ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

一 ①

 特務機関〈八重山吹ヤエヤマブキ〉──通称ヤエブキ機関のの術師の一日は、昼すぎに始まる。

 別に怠惰なわけではない。なにせ千万丈塔せんまんじようとうでの踏破儀式とうはぎしきもそれに伴う破竜儀式はりゆうぎしきも、毎日必ず真夜中に行われるのである。正確には深夜零時から二時までの〝ウロトキ〟に。

 そのあと帝都の儀式場から皇京おうきようの本部へと帰投して、みそぎをして報告会デブリーフイングをして時には治療をしたりお小言をくらったりして、それからようやく帰宅できるのだから当然、寝るのは明け方で起きるのが昼すぎになる。ちなみにウロトキの前にも作戦要旨説明ブリーフイングだのみそぎだの、前日の儀式の報告書作成だの小言の続きだのがあるので、昼から夜にかけても決して暇ではない。

 よって、昼すぎにはきっちり起きて一時間後には身支度を整えてまで終えている天茜あかねの術師の中では真面目な部類だ。


「ごちそうさま」


 二人で暮らすにはでかい邸第やしきの、自室でかけばんわんと箸を置く。一礼して膳を下げる近侍きんじの娘に、いつものごとく天茜あかねは問う。

 半眼で。


「今日は、碧燈あおひは」


 柔らかに苦笑しながら、近侍きんじなつゆきは応じる。


「今日、でございます」


 やっぱりか。

 嘆息して天茜あかねは立ちあがる。

 朝餉あさげをとっていた西から、巻きあげた水晶をくぐっての寝所へ。帳台ベツドその他の調度が置かれてなお空いた空間の方が多い、無駄に広いひのきの板の間をすたすた過ぎて。

 すぱーん! と大変いい音を立ててりのを引き開けた。

 果たしてその向こう、東側の碧燈あおひの寝所では。


「……んが、」


 今日も帳台ちようだいの中、碧燈あおひ掛け布団ふすまにくるまって幸せそうに高いびきをかいていた。

 繰り返すが、昼である。の術師にとっては起床時刻だ。

 で、踏破儀式は真夜中だがその前だって別に暇ではない──つまり今日これからも、御所ごしよの機関本部にしゆつしして報告書作成やらなにやらに取りかからねばならないというのに。

 こいつときたら。

 天茜あかねは目つきを悪くする。

 目覚まし機能で点灯したようこうさいげんとうでばっちり明るい、帳台ちようだいの中へとつかつか歩み入り。


「起きろ」


 恒例の容赦のなさで、無造作に相方を蹴り飛ばした。

 寝坊は毎日なので今日もくりやめが用意していた、たまごとりそぼろと明太子めんたいこと、刻んだ香の物とほどよく冷ました味噌汁みそしるを全部、行儀悪くも白飯にぶっかけてかきこんで。

 を最大限急がせて御所ごしよに至ってもまだ、碧燈あおひの機嫌は悪い。


「毎思うんだけどさぁ天茜あかね。お前もうちょっと、優しい起こし方してくれてもいいんじゃねえの。蹴飛ばすとか、儀式中じゃないから痛覚遮断してねえんだぞ俺」


 御所ごしよでは高官だろうと徒歩移動が原則だ。石敷きの置路おきろを並んで歩きながら碧燈あおひはぶうぶう不平を口にする。やまぶきかたどった単衣スキンスーツあこめけつてきほうを重ねた武官直衣のうし


「いつまでたっても寝坊のくせが抜けないお前が悪い。それに、優しく起こしてやったところでどうせお前は起きない」


 そしてこれまた今日も今日とて、天茜あかねは無慈悲に切って捨てる。

 八重山吹の花鈿かざしと武官直衣のうし碧燈あおひそろいで、けれど全く印象が異なるのは、二人は双子でも二卵性で、性格もまるで正反対だからだ。快活でやんちゃな碧燈あおひと、沈着で物静かな天茜あかねと。


「なんでそう言いきれんの」

「とっくに試したからだ。声をおかけしても揺さぶってもどうしても起きてくださらないのです、とまつさぎが泣きついてきたからそれからは俺が起こすことにしたんだ」


 碧燈あおひづきの近侍きんじの娘である。あちゃー、と碧燈あおひは天を仰ぐ。


「そりゃ悪いことしたな。まつさぎってば泣き虫だから、その時ほんとに泣いてたんだろうし」

「俺に対しても、毎朝手間をかけさせて悪いと思え」

「やだよ。毎朝まいあさ蹴飛ばしやがって」


 む、と不本意ながら息のあったタイミングでにらみあう。なにしろ毎日、似たような口喧嘩くちげんかを繰り広げながら出仕しているものだからすっかり見慣れてしまった清掃係の人型使役ハシタが、ああ今日もじゃれあっていらっしゃる、とほのぼのした顔で見送った。

