帰ることになったのだった。

 夜、リビングで、俺はさっそく妹に相談する。

 日替わりでメンバーがやる気をだして俺にやさしくしてきたこと、夜野がぷんぷんしていること。話をきいた妹のリアクションは――。


「ふうん」

「あれ? 反応薄くない? もっと、なにかあってもよくない?」


 妹はソファーに寝そべり、スマホをいじりながら、あくびをしていう。


「だって、ただのノロケだもん」

「………」

「まやちゃんの機嫌とりたいなら、抱きしめてキスすればいいじゃん。まやちゃん、それで喜ぶよ」


 いいな~、といいながら、妹はソファーのうえで、びよ~ん、と伸びをする。


「夜野まやと付き合えるなんて、最高じゃん」

「いや、ダメだから。夜野、アイドルだから。もっとグループ大事にしていこ!」


 というと、妹は、「仕方がないなあ」といって立ちあがる。


「今回のは、きっと、恋とか嫉妬とかじゃないよ」


 妹は部屋干ししている洗濯もののところまでいくと、Tシャツを一枚とってくる。


「明日はこれ着ていくといいよ。まやちゃん、それでご機嫌になると思う」


 俺はTシャツを受け取って首をかしげる。

 どこからどうみても、量販店で買った無地のTシャツだ。


「これで? ホントに?」

「まあ、やってみなよ」


 それで翌朝、また五人を練習スタジオに引率するためにシェアハウスにいくと――。

 顔をあわせた瞬間から、夜野、めっちゃご機嫌。


「そうだよね! 花ノ目は、そうだよね!」


 すごい勢いで近づいてきて、俺の手を握ってぶんぶん振る。


「どういうこと? なにが起きてんの?」

「私、がんばっちゃうからね~!」