 昼を過ぎた今時分は、多忙な御所も少しのんびりしている時間だ。そのはずがの桜を眺める官人も激務の息抜きのくぎようも見当たらなくて、碧燈あおひ怪訝けげんに見回す。


「……てか。なんか今日、みんなぴりぴりしてねえ?」


 天茜あかねはちょっとめいもくした。そうじゃないかと思っていたが。


「通達は来てたのに、寝坊したから確認してないんだろ」

「なんかあったの?」

「調べろ。とっくに広報院からも公式発表が配信されてる」


 自分のこめかみのあたりを軽くたたいて、電子情報界ウエブネツトワーク接続を促す。御所では専用の防壁強化セキユリテイが構築されていて、他のネツトワークとの接続は強制遮断される。とはいえ無論、御所に本部を置く広報院のサイトも碧燈あおひ自身の官用個人アドレスへのメッセージも確認は可能だ。

 だというのに碧燈あおひはぬけぬけと言う。


「俺、配信登録してねえ。検索めんどくさいから説明して」


 まったく、と天茜あかねはため息をつく。

 説明したくない──口に出して再確認したくもないし、寝起きにそんな通達なんか見たくもなかったと思うような内容だったから、自分で調べろと言ったのに。


「今日未明、戦狼帝国セプテンコリス七堕ナナエ討滅に失敗して陥落。国土の消滅を〈超大型冬眠庫B・D・F〉が確認した。その上で、セプテンコリスをった七堕ナナエが次に出現すると予知されたのが、この国だ」


 せんろう大陸をまるごと領する帝国、セプテンコリス・サケル。

 が、一晩で滅亡した。

 一国まるごと、七堕ナナエわれて大陸もろとも消滅した。

 さすがの碧燈あおひも言葉を失う。


「………………えっと。天茜あかね、冗談の日はふたつきも前だからな?」

「〈冬眠庫B・D・F〉の観測教授プロフエツサー・レーダーを疑う気か?」

「そりゃあ、今代のは、観測も予知も外したことないけどさ……」


 嫌そうに嘆息しつつ、結った髪もかまわずにがりがり頭をく。

 雑にした花鈿かざしが抜けそうになって、無言でまた雑にした。


「セプテンの踏破機関とうはきかんが厳しい状況だってのは、前の仮想現実バーチヤル交流会で本人たちに聞いたけど。俺たちの着任から数えても二国目だろ。そんなにどこも七堕ナナエの討滅が難しくなってんのか」


 極東の島国、ここ〝八千穂国やちほのくに〟を含め。

 全ての国家は、現在、そして九百年も前から共通の危機に立ち向かっている。

 すなわち世界の滅び。またその断片である敵性霊異存在〝七堕ナナエ〟。

 九百年前、最初の七堕ナナエの出現と同時に海洋は各国沿岸を除いて消滅。陸上でも国境線に沿って空間の断絶を現す〝カベ〟が出現し、消滅した海から、断絶の壁の向こうから、夜ごと七堕ナナエが攻めこむようになった。迎撃に失敗した国はやはり国土ごと消滅し、生き残ったわずかな国々は日夜七堕ナナエを迎撃・討滅しつつ、世界の滅亡を回避する霊術儀式を執り行っている。

 それが毎夜の踏破儀式だ。八千穂国やちほのくにではヤエブキ機関が、他国でも同等の踏破機関が──例えば南極大陸の〈超大型冬眠庫B・D・F〉などが──専門に執り行う大霊術である。


「世界最高峰の研究者集団を冷蔵庫呼ばわりするな。……セプテンコリスも他の国も、もう九百年も戦闘が続いているんだ。どこも国力、特に術師戦力の消耗が激しい。この国だってしばらく前までは、の術師まで国境防衛にいている有様だったろ」


 七堕ナナエに対抗できるのは生まれながらに霊能を持つ〝二華ふたえ〟、その中でも国家機関に所属してけんさんを積んだ〝術師〟だけだ。まして破竜儀式に耐え得るほどの精鋭術師となれば、どの国にも数えるほどしか存在しない。

 そしてセプテンコリスを滅ぼした〝超級〟個体──生き物の死をって成長する七堕ナナエが、大国の首都人口をらって極大化した滅びの化身に立ち向かうのは、その精鋭の踏破とうは機関きかんの術師でさえも、充分な事前準備なしには不可能だ。

 ただでさえ消耗していたセプテンコリスの踏破とうは機関きかんには、時間稼ぎが精一杯だった。